ホンダが持っている技術を総結集したサステナブルロケット

JMS2025のホンダブースに展示されているサステナブルロケット。実際に離着陸実験を行なった機体そのものだ。

本田技術研究所で宇宙開発戦略室の室長を務める櫻原一雄氏に、再生型ロケットについて話を聞いた。櫻原氏は量産エンジン設計部門を経て第3期F1エンジンの開発〜開発責任者を務めると、2015年にF1に復帰する際はパワーユニットの開発責任者を務め、現HRC Sakuraを立ち上げた。その後、燃料電池の研究に携わり、いまは宇宙の人である。

──ホンダの再生型ロケットについて教えてください。
櫻原一雄(以下櫻原):これはサステナブルロケットです。英語にするとロケットなのですが、実体は宇宙用輸送機です。輸送機なのでモビリティ。我々ホンダは陸海空でモビリティを手がけていますが、次のステップとして宇宙の輸送機を考えたらどうかということで、スタートしたプロジェクトです。宇宙に人工衛星を運ぶことを考えています。もともとは若手のメンバー何人かが「やりたい」ということでスタートしたのですが、モビリティカンパニーとしてのホンダの考え方に合致しているということで、研究開発を進めている状況です。

──このロケットの特徴はどこにあるのでしょうか。
櫻原:サステナブルロケットということで、使い捨てではなく、確実に再利用できます。燃料もサステナブルで、バイオメタンを使っています。このロケット自体は完全に実験用。6月の実験ではロケットの形に統合したシステムがきちんと動くかどうかということと、姿勢制御の技術が確立できているかを確認するのが目的でした。

──実際に輸送機として作るときはだいぶ違う形になる。
櫻原:そうです。このロケットは乾燥重量が900kg、燃料を含めると1300kgになります。荷物を積める状態ではありませんし、大気圏(地上から約100km)から出るところまで持っていける推力は持っておらず、あくまで全体のシステムの確立と、我々が持っているクルマやジェットから持って来た技術が通用するかどうか検証するのが目的のロケットです。

ロケットの上3分の1部分に電装品、中3分の1が燃料、下3分の1がエンジンという構成だ。
エンジン(燃焼器)が2基ついている。

──推進力はどのようにして生み出しているのでしょうか。
櫻原:エンジンと一緒で、点火させていったん燃焼が始まると、そこに、ある圧力の燃料(バイオメタン)と酸化剤(液体酸素)をとにかく送り続ける。エンジン(燃焼器)は2基付いています。1基で6.5kN、約650kgの推進力があり、2基で1300kg。まわりの空気の壁を押して上がっていきます。

この部分が制御翼で、降りてくる際に開いて動き、機体の向きを制御する。

──機体の上部にあるメッシュ状の部品が制御翼?
櫻原:着陸に向けて降りてくるときにあれで制御します。今回の実験はパッドの端から上げて、真ん中に降ろしています。真っ直ぐ上がって真っ直ぐ降りるぶんには(複雑な制御は)必要ないのですが、今回はわざとロケットの姿勢を乱し、姿勢をコントロールできるかどうか検証しました。着陸するロケットでなければエンジンは固定なのですが、これはエンジン自体が首を振るように動くことで姿勢を制御します。

──このロケットにはホンダが持つどの技術が活かされているのでしょうか。
櫻原:全部です。燃焼についてはレシプロエンジンの技術も活きていますし、姿勢制御でいうとLiDARが付いていて、高さを見ている。降りるときに正確な高さが必要なので、そこを見ています。姿勢制御はASIMO(二足歩行ロボット)や自動運転の技術が活きている。エンジンのターボポンプの軸の回転技術はホンダジェットのガスタービンエンジンやF1のMGU-Hの技術が入っています。

──ホンダの技術を総結集した感じですね。
櫻原:もちろん。我々が持っている技術アセットがロケットに通用するかどうかを検証しているわけです。通用する方向が見えたら、もう少し本格的な研究開発に進みたいと考えています。

次は2029年に高度100kmまで上げたい

2025年6月17日、ホンダのサステナブルロケットの離着陸実験は成功した。

──6月の実験でその確証が得られたと。
櫻原:はい。

──ということは、次のステップに進んでいる。
櫻原:ええ。

──これから先の技術的なハードルはどこにあるのでしょうか。
櫻原:ロケットを大きくしていこうとすると燃焼器系がまず一番のハードルになります。1基あたりの出力を上げなければなりませんから。

──何キロまでの物資を運ぶ予定ですか?
櫻原:まだ決めていません。とにかく人工衛星を運ぶんですが、人工衛星にも重さがいろいろありますから。いま、人工衛星を運ぶ輸送機が足りない状況なのです。例えば、(スペースX社の)ファルコン9で運ぼうとしても2年待ちです。自分たちのスターリンク衛星を運ぶのに精一杯で、その隙間に小さいのを載せてもらっている状況です。

──そこに活路があると?
櫻原:運べるようになりたいなと思っています。

──次に我々が楽しめるイベントは何でしょうか。
櫻原:2029年を目指し、大型化したロケットをサブオービタルという高度約100km程度まで上げたいと考えています。100kmは大気圏から出るか出ないかの位置付けになります。そこから先は2段目が切り離されて出て行き、1段目は戻ってくる。1段目をそこまで上げられる技術が確立できれば、次のステップに進めるのではないかと考えています。

──それまでに実験を繰り返すと。
櫻原:そうです。まずサイズを上げたエンジンの燃焼から始めて、これまでと同じようなステップを踏んでいくことになります。このプロジェクトは2019年の後半から始めています。一度経験しているので、もう少しスピードアップできると考えています。

──なかなか壮大なプロジェクトですね。
櫻原:ホンダジェットも実用化までに約30年かかっています。空や宇宙はそう簡単にはいきません。

──我々はホンダの宇宙プロジェクトの始まりを目撃しているわけですね。
櫻原:そうです。

──貴重なお話ありがとうございました。