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テスラモデルSの電動ユニットをフルスワップ!
チューニングの新時代を象徴する一台
カリフォルニア州オンタリオにある“ビシモト・エンジニアリング”のビルダー、ビシ・エゼリオハ。奇想天外なアイディアを極めて高い完成度で実現する異才が、ここ数年熱心に取り組んでいるのがEVである。
15歳の時に飛び級で大学に進み、化学と工学を専攻するも、ドラッグレースにハマり過ぎて現在の道に進んだビシ。一滴のガソリンで最大効率のパワーを得るターボチューンも、電気を使った新しいテクノロジーも、彼にとっては同じくらい好奇心を刺激されるテーマだ。
ビシが最初に製作した本格的なEVが、2019年のSEMAショーで物議を醸したポルシェ『935K3V』。ベースとなった車体は84年式の911カレラで、俗に930型と呼ばれる空冷モデルだ。
エクステリアは、70年代のレースシーンを席巻し、シルエットフォーミュラの代名詞にもなったポルシェ935をモチーフにカスタマイズ。ワンオフで製作したFRPのボディキットは、なんと当時ル・マン24時間を制したクレマー・レーシングの935K3のオリジナルの金型を使用している。
その金型を南カリフォルニアのコレクターから入手したという逸話だけでも凄いが、それを空冷ポルシェのEVスワップという奇抜なプロジェクトに活かすところが、やはりなんというか並ではない。
で、935K3にボルテージのVを足して『935K3V』というわけなのだが、電動化の要となるドライブユニットはテスラのモデルSから流用。ドライブユニットの後方には、ビシモトがイチから製作したジャンクションボックスを搭載する。
いわゆるリレーの役割をするコンタクター(電磁接触機)はポジティブとネガティブ、ゆっくり昇圧するためのプリチャージの3種類があり、接点を開閉して電気の流れを制御する。
右下のファンが付いた箱は、12Vの補機用バッテリーを充電するためのDC-DCコンバーターだ。さらに高い位置の車体左側面には、Orion BMS 2というバッテリーマネージメントシステム、反対の右側面には駆動用バッテリーの2.5kWチャージャーを装備。
モーターの駆動電圧は403Vで、レッドラインは1万8200rpm。AEM EV製のVCU200でチューニングし、最高出力はモデルSパフォーマンスの451kW(2019年モデル)を上回る475kW(645ps)を実現している。
バッテリーはLG化学製のリチウムイオン電池で、ひとつのモジュールに3.8Vセルが16個入った60.8Vタイプを使用。それを車体前後に6モジュールずつ、合計12モジュールを搭載し、31.2kWhの電力容量を確保した。ちなみに日産のサクラが20kWh、リーフの標準モデルが40kWhなので、ちょうどその中間くらいの容量だ。
航続距離は走り方次第で100〜300マイル(160〜482km)くらいとのことで、テスラにも使われているJ1772規格の普通充電ポートと、日本でもお馴染みのCHAdeMO規格の急速充電ポートをボンネットに設置。そのカバーが935よりも古くル・マンで活躍した真正レーシングマシン、ポルシェ917の給油キャップだというのだから、お洒落にも程がある。
ホイールはアメリカの鍛造ホイールメーカー、ブリクストン・フォージドのBM01センターロック仕様を装備。このクルマのために3Dプリンターでワンオフ製作されたターボファンも備わる。サイズはフロントが10.0J×17、リヤが12.5J×19だ。
ブレーキはストップテックのキットで武装しているが、モーターによる76kWの回生ブレーキ機能も生きている。車高調はKWのV3コイルオーバーを使用し、フロントにはHLS2カップリフトキットを装着することで、段差障害もクリア。
往年のクレマー・レーシングが製作した935Kは、世代によりK1からK4まで存在。最も大きな成功を収めたK3のオリジナル金型を利用し、FRPボディを製作した。カラーリングのモチーフは日本の婦人服メーカー「伊太利屋」がスポンサードし、80年のル・マンに生沢徹のドライブで出走した935K3。バンパーに内蔵されるヘッドライト9ELEVEN、リヤウイングはAPR製となる。
MOMOのステアリングとバケットシート、6点式のロールケージを備えるスパルタンなインテリア。AEMのCD5デジタルダッシュで2万rpmまで刻まれたタコメーター、駆動バッテリーの電圧と温度など、EVならではの情報を表示する。
アクセルにはドライブ・バイ・ワイヤーを採用し、クワイフのシフターは手前に引くと前進、奥に倒すとリバースの切り替えスイッチとして利用。ドア内張りやホーンボタンのピンクのプレートはカーボンでできたワンオフ品で、ディテーリングにも徹底的に拘っている。
WEB OPTIONで取り上げたアメリカのチューナーやプライベーターの中で、最多出場を誇るビシ・エゼリオハ。実は935K3Vの後、デイトナ24時間の活躍で知られる935 M16をモチーフにした別のワイドボディ仕様も製作。そちらはM96型3.4L水冷フラット6のツインターボを搭載して、662hp(約671ps)を実現。思いっきり排ガス臭いクルマも相変わらず大好きなようで、まさに周囲を煙に巻く活躍を続けている。
ビシが強調するのは、935K3Vがアメリカ全州で登録可能なストリートリーガルであるということ。フェイルセーフを徹底し、バッテリーは最速36分で充電可能と、まるで市販車であるかのような熱弁ぶりだ。アメリカでもクルマ好きの間で、EVに対する賛否両論はある。両論と言いつつ、今のところ「否」のパワーが強いわけだが、問答無用でカッコ良いと認めざるを得ない935K3Vが、その議論に一石を投じた。
そして935K3Vは、ゲーム感覚でクルマを愛する新しい世代には、めっぽうウケがいい。いま我々は、パフォーマンス・チューニングの近未来を目撃しているのだ。
PHOTO:Akio HIRANO/TEXT:Hideo KOBAYASHI