連載

GENROQ 今買うなら、ひょっとしてコレちゃう?

Fiat Coupé

日本ではイタリアがちょっとしたブームだった

ヘンテコなスタイリングを手掛けたのはなんと後にBMWのデザインで名を馳せたクリス・バングルであった。
ヘンテコなスタイリングを手掛けたのはなんと後にBMWのデザインで名を馳せたクリス・バングルであった。

自動車メディア業界に入ったのが1990年代に入ってからのこと。見るもの乗るもの全てが目新しく、クルマ好きにとっては感動の毎日だった。今でもやってることこそ基本的には変わらないものの、それなりに経験を積んでいろんな想像もつくようになり、いくらか裏の事情も知ってしまうと、あの頃のように何にでも素直に喜ぶことは難しくなっている。1950年代のクラシックまで自ら嗜んで、今改めてネオクラシックに惹かれているのは、ひょっとするとそんな自分の若い頃へのノスタルジーかもしれない。

バブルの終わり頃から1990年代にかけて、日本ではイタリアがちょっとしたブームだった。みんなイタリア観光に憧れていた。パスタがスパゲッティを含めた総称であることを知り、バローロやバルバレスコといった赤ワインの味を覚え、ピザではなくピッツァと呼ぶようになった。イタリアンファミリー名を冠したファッションブランドも競うように覚えた。ランボルギーニはクライスラーによってメチャクチャにされかけていたけれど、フェラーリは日本人の助けも借りてそろそろ光明を見出そうとしていた。マセラティはイマイチだったけれど、ランチアもアルファロメオも傍目には元気そうに見えていた。もちろんフィアットだって。

そんなとき、調子に乗ってやらかしてくれるのがイタリアンブランドの良いところだ。1990年代半ばのフィアットはまさにそうだった。バルケッタという小さなオープンカーを出した。ユーノスロードスターのおかげで、2シーターオープンカーの市場が突然復活したからだった。ほとんど同時(実際には少しだけ早く)に「クーペ フィアット」という奇妙奇天烈なスタイルの2ドアモデルが市販された。

デルタと同じ2.0リッター直4ターボエンジン

独特のエクステリアデザインは社内、インテリアはピニンファリーナが担当した。
独特のエクステリアデザインは社内、インテリアはピニンファリーナが担当した。

当時、カーセンサーの編集部員だった私は新米編集者だったこともあって、国産ブランドはもちろん、ドイツやアメリカのメジャーブランドではなく、イタリアとフランスのクルマ担当であった。喜んで引き受けたものだ。今よりもずっと存在がマニアックだった時代である。

だからクーペ フィアットのデビュー速報や、海外での試乗記を手がけることになった。大好きなイタリア車、今よりもずっと憧れていたフィアットのまったく新しいスポーツモデルなのだから気合いが入ろうというものだったが、いかんせん、形がヘンテコすぎた。エクステリアは社内デザイン(のちにクリス・バングルであったことを知る)で、インテリアはピニンファリーナ。すべてピニンファリーナに任せればよかったのに、と思ったものだ。

ひょんなことから1ヵ月ほど、グリーンの初期型と付き合うことになった。1993年から1995年までの2年間だけ作られた初期型には、かのデルタと同じ2.0リッター16バルブ直4のターボエンジンが積まれていた。もちろん3ペダルのみだ。これがなかなか痛快で刺激的、クセがあって御する楽しみのあるクルマだった。長距離も結構へっちゃらだったし、行った先ではちょうど良いボディサイズでとても扱いやすかった。要するに気に入ったのだ。

個人的にはやっぱり初期型

クーペでありながら意外な実用性も持っていたという。
クーペでありながら意外な実用性も持っていたという。

以来、ずっと気になっている。一時は随分と安くなったけれど、だんだん現存する個体が少なくなってきて、価格も徐々に上がっている。カーセンサーを検索してみると、グリーンの初期型が車両本体価格170万円ほどで見つかった。距離は4万km。タイベル交換済みとあるから8万kmまでは大丈夫そうだ。いや、そんなにも乗らないけれど。

クーペ フィアットは1996年から5気筒20バルブのターボとなった。よりパワフルで癖も強いけれど、個人的にはやっぱり初期型がいい。コレクターズアイテムになるには、さらに20年くらい必要かもしれないが、そんなことよりも今なお新鮮に見えるクリス・バングルの初期作品を、ピニンファリーナエンブレムを見ながら楽しむというのも一興であるように思う。

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