「マッチのマーチがあなたの街にリターンマッチ」プロジェクト、ついに完遂

東京オートサロン2026の日産/日産自動車大学校ブースで催された『マッチのマーチがあなたの街にリターンマッチ』プロジェクトのお披露目イベント。

本プロジェクトの原点は、2024年に近藤監督が初代マーチを再入手したことに始まる。1980年代当時、初代マーチのCMキャラクター就任をオファーされた近藤監督。しかし、当時は20歳そこそこで「尖っていた」こともあり、セドリックやローレルのような大型車を好んでいた近藤監督は、心のなかで「なんか違うんだよな…」と思っていたという。しかし、日産側から「マッチのためにレーシングカーをプレゼントしよう」と提案されたことで話が進み、これがレジェンド・星野一義氏と出会うきっかけとなった。

若かりし頃はローレルやセドリックが好きで、マーチのCMオファーもピンと来なかったという話をしていた近藤監督だが、スクリーンに流れた当時のCMで熱演するの自分の姿を見て「映像を見る限り、本人やる気満々ですね!」とニッコリ。このCMのおかげで、どこに行っても「マッチのマーチ」と言われるようになったとか。

そこで星野氏の運転するレーシングカーに同乗した際の強烈なG体験と、レースで勝利し賞金を稼ぐ姿に魅了され、本格的にレースの世界へ進むことを決意した近藤監督。パルサーのワンメイクレースでデビューした際は、3万5400人の観客が詰めかけた。その後、グループAやF3などへステップアップし、1995年からの2年間はNISMOの一員としてル・マン24時間レースに参戦。レーシングドライバー引退後は、レース界への恩返しとして2000年に「KONDO RACING」を設立した。

マーチのレース仕様車とともに、近藤監督と星野一義氏が並ぶ。

そんな経緯もあり、近藤監督にとって初代マーチはいわばレーシングドライバーとしての原点ともいえる存在。再び手に入れたいと思い続けていたところ、KONDO RACINGのメカニックがインターネットを駆使して検索を続けた結果、ついに一台のコンディションの良い車両を見つけ出したのである。しかし、その赤い初代マーチはオートマチック(AT)車であった。近藤監督には「初代マーチをマニュアル(MT)で操りたい」という夢があった。その理想を実現するため、近藤監督はさらにもう一台、部品取りとなる白いマニュアル車を見つけ出し、手に入れることとなったのである。

東京オートサロン2026で、マッチのマーチが大復活。

そして、このプロジェクトが始動するきっかけは、スーパーGTの現場で近藤監督が日産・自動車大学校の学生たちから取材を受けた際のこと。学生たちは監督の想いを聞き、「このクルマを、自分たちの手でレストアさせてほしい」とその場で直訴。彼らの情熱が近藤監督の心を動かし、AT車をベースにMTへとミッションを載せ替えるというレストアプロジェクトが産声を上げた。

日産・自動車大学校5校が連携しながら、レストアとAT→MTの交換作業を行った。

車両の再生を担ったのは、全国5校(栃木、京都、横浜、愛媛、愛知)の日産・自動車大学校の学生たちである。レストアは単なる修復に留まらず、各校が専門分野を担当するリレー形式で進められた。まず京都校が試走を行い、車両の状態をチェック。続く栃木校ではエンジン&トランスミッションを車体から降ろしたのだが、その際、旧車あるあるの「部品の固着」に遭遇。最終的にはガスバーナーでマフラーを留めるU字クランプを炙って外すといった泥臭い作業をこなした。

下まわりもピカピカ。マフラーも綺麗に錆が落とされ、再塗装が施されている。

ボディワークにおいては、再びバトンを受けた京都校が担当。経年劣化により刻まれた107箇所もの凹みをすべて修復し、塗装には日産の上級車に採用される「スクラッチシールド」をエンジンルームや下まわりの隅々にまで施工した。また、カウルトップ(フロントワイパーが取り付けられている部分)も劣化が激しかったのだが、FRPで再生。綺麗にチリを合わせるのに苦労したそうだ。

カウルトップの部分もまるで新車のようにFRPで見事に再生された。

続く横浜校は、排気系の錆を真鍮ブラシで磨き上げた上でマフラーを再塗装。ムラや液だれが起きないよう細心の注意を払って塗装を施した。さらに「ATからMTへの換装」に伴う内装の作り替えも担当。作り替えたような違和感が出ないよう、当時のノーマル(標準仕様)の状態を再現することにこだわった。

内装も徹底的にクリーニングされた。

さらに愛媛校では、エンジン本体のオーバーホールを実施し、オルタネーターの輝きをあえて当時のカタログを参考にした落ち着いたシルバーで再現するなど、当時の空気感を守るためのこだわりが注がれた。また、ホイールキャップのロゴを「MARCH」から「MATCH」へと変更する遊び心も加えられた。

こちらがオルタネーター。当時の雰囲気を大事にしながらレストアは行われた。
鉄ホイールのセンターキャップには「MATCH」のロゴ入り。タイヤも当時のパターンに近いものをチョイスした。

最終工程を担った愛知校では、MT換装に伴う複雑な配線作業という難易度の高い課題に直面した。1級整備士コースの精鋭たちが頭を抱え、夜遅くまで作業に没頭する日々を経て、ようやく40年前のエンジンに再び火が入った。

AT→MTの換装にはハーネス類の加工も必要で、かなりの難作業だったようだ。
ドアミラーの鏡面は電気自動車のサクラのものを加工して装着。
ドアトリムもご覧のとおり、完全復活!

完成した初代マーチを眼の前にした近藤監督は、その仕上がりに深く感動した様子。何度も学生たちに「ありがとう〜!」と感謝の言葉を述べていたのが印象的だった。また、プロジェクトに参加した学生代表も、大きな責任を伴う挑戦を通じて得た刺激と学びを今後のキャリアに活かしたいと力強く語った。

「全国の日産販売店などで巡回展示して、何かメッセージが伝えられたらいいなと思っています」と、レストアされたマーチの今後の展望について語った近藤監督。トークイベントには、サプライズで日産のイヴァン・エスピノーサ社長、トヨタ自動車の豊田章男会長(モリゾウ)やホンダ・レーシングの渡辺康治社長が登場する一幕もあった。豊田会長は、サーキットでは激しく争うライバルでありながら、一歩外に出ればクルマを愛する仲間であるというレース界の連帯を強調。メーカーの垣根を超え、業界の重鎮たちと若い学生たちが一台の赤いマーチのまわりで笑顔を見せる光景は、日本の自動車文化の明るい未来を象徴しているかのようでもあった。