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いすゞエンブレムが付いたレオーネバン、実働台数は片手で数えれば足りる!?
とにかく下で粘る1.6LのOHVエンジンに感動
当時、街で見かけたのかもしれないが、ほとんど記憶には残っておらず、そもそも意識して見ることがなかったクルマというのは誰にでもあると思う。筆者にとってその代表的な1台が、いすゞジェミネットIIだ。
時は日産がS13シルビアやA31セフィーロ、Y31シーマを矢継ぎ早に投入して世の中を賑わせていた1988年、スバルレオーネエステートバンのOEM車として登場したジェミネットIIに、まだクルマ好きの一人にすぎなかった群馬の高校生が目をくれるはずもなかった。
それから30年余り。今時、遭遇するなどありえないのはもちろん、存在していたこと自体、忘却の彼方へと追いやられている始末。
だからこそ、何かの拍子にジェミネットIIを思い出した時、「ぜひとも取材して紹介しなければ!」という使命感に強く駆られたわけで。しかも、今やマニアの間ですっかり天然記念物級の珍種として認識されるようになっているのだから、尚更だ。
1988年3月に発売されたジェミネットIIは、FFモデルと4WDモデルで展開。どちらもグレードはLCのみで、EA71型1.6Lフラット4OHV(76ps/12.0kgm)を搭載する。
スペアタイヤがエンジンルームに収まるのは、旧いスバル車でお馴染みの光景。EA71型エンジンは、後にEJ20まで続くボア径φ92に対してストローク量60mmと、極端なショートストローク型だ。0.652というボアストローク比は、超ショートストローク型と言われるSR16VEの0.799(φ86.0×68.7mm)を大きく下回る驚異的な数値である。
水平対向でストロークが短いことはエンジン全幅を抑えられるわけで、フロントメインフレームとのクリアランスがかなり広い。また、OHVだけにシリンダーヘッドがコンパクトにまとまっているのもEA71型の特徴。
…にしてもだ。何より衝撃的だったのは、ナンバー付きで実働状態にあるジェミネットIIが、まだこの世に存在していたという事実。これが、生産数台~数十台レベルという生まれながらの希少車で残されるべくして残ったクルマでなく、そのほとんどが使い倒された挙句、廃車の道を辿ったであろう4ナンバーの商用車なのだから、こうしてまだ現役として生き残ってることはまさに奇跡という他にないだろう。
ガラス製となるハロゲンヘッドライトのレンズ。その中央にはSUBARUのロゴが入る。フェンダーミラーは黒い樹脂色のままでミラー面の角度調整も手動式だ。
リヤドアモールとリヤゲートに設けられた車名ロゴ。いすゞエンブレムと併せ、レオーネエステートバンとの相違点になる。リヤドアとマッドガードが4WDであることをアピール。
運転席のノブを操作すると、カチャリ…と聞き覚えのある金属質な音を立ててドアが開く。目に飛び込んできたのは、ウサギの耳エンブレムがあしらわれた2本スポークステアリングホイール、タコメーターが省かれたメーターパネル、選曲ボタンを押すと針がピッと瞬間移動するアナログ式チューナーのAMラジオ…あからさまに装備が簡略化された商用車ならではの眺めだ。
メータークラスター両端のサテライトスイッチ。右側には6つのスイッチがあるが、実際に使われるのは右上のリヤデフォッガーのみ。
左側はオプション設定のマニュアル式エアコンの操作パネルになっている。ただし、吹き出し口と外気導入/内気循環の切り替えはプッシュ式、温度調整はレバー式、風量調整はダイヤル式…と節操がない!
センターコンソールには、上からエアコン吹き出し口とリヤワイパースイッチ、純正AMラジオチューナー、小物入れ、シガーライター&引き出し式の灰皿が並ぶ。そう、商用車ならこれで十分なのだ。
ルーフ中央にはスポットランプ付きルームランプが備わるが、これがなかなかの優れもの。スポットランプは本体を回転させることで360度どの向きにも変えられるし、ルームランプにはセンターのダイヤルで操作する光量調整用のシャッターも装備されている。
ソフトな座り心地でカラダを包み込むようにサポートしてくれる前席。表皮素材として採用されたセンター部のトリコット、両端のビニールという組み合わせが珍しい。
クッションが厚く、背もたれにも角度が付けられた後席。一般的な商用バンのように簡易的なモノではなく乗車を前提としてるであろうことは、左右に備わる3点式シートベルトからも分かるというものだ。
また、後席は座面を引き上げたところに背もたれを落とし込むダブルフォールディング式だから、荷室をフラットに拡大できる。
荷室長は後席を起こした状態で975mm、畳んだ状態で1640mm。リヤゲートが車幅いっぱいで開閉するから荷物の積み降ろしもしやすそう。
荷室フロア下には容量50Lのサブトランクが、左右には容量8Lのフタ付きクォーターポケットが設けられる。タイヤチェーンや三角表示板、小物などを収納しておくのにちょうど良いスペース。
4WDモデルは5速MTのみの設定。ギヤ比は1速から順に3.545、2.111、1.448、1.088、0.871で、FFモデルに対して1速が微妙に高く、2速以上はわずかに低い。さらにFFと4WDを切り替え、4WD時のHi/Loレンジもセレクトできるトランスファーレバーを装備。Loレンジは減速比1.592とされ、悪路などの走行時に駆動力を高める。
運転席に腰を降ろす。キャブ車だからアクセルペダルを2~3回踏み込んでイグニッションキーをひねると、EA71型エンジンは一発で始動した。シリンダー内で混合気が爆発している感覚はあるが、水平対向らしくエンジン自体の回り方は至ってスムーズ。シフトレバーで1速を選び、まるで踏み応えのないクラッチペダルをゆっくり戻していくと、4人乗ってるにも関わらずスルリと動き出した。
排気量1.6Lの超ショートストローク型のため全く期待していなかったが、走り出した瞬間からEA71のエンジン特性は思いきり低中速トルク型だということを痛感させられる。感覚的に2500~3000rpmくらいでシフトアップしていけば加速感に不満なしだ。
それと、4輪独立サスで4名乗車ということもあり、乗り心地は非常にしっとりしたものだった。この点、荷物を積んだ状態を基準に考えている商用車だけに、一人で試乗するよりも印象は良かったと思う。
ハンドリングも軽快。ポジティブキャンバーが付いているので、ステアリングを切り込んでいくとあるポイントから突然、前輪の接地感が希薄になるが、それ以外の状況では4輪がしっかり路面を捉えてる感が十分にあった。
変態濃度が高く、キワモノ扱いされがちなジェミネットIIだが、「レオーネエステートバンのOEMだから、クルマとしてはマトモ」という感想を持ったとしても異論はないだろう。
しかし、人間というのは欲深いもので、こうなると本家レオーネエステートバンやスズキカルタスのOEM、ジェミネットと並べたい!と思うのがマニアというものなのである。
■SPECIFICATIONS
車両型式:AP9
全長×全幅×全高:4410×1660×1460mm
ホイールベース:2460mm
トレッド(F/R):1410/1425mm
車両重量:1050kg
エンジン型式:EA71
エンジン形式:フラット4OHV
ボア×ストローク:φ92×60.mm
排気量:1595cc 圧縮比:9.0:1
最高出力:76ps/5200rpm
最大トルク:12.0kgm/3200rpm
トランスミッション:5速MT
サスペンション形式(F/R):ストラット/セミトレーリングアーム
ブレーキ(F/R):ベンチレーテッドディスク/ドラム
タイヤサイズ:FR155R13-6PR LT
TEXT&PHOTO:廣嶋健太郎(Kentaro HIROSHIMA)