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2023年シリーズのチャンピオンマシン!
車高調の限界を引き出す最適なジオメトリーへ
D1GPにおけるチーム体制は、ワークス、プライベーターの他に、ドライバーの立場によっても大きく2つに分けられる。ひとつは、チーム内でドライバーが同時にマシンのオーナーでもある場合。もうひとつは、マシンはあくまでチームが用意したものであり、ドライバーはいわゆる雇われという状態だ。
後者の場合、当然マシンを整備するのはメカニックであり、選手はプロドライバーとしてどれだけ走ることに集中できるか、レースのために分業体制でそれぞれのコンディションをキープするための環境が整えられる。
一般論として、この傾向はトップチームになり、規模が大きくなればなるほど強くなるはずなのだが、2023年のシリーズチャンピオンを獲得した藤野選手は例外だった。しかも、選手として自らが乗るGR86のオーナーでありながら、普段のメンテナンスさえ自社工場で行なうビルダーも兼ねている、一人三役という立場にあったのだ。
さらには、同じチームトーヨー内で川畑真人選手のGR86の製作からメンテナンスも手掛けているという藤野選手。「上の走りを目指すなら、GR86の改造でも色々と試したいと思うことがあるんですが、どうしても自分のクルマの方だけ後回しになっちゃって(笑) もちろん、大会中はチームのみんなに助けてもらうことの方が多いですけどね」という言葉はシリーズチャンピオンらしからぬものであり、その裏にはチューナー・ビルダーとしての強い拘りも同時に伺えた。
GR86以前、藤野選手がマシンをシリーズ優勝経験のある180SXから86(ZN6)へ移行したのは2021年のこと。ドリフト業界の未来を考え、シルビアに代わる新たな中古ベース車両として期待される86を自ら第一線で試すべく、昨年までポン選手が使用していたVR38に換装された車両を手に入れたのだった。
その年は、数戦に渡って生じたエンジントラブルが響きシリーズ11位と振るわなかったものの、藤野選手は確かな手応えを感じたという。そして、その自信が2022年のGR86でのデビューに繋がっていったのである。
マシンビルダーとしての藤野選手が車両製作において最も気を払う点がボディ剛性だ。意識するのは、4輪の足回りがいかに仕事をしやすくできるか。補強を入れすぎるとピーキーさが増すため、“たわむ”ことを前提としたねじれ剛性を目指したそう。
エンジンはZN6に載せていたVR38を換装する案もあったが、年間を戦う上でのトータルコストの安さから2JZ改3.4Lのパッケージをチョイス。ラジエターはリヤに移設されているため、インタークーラーへのパイピングは最短経路となる。ドライサンプ化の構想もあり部品も手配済みだが、作業の余裕がなくウエットサンプのままだ。
タービンはGCGのG40-1150。HKSのF-CON Vプロ4.0にて制御され、設定ブースト圧は1.4キロ。オーバー1000psを楽に狙えるポテンシャルはあるものの「レスポンスが欲しいので実際にはそこまで使ってない」と、900ps程度で常用しているそうだ。
熱対策および重量配分をより良くするためにリヤラジエター化。リヤは車高調のアッパー部を突き出るカタチとすることでストローク量を増やす工夫もなされている。
アームはワイズファブのキットをフル投入し、驚異的な切れ角を実現。スクラブ半径を最適化させるためのアッパーマウントも、ワイズファブのパーツだ。合わせて、ステアリングラックはフロントサスメンバーの前方へと移設。逆関節症状(タイロッドとナックルが一直線になってステアリングが戻らなくなる現象)の防止策まで盛り込まれた、ドリフトに特化したレイアウトと言えるだろう。
車高調は長らく自身が開発ドライバーを務め、アップデートを繰り返しているDG-5のウィステリアスペックを装着。今年は、伸び縮みの減衰力を独立して調整できる別タンク式のテストが実戦を通じて行なわれる予定とのことだ。
ブレーキキャリパーは軽量高剛性なモノブロックを使用。フロントが4ポットで、リヤはフットと油圧サイド用に2ポットをふたつ用意。パッドはフットブレーキ用に初期制動が弱くコントロール性を重視したタイプ、サイドにロック性能を重視したタイプというウィンマックスのオーダーモデル。
「強度はこれよりも高いのがあるけど、シフトフィーリングが柔らかめなのが好き」というサムソナスの5速シーケンシャルドグを愛用。若干アクセル位置を近づけた純正ペダルを採用し、アンチラグシステムによるブレーキの負圧は電動ポンプで確保。最悪トラブル時もポンプをオフにすればフットブレーキを効かせられるというのも理由のひとつ。
ホイールはグラムライツ57FXZ(F9.5J+12 R10.5J+20)で、タイヤはトーヨータイヤのプロクセスR888Rドリフト(F255/35-18 R286/35-20)を組み合わせる。リヤタイヤにはアクセルを踏んだ際のレスポンスに勝る19インチを使いたい場面もあるが、D1GPのタイヤ規定による供給の都合もあり最大グリップを重視した20インチとしている。
エクステリアは、パンデムのワイドボディキットにウィステリアのボンネット&ドアパネル&トランクという構成。2023年から2024年にかけてのアップデートは、新たなサイズのウイングを試す程度だ。
超一流のドリフトドライバーかつ、超一流のドリ車ビルダーが仕上げるからこそ、出来上がったばかりの車両も限りなく理想に近づいたものとなる。そしてそれは2022年のデビュー戦での藤野選手の単走優勝・追走3位、川畑選手の追走優勝とすぐさま証明されることとなった。
「あとは自分がGR86に乗り慣れることと、シリーズを通して毎戦ごとのモチベーションを維持できるかどうかでした」と、開幕直前の取材にも関わらず、2023年シーズンの勝因を振り返る藤野選手の姿はとても落ち着いていた。車両のアップデートも必要ないと判断し、ほぼそのままの状態で3年目を迎える藤野選手とGR86の今シーズンの活躍からは、決して目を離すことはできなさそうだ。
TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) /山本大介(Daisuke YAMAMOTO)
【関連サイト】
D1公式ウェブサイト
https://d1gp.co.jp