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開発主管の思いが色濃く反映された限定モデル
グループAホモロゲモデルと真のグランドツーリングカー
「この組み合わせは、今まで見たことないかも…」。
2台を並べて撮影していると、背中越しにそんな言葉が聞こえてきた。取材を段取った当の本人にはそういう感覚がまるでなかったが、これまでR31が掲載された雑誌を片っ端から手に取ってきたであろう、オーナー歴10数年の二人が口を揃えて言うのだから、きっとこの組み合わせは珍しいに違いない。
GTS-RとGTSオーテックバージョン。どちらもHR31の普及グレードGTSをベースとした限定モデルにして、狙いどころは正反対と言えるほどに異なる。
熱心なスカイラインファンには今さら説明など不要かもしれないが、GTS-RはグループAのホモロゲーションを取得するため1987年2月に登場し、遅れること1年数ヵ月、GTSオーテックバージョンは上質さをプラスしたGTカーとして1988年5月に発売された。
今回は、カタログ上210ps/25.0kgmと同じスペックを持つこの2台に試乗し、走りがどう違うのか? それを明らかにするのが一番の目的である。
GTS-Rに搭載されるのは等長ステンレス製EXマニにギャレット製T04Eタービンが組み合わされたRB20DET-R型エンジン。大型前置きインタークーラーのスペースを稼ぐため、GTS-Rは小型化されたエアコンコンデンサーをツインで装着する。そのうちのひとつが右フロントオーバーハングに存在。コンデンサー本体はルーバーが切られたボックスで囲われている。
一方、GTSオーテックバージョンに載るRB20DETは非等長EXマニに、同じギャレット製ながらT25エキゾーストとT3コンプレッサーを組み合わせたタービンをセット。フロントバンパー右奥には空冷式エンジンオイルクーラーが、左側にはインタークーラーが備わる。GTS-Rのようにインタークーラーの大型化を図らなかったのは、ピークパワーよりもトルクやレスポンスを重視したからである。
R31ハウスに用意してもらった取材車両はいずれも新車当時の状態を保ち、パワートレインに関してはフルノーマルと比較試乗には持ってこい。オーナーの好みによってGTS-Rはタイヤとホイールが16インチに交換され、GTSオーテックバージョンは本来設定のないGTオートスポイラーが装着されているが、動力性能やフィーリングを確かめる上で特に影響が出るものではない。
試乗前に2台それぞれのオーナーと話をしている中で、ひとつ非常に興味をそそられる事実を知った。それはGTSオーテックバージョンのオーナーが持参してくれた改造自動車等届出書。その冒頭で目にした、『ニッサンE-HR31(改)改造概要補足説明 1:改造の主旨(目的)』に書かれていた一文である。以下、原文を書き写してみる。
『スカイラインの限定車として昨年(62年)に発売した“GTS-R”仕様(800台)は異常人気で発売と同時に完売となり、買いそこねたユーザーが数多くおり、未だ再発売を熱望する声には強いものがある。したがって、オーテックジャパンとしてそれら市場要望に応えるものとして、ニッサン E-HR31型(類別区分番号235)を基本に“GTS-R”仕様相当にチューニングする特別限定車“A/Jバージョン”仕様車を設定する』。
その文面からは、GTS-Rを買いそびれた人達に対してGTSオーテックバージョンが用意されたと受け取れる。つまり、GTS-Rの代わりにGTSオーテックバージョンを出しました、と。だとすれば、この2台はエンジンスペックだけでなく、フィーリングやクルマの性格も似通っていると考えるのが普通だ。
しかし、エンジンの基本的な仕様を見ると、とてもそうとは思えない。GTS-Rは等長エキマニにギャレット製TO4Eタービン、一方のGTSオーテックバージョンは非等長EXマニに、同じギャレット製ながらT25エキゾーストとT3コンプレッサーを組み合わせたタービン。当然、ECUセッティングも異なる。百歩譲って、仮にエンジンスペックに差がなかったとしてもタービンの仕様の違いから、フィーリングまで同じだとはにわかに信じられないのである。
となると、GTS-Rの代わりにGTSオーテックバージョンを発売したという話自体に無理がある。前出の改造自動車等届出書に記された一文は、あくまでも表向きの理由…いや、言い訳なのではないか? そんな疑問を抱きながら試乗に出る。
“GTS-R”と“GTSオーテックバージョン”を公道で試す!
まずはGTS-Rから。RB20DET-Rの第一印象は、「これが本当に排気量2Lのターボ車か?」と思うほど低中速トルクが頼りない。圧縮比は8.5:1。タービン容量的に下からの過給が見込めないTO4Eを装着しているため、まずNA領域におけるトルクの細さと、アクセルペダル操作に対するレスポンスの悪さを痛感する。3000rpm以下を多用する街乗りだけに限ったら、フラストレーションも相当溜まるに違いない。
が、4000rpmから過給音を高め、タコメーター読みで5000rpmを超えると性格が豹変。それまで眠たげな表情しか見せていなかったエンジンが一気にパワーを放出する。しかも、エンジン回転数の上昇に伴ってパワーがあふれ出てくるような感覚。タコメーターの針の動きに鋭さが増し、それが7000rpm以上の領域まで持続する。
レブリミットは7500rpmに設定されるが、そこまでパワーもレスポンスも追従することは確実だ。ストリートユースには不向きなほど高回転高出力志向で、その性格をひとことで表すなら、凶暴。「こんなエンジンをよく市販車に載せたな」というのが本音である。
グループAのホモロゲモデルだから凄いのでは…と期待すればするほど、おいしいところがあまりにもピンポイントすぎるエンジン特性のため、ノーマルのGTS-Rには肩透かしを食らうはず。市販車はあくまでもレース車両のベースモデルであり、持てる力を発揮させたいなら最低でもブーストアップしなければ、RB20DET-Rの本当の姿は見えてこないと思う。
はっきり言って、扱いにくいエンジンだ。しかし、それを補って余りあるのが高回転域で炸裂するパワー特性と、その時、等長EXマニが奏でる澄み切ったハイトーンのエキゾーストサウンド。この魅力は何物にも代えがたく、一度味わったら病み付きになってしまうオーナーの気持ちもよく分かる。
GTS-Rのアイデンティティである固定式フロントスポイラー。専用色ブルーブラックで塗装され、精悍なフロントマスクを演出する。
ホイールは純正オプションとしてBBS RSの15インチが用意されていたが、16インチを装着。タイヤは205/55サイズのポテンザS001で、当時GTS-Rはこのサイズでテストを行っており、市販化もされる予定だった。
GTS-Rに標準装備されるφ365イタルボランテ製本革巻きステアリングホイールやモノフォルムバケットシートなどは、1987年2月に限定1000台で発売されたGTSツインカム24VターボNISMOからのキャリーオーバー。ベースが廉価グレードGTSのため、ドアミラーに電動格納機能がつかず、ルーフライニングもビニール製と装備が簡略化されている。
GTS-Rの感覚が残っているうちに、GTSオーテックバージョンに乗り換える。1速2速で普通に加速し、数百メートル走ったところでGTS-Rとはまるで別物ということを理解した。
GTS-Rでは絶対的に不足していた低中速トルク、そこが明らかに分厚いのだ。2500rpmも回っていればトルクは十分で、ギヤが何速に入っていようともアクセルひと踏みでブーストがスッと立ち上がり、力強く加速していく。言うまでもなく、日常域での扱いやすさはもう断然GTSオーテックバージョンの勝ちである。
もちろん、中間域でのレスポンスにも優れ、トルクがフラットに持続。そんな特性だから、高回転域ではパワー感にもエンジン回転の上昇にも陰りが出るのではと思っていたが、それは見事に裏切られた。
劇的な盛り上がりを一切感じさせることなく、スムーズかつジェントルにエンジンが吹け上がっていく。タコメーターの針の動きに合わせてパワーもしっかり追従し、それがレブリミットの7500rpmまで続いていくのである。低中回転域でのフレキシビリティに富み、高回転域でのパワー感も申し分なし。体感的な速さはパワーバンドに入った時のGTS-Rに適わないが、実質的な速さはGTSオーテックバージョンが完全に圧倒している。
余談になるが、かつて日産社内でGTSオーテックバージョンと登場直後のR32タイプMでゼロヨンテストを行った。その時、タイムが良かったのは、実はGTSオーテックバージョンの方だったという。試乗して、その話にも納得した。
本来は装備されないが、オーナーの好みによってGTオートスポイラーを追加。ボディ同色とすることで違和感のないフィッティングを見せる。
ホイールは標準装着されるボルクレーシング製3ピースの15インチ。タイヤもノーマルに準じた215/60サイズのプレイズが組み合わされる。チラリと写るマッドフラップはお宝と言えるADThree製。
同じイタルボランテ製ながらロゴマークが入るなど、センターパッドのデザインが異なるGTSオーテックバージョン。センターコンソールの樹脂面に施されたベルベックス処理や専用シート生地などが、インテリアに上質感をプラスする。また、トランクパネル内側にもベルベックスが用いられ、三角停止表示板も装備するなど、欧州車的な仕上がりを見せている。
それぞれの乗り味は「似て非なるもの」、これに尽きる。
2台に共通する210ps/25.0kgmというスペック。乗り比べて思ったのは、パワーもトルクも確実にGTSオーテックバージョンの方が上回っているということだ。と同時に、同じHR31のGTSをベースとしたモデルだが、同じ土俵の上で比較するのはナンセンスだとも思った。それくらい性格が違うのだから。
GTS-Rに感じるのは、レースでの勝利を至上命題に掲げた伊藤修令氏の気迫であり、執念である。R30時代、グループAで思うように勝てなかった悔しさを晴らすべく、当時ベストと考えられたEXマニやタービン、エアロパーツなどを惜しみなく投入した勝つためのスペシャルモデル、それがGTS-Rだ。
一方のGTSオーテックバージョンはサーキットとはまるで無縁で、街乗りだけを考えて作られた。当初、R31の開発主管を務めていた櫻井眞一郎氏が、様々な制約から日産の中では出来なかったこと、我慢しなければならなかったことを盛り込んだ1台である。
それぞれに垣間見えたのは、R31に深く携わった櫻井氏と伊藤氏という開発主管2人の思いに他ならない。GTS-RとGTSオーテックバージョンの方向性が異なるのは、取りも直さずR31に対する両氏の考え方の違いに端を発している。
それは、「スカイラインに何を求めたか?」と言い換えてもいい。そこに正解はないし、どちらもスカイラインのあるべき姿なのは間違いない。対極に位置する2台ではあるが、どちらもR31のスペシャルモデルとして確固たる個性を持っている。いずれにしろ、単一車種でここまで性格の異なるモデルが並び立つのは極めて稀なケースだと思う。
似て非なるもの。GTS-RとGTSオーテックバージョンを表現するのに、これほど的確な言葉はない。
●PHOTO:井上輝久(Teruhisa INOUE)/TEXT:廣嶋健太郎(Kentaro HIROSHIMA)
●取材協力:R31ハウス TEL:0574-28-0899
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