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排気Vカムに最新のブースト制御、開発は明らかに進んでいる
完成は2023年予定、内燃機関の未来がそこにある
2021年の発表以降、多くの反響を呼んでいる「HKSアドバンスドヘリテージ」。これは旧いクルマにずっと乗り続けたい、或いはチューニングによって新型車以上に魅力的なクルマに仕上げたいというユーザーのニーズと、環境性能に代表される避けられない社会受容性とを、技術によってどう折り合い付けるかというテーマに挑むプロジェクトになる。
東京オートサロン2022で公開されたRB26アドバンスドヘリテージは一目瞭然、平成のL型とも言える稀代の名機であるRB26を素材に、いかに新たなる価値を与えられるかを目指して、開発が進んでいる。その目標値である「600ps&20km/L」は、アドバンスドヘリテージの方向性を最も端的に表示したもの。そのインパクトは強烈なものだ。
普通なら絵空事かとまともに取り合わないような話でさえある。が、それを掲げるのはRB26を知り尽くす内燃機のエキスパートだ。そのHKSが要素技術を並べて発表しているのだから、本気も本気ということだろう。
ちなみに600psが想像できても、20km/Lの想像がつかないという方もいらっしゃると思うので、燃費側の目標値を深堀りしてみよう。
まず1989年に遡って発売された当時、R32GT-Rのメーカー発表燃費は10モード計測値で7.0km/L。その後、10.15モード、JC08モードと計測法は年々厳しくなり、2022年現在最新の計測法はWLTCモードとなっている。
欧州のWLTPモードとの違いは、日本では法定速度外となる130km/hのエクストラハイレンジでの計測を行っていないだけで、基本的にWLTCモードは国際規格に準拠した計測法だと思ってもらって構わない。RB26アドバンスドヘリテージはこのWLTPモードで20km/Lの燃費を目指しているわけで、実質的には新車時の3倍以上、現行車になぞらえれば軽自動車級の燃費性能を600psと両立させるということだ。
果たしてここまでぶっ飛んだ目標の実現可能性が見えているのか。開発を担当するHKSの先行開発プロジェクト・プロジェクトリーダーの中島久晴さんに、時節柄、リモートでのインタビューを試みた。
「チューニングやパーツ開発等で、我々は色々なエンジンを手掛けてきました。その中で数的な順列をつけるとすれば一番はRB26です。今でも稼働している個体が多く、今後もお客さんのニーズが継続して高いことも想定されます。RB26を選んだのはそういう理由があります」 。
積み重ねてきたノウハウが活かせることと、開発にあたって一定の需要が見込めること。その選択は至極真っ当だ。
「一方で、昨今はSDGs的な社会通念もあり、クルマ業界でもそれは無視できません。パリ協定の目標もありますから、新車でもCo2を減らすことがマストですし、電動化も一層活発になるでしょう。そんな中で我々もリーガルだからOKというだけではなく、持てる知見を活用して効率向上を当たり前に考えていかないとならないだろうという判断が、この企画を推し進めたんだと思います」。
ちなみに、HKSは内燃機のオーソリティとして大型車用天然ガスエンジンを開発し、日本ガス協会と共同でガスエンジンの燃焼効率向上の研究を重ねるなど、我々の知るところとは違った事業も手掛けている。中島さんもまさにその研究を重ねていたエンジニアだ。そこで培ったノウハウも、もちろんこのプロジェクトを下支えするものとなっている。
このRB26アドバンスドヘリテージに投入される技術として注目したいのは5つ。うち3つは吸排気系統にまつわるもの、残りの2つが燃焼に直接的にリンクするものだ。いずれも大手術を施すことなくフィッティング出来ることを開発の前提としている。それぞれを解説していこう。
1.デュアルプレナムインテーク
まず吸排気系統では、スロットルからサージタンク内部にかけての形状を工夫し、2箇所の空気溜まりを設けることで拡散流を生成、各気筒内の空気流入のバランス最適化、そして吸気温度の低下を図るべく開発されたデュアルプレナムインテークを採用。
このシステムを噛み砕いて説明するなら、究極的に効率が良いサージタンクだ。ラリーマシンでの採用例があり、HKSでも参戦実績のあるノウハウを活用したものだという。
2.新開発ターボチャージャー
加えて、過給機は配管レイアウトのストレート化による圧損低減や触媒の早期活性化を狙って、タービンを斜めに傾けて配置するバーチカルターボチャージャーを採用。同時に綿密なブースト制御を可能にするべく、アクチュエーターは電動式とした上でタービン回転数を計測するセンサーも盛り込んだ。
「タービン回転数でブーストを制御する方法は、最新のターボ車に採用されている技術です。その応用ですね。タービン本体に関しても、我々はGTタービンの開発で幾度となく評価試験を繰り返して製品化へのノウハウも多く蓄積しています。純正品ではマージンを多く取らなければならないのでなかなか踏み込めない領域ですが、そのマージンを少し分けてもらって性能向上側に振るというイメージでしょうか」。
3.エキゾーストのVカム化
エンジン回転数や負荷に応じて最適なパワー&トルク特性を引き出せるHKS独自の連続位相可変バルタイ機構『Vカム』を、インテークのみならずエキゾースト側に設置したこともトピックだ。これにより吸排気の両バルブ・タイミングを連続的に変化させ、理想的な燃焼効率と燃費性能を獲得することが可能になるのである。
4.デュアルインジェクション
一方、燃焼側に投じられる技術は、燃料の微粒子化を重視して各吸気弁ごとに燃料を噴射するデュアルインジェクション化がまずひとつ。
これは大容量インジェクターの霧化効率の低さを解決するための策だが、噴霧の微粒化によるメリットは非常に大きく、エンジンレスポンスアップや有害な排出ガスの低減、低流量域の燃焼安定性の向上が見込める。
5.プレチャンバー
そしてRB26アドバンスドヘリテージで最大のポイントとなるのが副室燃焼=プレチャンバー化だ。プレチャンバーはかつてはシビックがCVCCエンジンでマスキー法をクリアするために採った方策だが、現代はF1やWECのLMP1などに搭載されるエンジンで用いられている。
その狙いは、気筒内への火炎の高拡散化による完全燃焼の促進や燃焼速度の向上で、高レベルの希薄燃焼化を狙う上でも重要な手段となる。そしてRB26アドバンスドヘリテージでは、これらの要素技術を高度連携化させながら排ガス規制をクリアするために、従来の6スロから電スロ化が想定されている。
「エンジン本体になるべく大きく手を加えない方法をということで、現在はプラグホールを利用して副室と小型プラグを一体化したパッシブ式のプレチャンバーを形にできればと思っています。高回転域での燃焼安定化はプレチャンバーの得意とするところですが、いかに低中回転域の性能を安定化させるかがポイントになってくるでしょうね」 。
リッター20キロのRB26が生まれる日
中島さん曰く、このRB26アドバンスドヘリテージのプロジェクトは2年前から着手、パワー側についてはそれほど難しい問題はなく、課題の多くは20km/Lに向けてどこを改善していくかということらしい。もちろん販売や装着のことを鑑みれば、できるだけシンプルでリーズナブルな手段を採らなければならないわけで、相当に高いハードルではないかと察するところだ。
「販売についてはまだ決まったことはありませんが、コンプリートユニットだけでなく、部品単位で落とし込める技術もあるのではとは思っています。時期的にはウチの創立50周年になんとか間に合わせたいですね」 。
その時、すなわち2023年。RB26が再び見せてくれる夢を楽しみに待つとしよう。
●取材協力:エッチ・ケー・エス 静岡県富士宮市北山7181 TEL:0544-29-1235
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