固体電池「ラボで完成」は、始まりに過ぎない
電池の場合、ラボから量産までは短くても5〜6年以上かかる。以前は10年と言われた。「シミュレーションと実証にAIを使えば3年に短縮できる」と言われているが、それはソフトウェア企業の宣伝文句にすぎない。以前よりはAIが「使える」ものになってきたが、やはり工業製品は人手に負うところが多い。SSBの開発は、すでにかれこれ10年かかっている。
新しい電池のコンセプトは、ひとりかふたりの研究者が思いつく場合が多い。その概念が形になり「この仕様なら使える」という段階で論文発表すると、メディアは「明日にでも新しい電池が登場する」と早とちりする。しかし、利益を得る製品としての「開発」は、コンセプトの正しさが実証されたところからがスタートだ。
LIBは現在、NMC(ニッケル/マンガン/コバルト)系あるいは三元系と呼ばれるシリーズでセル当たりの放電電圧3.7V(ボルト)が相場だ。LFP(リン酸鉄)系では2.6V程度。一時期、充電電圧を理論値の限界まで高くする研究が流行った。しかし、電圧を上げることによる副作用が大きかった。
まだ中国電池産業の規模が小さかったころ、LIBの研究は日本がリードしていた。セル電圧を高める方法も日本で研究されていた。「セル電圧の限界=正極の酸化電位-負極の還元電位」という式があり、両方の極にどんな材料を使うかによって限界は決まる。これは物理の法則であり、ほとんど動かしようがない。だから限界に近いところを使って充電しようという発想だった。

一方、LFP系はFe(鉄)とP(リン)の酸化物であるリン酸鉄を正極に使い、負極の黒鉛との電位差が2.8V程度のため、セル電圧はこの数字になる。ちなにみ東芝SCiBは負極にLTO(チタン酸リチウム=代表的なのはLi2TiO3)を使い、LFP系同様に正極との電位差が2.8V程度になる。
LTOは電位が高い分だけ正極側の電位を食い潰してしまうが。逆にゼロVから遠いところにあるため極材をいじめない。だから金属リチウムが析出しにくく、デンドライト発生を抑えられるというメリットがある。
以上は液系電解質を使う現在のLIBである。では、電解質を液体ではなく固体にしたSSBはどれくらいの電圧を得られるのか--答えは「液系電解質のLIBとほぼ同じ」である。SSBは電解質が液体から固体になっただけで、得られるセル電圧の基本が「正極の酸化電位-負極の還元電位」であることに変わりはない。
ひとつ有利な点は、液系の場合に比べて固体電解質は酸化安定性が高く、正極と負極の間をイオンが大量に行き来しても酸化分解しにくいことだ。固体は電解質を構成する分子同士ががっちりと結び付いており、その分だけセル電圧を高くすることは可能だ。と言っても実用ではせいぜい0.3V程度と言われている。
SSBのデメリットについては、電池メーカーもOEM(自動車メーカー)も多くは語らない。現在、指摘されているデメリットは「極材と電解質の境界面を安定させることが難しい」「電解質にひび(クラック)が入ると厄介だ」といったものだ。一時期「固体電解質のほうが、イオンが通りやすい」と言われたが、これも正しいとは言えないようだ。

電解液の層は活物質の層よりは厚みがあり、その真ん中にセパレーターと呼ばれる仕切り膜がある。この膜が正極と負極を仕切っている。仕切っているからショート(短絡)しない。イオンはこの膜の繊維質の隙間をすり抜けて行き来するが、非常に小さいため膜を破ったりはしない。

もっとも厄介なのは、負極の活物質の表面を薄く覆っていたSEI(固体電解質界面)が放電/充電の繰り返しによってどんどん成長しイオンの行き来を邪魔することだ。この中にイオンが捉えられるとデンドライトと呼ばれる結晶になる。デンドライトは尖った結晶のため、成長するとセパレーターを突き破り、電池の+(プラス)と-(マイナス)がくっいてショートする。
SEIそのものは必要であり、電池工場では時間とコストをかけてSEIを活物質表面に形成させるエージングという作業を行なっている。SEIが成長しすぎたり活物質から剥がれたりしなければ害はない。しかし、電池を使い続けるとSEIが成長し過ぎてイオンを拘束する事態が起きる。ここからデンドライトが発生し、最悪の場合はセパレーターを突き抜け、ショートする。多少の乱暴は承知のうえでごく手短に言うと、こうである。
LIBの正極材は【図1】に示したようにO2(酸素)を含んでおり、ショートするとこの酸素が燃焼の手助けをしてしまう。「内部に火薬を抱えているようなもの」と言われる理由はここにある。だから一気に激しく燃える。固体電解質を使うと、このデンドライトがセパレーターを突き破る確率がグッと減る。だからSSBは安全性が高いと言われる。
しかし、正極/負極の集電版に塗布された活物質と固体電解質との境界面は固体と固体なので密着が緩くなりがち(ミクロの凸凹がある)で、量産段階での課題は「いかにぴたりと隙間なく密着させるか」にある。隙間ができるとイオンの移動を邪魔する抵抗になってしまう。
また、デンドライトの成長が「固体電解質でも同じように起きる」ことも明らかになった。固体電解質の酸化安定性の高さによりデンドライトが成長しにくいものの、成長しないわけではない。さらに、固体であるため電解質が劣化してきたときに発生するガスが抜けにくい。
電池メーカーはなかなか本当のことを話してくれないので想像するしかないのだが、発生したガスや成長したデンドライトが固体電解質の中に隙間を作り、隙間がひびに成長すると、正極から少しずつ放出された酸素(そもそも活物質は酸化金属である)がひびの中に溜まり、酸素との接触面が増えることで「火薬庫」になると考えてもいいだろう。
かつてのタカタ製エアバッグの事故は、タカタ独自開発のガス発生剤にひびが入り(割れやすかった)、酸素と接触する面積が増えたことで発生ガス圧力が想定を遥かに超えてしまい、ガス発生剤を閉じ込めた金属缶が破裂し、その破片がエアバッグを突き破って人体に危害を加えたというものだった。
NMC系でもLFP系でも、LIBは活物質そのものがO2を抱き込んでいる。ショートすると、まずこの酸素を使って燃焼が発生し、被覆が破れると大気中の酸素も燃料として使ってどんどん燃える。だからなかなか鎮火できない。



クルマの走行振動が固体電解質のひびを増長させる危険性もある。活物質と固体電解質の界面を密着させ、しかしイオンの通り道は確保し、ひびが入らないように工夫する。これを量産段階で完璧に、しかも低コストで行なう必要がある。しかし現有のLIB製造設備の流用は難しく、新規投資が必要になる。すでにSSBの設計図はできているものの、まだ量産設備ができていない。だから実用化が遅れている。そう考えるのが妥当だ。
中国のLIBメーカーがサンプル出荷したSSBは「まだ問題がある」と、サンプルを入手して調査した企業で聞いた。現時点ではまだSSBは実用化にならず、喧伝されてきたような「ゲームチェンジャー」的地位などほど遠い。「いまボクシングと空手と空中浮遊の修行中」のようなヒーローの卵であり、本当にヒーローになれるかどうかは生産技術にかかっている。
この生産技術というものは、電池の設計以上に厄介である。装置を作って動かしてみないことには、その製造装置や手順が正しいのかどうかはわからない。ここはトライ・アンド・エラーの世界だ。中国では「人手を使って製造設備の実験と改良を進めている」と聞く。現在の液系電解質を使うLIBとは、そもそも製造設備が異なるのだ。(続き・日本は、この中国式掛け算を打破しないと勝てない)
