連載

自動車業界鳥瞰図

トランプ関税で融資引き剥がしの事例

日本から輸出されるクルマの船積みの風景。(PHOTO:牧野茂雄)

「もうエンジン車は消えてなくなるからエンジン部品を作る必要はない。だから御社への融資を引き上げたい」

こういう話は実際に何件も聞いてきた。BEV(バッテリー電気自動車)の生産台数予測を有名な市場調査会社やシンクタンクが発表するたびに、地方の中小部品メーカーは地銀(地方銀行)の融資担当からこう告げられ、実際に融資の一括返済を求められた件も筆者は見てきた。「BEV予測データ」を地銀が過大評価する理由は、例の「7月5日大災害予測」と同じような心理が働くことと、銀行側がつねに「融資引き剥がし」のネタを探していることによるだろう。

米S&Pが5月に「BEVのグローバル市場シェアが2030年までに40%に達する」「HEV(ハイブリッド車)の販売ピークは2028年」との予測を発表した直後、エンジン部品を作る、ある小さな部品メーカーは「その内容の記事が銀行からメールで届いた」と言う。

市場予測はどこまで信頼できるか。「BEV販売台数は2027年に純エンジン車を抜く」に抱くニセモノ感

いずれ自動車はBEV(バッテリー電気自動車)だけになる……数年前はこう言われた。現在はどうか。格付け・金融情報サービス会社である米S&Pの直近予測は「BEVの世界販売台数は2027年に純粋なICV(内燃機関=ICEだけを搭載するクルマ)を抜く」「HEV(ハイブリッド車)の世界販売台数は2028年がピーク」だ。この予測は、ほかの市場調査会社や政府機関と比べると「BEV寄り」だ。その背景を探る。 TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

https://motor-fan.jp/mf/article/339678

この会社は運転資金が足りないのではなく、生産応力を増やすための機械を買う資金をその地銀から借りている。OEMからの発注計画書を地銀に提示し、融資審査を通っていた。それでも地銀はこういう脅しをかけてきた。

S&P(旧スタンダード・アンド・プアーズ)のような権威ある企業が発表する予測でも、社内のどの部署が、どのような依頼を受けて予測したかによって予測内容が変わる。クライアントを失望させない予測にするという「暗黙のバイアス」が少なからず作用する。筆者はその例を1980年代からいくつも見てきた。結果的に大きく外した予測もあったが、メディアはあたかも「そうなる」かのように報じた。メディアにもメディアなりのねらいがある。

だからひとつの予測を信頼し切ることは危険なのだが、ときに経営者はメディア報道を鵜呑みにしてしまう。ある地方紙記者は「地銀は情報収集に力を入れていない。日経ウェブしか見ていない担当者が多い」と筆者に語った。

今回のトランプ関税でも、融資引き剥がしの事例を聞いた。「日本国内で自動車生産が減るのだからお宅の仕事も減る。融資は見直しさせてもらう」と地銀から通告された小規模部品メーカーがある。地銀も経営は苦しい。地方人口が減少しネット銀行が若者層を開拓している影響で預金獲得額は減り続けている。融資の「引き剥がし」はその傾向の現れだ。

25%の自動車関税で日本OEMはいくらの関税を払う?

トランプ大統領が日本製品に25%の関税率を適用した場合、自動車産業への影響は大きい。対米完成車輸出実績は5月に前年同月比25%減を記録した。ニッセイ基礎研究所の試算では、関税25%で固定され輸出台数が10%(約13万台)減った場合、OEM合計の経常利益は約2000億円減り、米国での販売価格を10%引き下げた場合は1.3兆円の経常利益が消える、と言う。

販売価格を10%下げても輸出台数が10%減った場合は、日系OEM全体でこの両方が合算され、経常利益は1.5兆円のマイナスになる。輸出台数が減らなくても、英・PwCコンサルティングの試算では1台平均7500ドルの関税負担になる。130万台分では合計97.5億ドルだ。1ドル=146円で計算して1兆4200億円の関税を支払うことになる。

トヨタが5月8日に行なった2025年3月期決算説明会で、佐藤社長は国内生産を守っていくと語った。

現在、日系OEMの米国内生産は年間320万台(JAMA=日本自動車工業会調べ)に達する。1982年にホンダがオハイオ州で4輪車の生産を開始して以降、すでに日系OEMの4輪車生産累計は1億台を超えている。ケンタッキー州にあるトヨタの工場は昨年、稼働率100%を超えた。工場の生産能力をフルに使い切った。ホンダと日産の米国工場の平均稼働率は約93%だ。

この数字からは、どの日系OEMも「米国での生産台数を増やす」と決断しした場合、生産ラインを増設するか新しい工場を建設するかしか手がないことが窺える。現有設備ではもうこれ以上増産できない。

ただし、米国生産の上乗せは同時に、日本国内での生産が減ることを意味する。米国工場の生産能力をそのままにして、米国向け出荷価格を値下げした場合は、前述のように10%値下げでも日系OEM合計で経常利益は1.3兆円減る。15%値下げの場合は、約2兆円の減益になる。

おそらく、下請け部品メーカーにも「原価低減のお願い」が行くだろう。ティア1(1次下請け)は体力があるが、ティア2(2次下請け)より下流は厳しい。3次、4次の下請け企業では、前述のような「融資引き剥がし」で廃業するケースも出てくるだろう。

米国の場合、自動車販売会社は日本のようなOEM直営やフランチャイズ系ではなく、すべて複数ブランドを扱う独立企業であり、販売マージンの引き下げを受け入れてもらうのは極めて難しい。したがって米国での陸上げ価格を引き下げるしか手はない。これはそのまま、日系OEMの利益減につながる。

これは筆者の推測だが、米国向け輸出車両の粗利率は、輸送費と保険料を差し引くと23%程度と思われる。米国での陸上げ価格が邦貨換算300万円のクルマの場合、OEMの利益は1台当たり69万円だ。ここに関税25%が乗せられると陸上げ価格は375万円。この分をまるまる値下げしたら粗利はすべて吹き飛び、OEMは完全に赤字だ。

値下げで赤字になるくらいなら販売台数が減ってもいいと判断するか、それとも販売台数は是が非でも維持するか。ここがOEMの判断だ。筆者は「米国のみなさん、関税分の半分は我われが負担します」「日本車を選んでくださるみなさんに感謝いたします」と宣言するのも手だと考えている。

300万円の12.5%、37.5万円をOEMが「値下げ」の形で負担し、OEMの粗利を超えてしまう部分の赤字はOEM自身がかぶる。日本国内の生産台数(設備稼働率)を維持し、何とか耐え忍ぶ。過去にもこのような例はあった。

ただし、関税率25%が定着してしまうと、たとえ政権が変わっても税率はそのままという可能性を想定しておく必要がある。どの政権も「税収は減らしたくない」と考える。今回のトランプ関税は、米国民への減税によって減る税収を補填するためのものだ。

USMCAで関税0%にする方法

とは言え、日本の自動車産業界が多少なりとも利益減をリカバーできる手はないのだろうか。

ひとつ考えられるのは米国、カナダ、メキシコの3か国協定、かつてNAFTA(北米自由貿易協定)と呼ばれた制度の改訂版として2020年に発効したUSMCA(米国・カナダ・メキシコ合意)の利用だ。加盟3か国間では完成車の輸出入に関税はかからない。

たとえば、カナダとメキシコで生産された日系OEMの自動車を米国に輸出する場合でも、条件さえ満たせば関税率は0%になる。日系OEMの車両工場はカナダとメキシコにもある。NAFTA発効以降、とくにメキシコは労働力の安さで注目されていた。

ホンダのカナダ工場

ただし、そのゼロ関税の条件は厳しい。カナダとメキシコからの米国向け輸出車はまず、「コア・ユニット」に指定されるエンジンやトランスミッション(変速機)などに使われる部品の75%がこの3カ国内での調達でなければならない。同時に、コア・ユニット以外のボディなどに使用される鉄鋼・アルミのうち70%がこの3カ国での調達でなければならない。さらに、労働者の時給は16ドル以上でなければならない。

実際、日本のOEMは現在、USMCAの利用による関税ゼロ実現も検討している。時給16ドル以上はカナダならすでに問題なく、メキシコ工場は時給アップが必要になるが、通常のエンジン車の場合はコア・ユニットに使用する部品の現地調達比率は75%を超えており、鋼材・アルミの70%もクリアしている。

しかしHEV(ハイブリッド車)とBEVはコア・ユニットの条件を満たしていない。現在、トヨタは米国で一部車種のHEVを製造しているが、コア・ユニットの一部部品は日本からの輸出だ。そもそも米国に完成車輸出されているモデルはHEVと高価格帯モデルが多い。その一部を米国生産に移管するとなると、部品メーカーに現地進出を依頼しなければならない。その費用をすべてOEMが負担したとしても、日本国内での生産は確実に減る。

筆者自身の試算では、たとえばHEVユニットの工場をメキシコに500億円程度で新設し、必要な部品を製造する日系部品メーカーに現地進出してもらう。ティア1(1次下請け)には進出費用すべて自前を依頼し、その代わり設備補償と買取数量保証は行なう。ティア2(2次下請け)は進出費用の半分程度をOEMが負担し、その金額でティア3(3次下請け)以下が製造する部品の権利をティア2が買い取るか、ティア3にも米国進出してもらう。

このやり方だと時間はかかるが、関税25%を支払うよりは安く上がるはずだ。陸上げ価格400万円のHEVで、コア部品現地化費用は1台あたり60万円、つまり15%と筆者は試算した。設備償却と借入金利は現在の常識レベルで考え、為替は1ドル=145円で計算した。余談だが、1ドル=180円になると25%関税分はほぼチャラになる。

スキッド輸出とはなにか?

もうひとつ、USMCAにはスキッド輸出という「逃げ道」がある。

たとえばボディだけメキシコで時給16ドルで生産する。これを米国に輸出する場合、完成車ではないためVIN(車両認識番号)は付かず、完成車輸出にはならない。せいぜい3%程度の関税で済む。メキシコで使う鋼材は日鉄が買収したUSスチールから調達し(だとしても時間はかかるが)、アルミも現地調達する。そのうえで米国内で75%現地部品の基準をクリアしたパワートレインを製造し、メキシコ産ボディに載せ、VINを取得する。

完成車としてではなく大物ユニットとして分割出荷するスキッド輸出の場合、HEVを現地生産化する場合にはコア・ユニットであるパワートレーン製造のための設備投資は必要になるが、関税25%は回避できる。この方法はGMとフォードが実際に採用しており、日本ブランドだけ例外視することはできない。USMCAが存在するかぎりは、25%税率の関税を支払うよりも安上がりになる。

ただし、この場合にも日本国内の生産台数は確実に減り、しかも米国市場で利益を得るための投資を日本は迫られる。部品サプライチェーンの構築も追加で必要になる。

トランプ関税の25%という税率は、米国およびカナダ、メキシコへの日本の自動車産業による設備投資を引き出す手段としては、実に巧い税率だ。25%は、まるまるOEMが負担するには高すぎる税率であり、必ず何らかの形で日本のOEMは米国に投資をするだろうという「読み」はあったはずだ。当初の24%に1%を上乗せした真意は定かではないが、米国民にわかりやすいのは24よりも25=クォーター(4分の1)だ。

この25%関税で、日本の自動車産業は確実に迷惑を被る。130万台分の関税は約100億ドル。これが米国政府の収入になる。現地生産を増やす場合は投資が転がり込み雇用も増える。一方、日系OEMにとっては部品メーカー支援が必要であり、中小メーカーまで引き連れた生産移転への対応をどれだけ支援できるかはOEMの度量にかかっている。

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