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スポッター兼任メカニックへの全幅の信頼
究極のセットを求め、アップデートは常に続く
30年近いキャリアとなった今でも「ヒマさえあれば週に一度はサーキットに走りに行く」というほどのドリフト好きで、競技志向もずっと持ち続けている村上選手。
D1GPには2017年からスポット参戦を続けてきたものの、2021年までのS15シルビア時代に目立った成績は残せなかった。だが、その原因はマシンのスペック不足という単純明快な理由だったという。
「2017年の最初なんてただのSR20改TD06タービン仕様だったし、ずっとシンクロ付きのHパターンミッション。それに、資金も無さすぎて水温計しかメーターが付いていないほど余裕がなかったんです。そこから周りの協力のおかげで参戦は続けてられていたけど、このままじゃ鳴かず飛ばずなまま予選通過が精一杯なのは、僕自身も分かっていました」。
「2021年のシーズン終わりなので46歳になったころですね。もう残りのドリフト人生も長くないから色々なことを考えていた時、クラブマンズ(村上選手が現326POWER代表の春口満氏と共に立ち上げた走り屋チーム)の後輩から“僕がお金を出すから、今のS15のままじゃなく、改めてちゃんとしたクルマでD1を戦ってみないか?”と誘われたんです。どうせなら、最後に一花咲かせたいという考えですね(笑) そして、本気でやるなら現行車だろうとGR86をベースに話が進んでいきました」。
以前のS15は、チーム予算の都合から妥協だらけのマシンメイクだったが、走り屋時代からの後輩がチームオーナーとなったニューマシンは勝利のためにできる限りのことが行なわれた。車両製作は、D1GP中国大会を連覇した川畑選手の180SXを製作した実績を持つチューニングファクトリーゼウスの倉川氏が担当し、オーナーからは「僕はお金しか出せないから、僕の代わりに村上くんに凄いのを作って欲しい」と、理想のスペックが組み上げられていったという。
その際、大きな参考となったのは、以前よりD1GPで活躍をしている川畑、藤野選手のGR86だった。2JZ-GTEへのエンジン換装、前後サスペンションにDG-5車高調およびワイズファブのアングルキットの導入…といった基本的な構成は先の2台を踏襲している。
一方で、パーツ選びやアライメントセッティングなど細部に至るまでは、メカニックである倉川氏の趣向が強く反映されている。これは過去にメカだけでなく、故・黒井選手や川畑選手のスポッター経験のある倉川氏が、D1GPの大会中は村上選手のスポッターを担当しているのが理由だ。
現状のエンジンはHKSの3.4Lキットを組んだ2JZ-GTEで、GT7095BBタービンとの組み合わせで約1000psを出力。燃料はスノコGTプラスを100%。GR86に乗り替えるまではS15の最終戦を除いてずっとSR20エンジンで、46歳にして初めて1000ps級のパワーを経験することとなったが、慣れるのは一瞬だったとか。
メンテナンス時のクラッチの消耗度の少なさは異常なほどで、村上選手について「今まで見た選手で一番クラッチの使い方が上手い」と倉川氏。それは、昨年のエビス戦でタービンサイズをより大きなGT7095BBに換えてからも同じだったそう。
昨年使用していたサージタンクは溶接部から漏れが生じ、ドゥーラックが販売する鍛造削り出し設計のサージタンクに変更。エンジンルームに使用するボルト1本1本が全てチタン製なのは倉川氏の拘りだ。
マフラーは柿本レーシング製のワンオフ100φ。一般的には90φを使うことが多いが、より太いものを試したいとオーダーしたところ100φでの製作が叶い、調子も良いそうだ。
熱対策はオリジナルのコアを使用したリヤラジエター化で解決。空いたフロントダクトにはインタークーラーを配置し、筑波戦からARC製のコアへ変更。すると、他社製のコアと比べて筑波で20℃以上の吸気冷却効果があったというから恐れ入る。
S15時代は純正形状サスペンションで、ワイズファブを使い始めたのもGR86が初めて。元から走行の度にセッティングを変更する性格に合っていたようだが、自由度が増えたことで正解が決まらず、ずっと迷走してしまうことも…。
倉川氏のチョイスで車高調はDG-5をセレクト。当初は川畑選手と似た減衰特性のものを使用していたが、今年はよりリヤが沈んでトラクションが強くかかる特注の村上スペックを使用中。基本レートはフロント12kg/mm、リヤ7kg/mmだがコースによって変更することが多く定まっていない。
ロールケージによるボディ剛性アップの狙いはほとんどなく、レギュレーションに合わせるための最小限で留めている。ペダル類もノーマルのまま残し、アンチラグ用にはアマゾンで購入したというバキュームポンプを使用している。
エクステリアには、東京オートサロン2023での出会いがきっかけだったというリザルトジャパン製のワイドボディキットで武装。D1GPで一番カッコ良く、目立つGR86を作ろうというのがコンセプトだ。黄色いカラーリングはもちろんクラブマンズのチームカラーがモチーフ。
6月の筑波戦でリヤをクラッシュし、リヤバンパーを9月にリファイン。走行テストで試したバンパーレスのリヤビューが思いの他カッコ良かったことから、構想を温めていた新デザインのディフューザーを用いたハーフバンパー仕様とした。トラクションアップ効果も大きいGTウイングは本番でも使いたいが、タイヤ本数制限の厳しい現在のレギュレーション下ではレスにせざるを得ない場面が多いそう。
村上選手とGR86のデビューイヤーとなった2023年は、開幕戦から2戦続けて奥伊吹ラウンドで予選突破する安定した走りを披露。続く筑波戦ではエンジンブローを喫するが、それをきっかけにタービンサイズの変更、新たな減衰セットの車高調を導入してセッティングも改めた。
「それまでは、GR86はボディが硬くて動きがピーキーな感じがずっとあって、ドライバーが頑張らないとクルマが動いてくれなかったんです。それでいて、クルマが横にも止まらず踏んでも前に進まなくてフワフワしている感触だった。自分の考える動きと、外から見た動きともリンクしていなくて。だけど、エビス戦からはセッティングを変えて、もっと大雑把に動かせるようになった。僕としてはシルビアに寄せていくイメージで、ダルくしていくようなセットがハマりました」と村上選手。
同時に、S15時代はずっと自身がオーナードライバーだった経験から、対照的にチームが所有するGR86に乗ることで生まれていた遠慮を払拭する心境の変化も生まれたことが良かったという。
これらの変化はすぐに結果に結びつき、続く第5戦エビスではD1GP参戦7年目にして自身最高位の単走予選2位、追走決勝準優勝という成績を残すことができたのだった。
そして2024シーズンもチームは変わらない一方で、前年に想定以上にトラブルが少なかったことで余った予算でそっくり1台分のスペアパーツの確保を進めることができたという。シリーズ後半戦へ悲願の初優勝へ向けての万全な準備が整い、あとは機が熟するのを待つのみだ。
TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) /PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) &Daisuke YAMAMOTO(山本大介)