ウィンカーは「赤色」か「橙色」か
PHPは「少数台数輸入制度」であり、1車種年間5000台以下の輸入台数であれば安全性と環境保護領域の審査が大幅に簡素化される。過去の例では、本来は日本で禁止されている赤色ターンシグナルが認められた前例がある。
日本の道路運送車両の保安基準には「方向指示器の色は橙(だいだい)色であること」と定められている。これは日本が欧州などと合意して決めた国際基準であり、日本だけのローカル基準ではない。しかし、橙色ではなく赤色ターンシグナルのまま輸入された米国車が実際にあった。
自動車の基準認証はECE(国連欧州経済委員会)のなかのWP29(自動車基準認証専門家会議)という場所で話し合われる。自動車の安全・環境性能について国際統一基準作成を進める会議であり、欧州諸国や日本のほか、インドや中国、東南アジア諸国も参加している。
日本からは国土交通省とその関連団体が出席し、いくつもの世界統一基準の策定に貢献してきた。世界共通のルールを作れば、日本からの輸出車が仕向地で再び認証試験をやり直す必要がなくなる。その意味では、国土交通省は日本の自動車が世界市場で販売しやすいよう、他国とルールを調和する作業を通じて国益に貢献してきた。
しかし、今回は米国が掲げた高率の関税を回避するため、日本はECE-WP29主要国として力を注いできた成果である「認証」制度を差し出した。それが赤色ターンシグナルだ。


UN-R48というECEルールに定められた内容は「ターンシグナルがアンバー(橙)であることと」「斜め後方からターンシグナルを視認できること」などだが、米国はこのルールを採用していない。FMVSS(連邦自動車安全基準)という独自のルールを持っている。そのなかのターンシグナルを含む燈火器類の規定は、ECE基準とはまったく違う。
PHPの運用を緩和し、たとえば1車種で年間1万台を認めたとしても、現実問題として、日本でそこまで売れそうなアメリカ車はないだろう。ECEという場で日欧が苦労して作り上げた統一基準の重要性は、おそらくアメリカ人の大半は理解していなだろう。
現実問題としては、現在の米国車は橙色ターンシグナルが増えた。輸出を考えてのことだ。リヤコンビネーションランプはほとんどのモデルがブレーキランプ/バックランプ/ターンシグナルを一体化したものであり、ターンシグナルの部分に橙色のクリアパーツなどを別部品として組み込み、赤でも橙でも、どちらでも対応できるという車種は増えた。
しかし、日本が譲歩したUN-R基準の重要性をアメリカ側が理解しなければ話にならない。「面倒な日本の規制をまたひとつ減らした。正しいのは我われだ」と言わせないようにクギを指すべきだ。
歩行者保護の基準の意味を米国に理解してもらうべきだ
その、話にならないことはもうひとつある。歩行者保護という基準だ。UN-R基準とFMVSSの間には決定的な差がある。歩行者と、自転車など軽車両とクルマが衝突した際に「相手が大きなダメージを負わないようにする」という保護規定が、FMVSSにはないことだ。
以前、トランプ大統領が「ボーリングのボールをぶつけるテスト」と発言したものは、まさにECEの歩行者保護基準を満たしているかどうかを確認する試験を指していた。日本と欧州では、歩行者の頭部がボンネットフードにぶつかったときに「頭部へのダメージを和らげる」とこが義務化されている。そのため、ボーリングのボールではなく人間の頭部を模した試験装置を使った試験項目がある。
一方、FMVSSには歩行者および軽車両保護のための規定そのものがない。「米国は歩道と車道が分離されていて、歩行者事故そのものが少ない」という理由だ。今回の日米自動車関税交渉で日本側は、日本が準拠しているUN-R127というECE基準の歩行者保護試験を「米国車については免除する」と譲歩した。
赤色ターンシグナルと、その被視認性(ほかから見やすいこと)について日本政府は、何も明言していない。UN-R48基準は、日本のPHP制度の「運用」に任されるようだ。しかし、日本政府は、歩行者保護を定めたUN-R127について米国車を除外にした。
過去にEU域内に輸出された米国車のなかにも、数が少ない場合はECE認証を取得せず、欧州のほとんどの国がキットカー(自分で組み立てるクルマ)などを想定し定めている国別認証を取得して販売されたものがあった。
中国車もほとんどは輸出先の国での国別認証取得で販売されていた。EUのWVTA(車両全体認証)取得は2019年以降のBEV(バッテリー電気自動車)であり、エンジン車の時代には第一汽車製「紅旗」などが部品別認証を取得していたに過ぎなかった。
自動車の認証制度は、国など然るべき組織が「このクルマを販売しても敵わない」というお墨付きを与えるものだ。日本では型式指定と呼ばれ、国土交通省が管轄している。型式指定を取得すれば、日本の基準に定められた部分が同じ構造、同じ機能・性能であるクルマは何台製造しても1台ごとに完成車検査を受ける必要がない。
現在、日本の認証基準はほぼそのままECE基準であり、型式指定取得に必要な47項目のうち43項目がUN-R番号が付いた国際基準である。しかし、米国車はUN-R番号のついた基準とは別の、独自のFMVSSというルールに則っている。
場所が変わればルールが変わるのは当然だ。米国ではクルマと歩行者・自転車との事故は、日本や欧州ほど死亡事故全体に占める比率は多くない。一方で日本と欧州は米国より多い。だから米国車にもUN-R127の内容を満たす試験を求めてきた。この問題は本来、関税交渉の取引材料にされるようなものではない。
PHP制度緩和と追加試験廃止について、詳細なルールはこれから日米間で詰められる。日本政府は、この譲歩の意味を米政府に理解させる必要があり、その努力を怠ってはならない。
日本の型式指定で義務付けられている検査項目とUN-R基準の対比
| UN協定規則番号 | 該当内容 | 備考 |
| なし | 車両寸法と重量 | 図面寸法ではなくサンプル車両での採寸を日本独自の方法(二捨三入)と許容誤差要件の設定で行なっている。R規則は存在しない。 |
| なし | 内装 | シート上での室内高や座面幅などの測定。R規則が存在しないため日本独自の測定方法を続けている。 |
| なし | 窓拭き装置(ワイパー) | 払拭面積などの規定。R規則が存在しない。 |
| なし | その他灯火器 | 緊急自動車の回転等の色など。R基準が存在しない。 |
| R10 | 電波妨害抑制装置 | 自動車から発する狭帯域・広帯域の電波および電源高調波などの防止。 |
| R11 | ドアラッチおよびヒンジ | 車内・車外でのドア開閉操作や半ドア警告灯など。 |
| R12 | ステアリング機構 | 前面衝突時の乗員保護試験。 |
| R13H | ブレーキ(乗用車) | ブレーキ試験。 |
| R14 | シートベルト・アンカレッジ | シートベルト取り付け部分の強度試験。 |
| R16 | シートベルト | シートベルトの乗員拘束試験。 |
| R17 | シートおよびシートアンカー | ヘッドレストやリクライニング機構などを含むシート全体の試験。乗員に危害を及ぼす積荷の移動防止。 |
| R21 | 内部突起 | 車室内に装備された部品など突起物が衝突時に乗員に危害を与えないかどうかの試験。 |
| R26 | 外部突起(乗用車) | 車体外面に取り付けられた部品の突起部分形状。 |
| R28 | 警音器 | 警音器(クラクション)の音圧試験。 |
| R30 | タイヤ(乗用車) | タイヤ騒音試験。 |
| R34 | 燃料漏れ防止。 | 後部衝突時に燃料が漏れないかの試験(車両火災防止)。 |
| R39 | 速度計 | スピードメーターおよびオドメーター(走行積算計)の配置、視認性、精度などの規定。 |
| R43 | 窓ガラス | 安全ガラスの使用(衝突時の飛散防止)、可視光線透過率の測定、ワイパーによる拭き傷試験など。 |
| R44 | チャイルドシート | 幼児および年少者拘束装置の安全要件。 |
| R46 | 後写鏡 | ドアミラー/フェンダーミラー/ルームミラーの技術要件とカメラを用いた間接後写鏡(電子ミラー)の要件。 |
| R48 | 灯火器 | 前照灯の取り付け場所や自動防眩型など高機能前照灯の技術要件およびターンシグナルについての要件。 |
| R51 | 4輪車の車外騒音試験 | 近接走行騒音、加速走行騒音などの測定試験。 |
| R54 | タイヤ(商用車) | トラック、バス、ロレーラーについての規定。2輪車にはR75が適用される。 |
| R58 | 後部突入防止装置 | 後面衝突の際、相手車両が自車下側に潜り込まないようにする装置の技術要件。 |
| R64 | 応急用予備走行装置 | スペアタイヤ/テンパータイヤ/パンク修理材など緊急時にも走行できる装備の内容とタイヤ空気圧監視装置の技術要件。 |
| R79 | ステアリング(かじ取り装置) | 方向転換装置としてのステアリング機構の技術要件とADAS(高度運転支援)装置などで用いられる自動操舵機能の技術基準。 |
| UN協定規則番号 | 該当内容 | 備考 |
| R85 | 原動機出力測定 | ICE(内燃機関)や電動モーターなどの正味出力(馬力)測定方法。 |
| R94 | オフセット前面衝突時の乗員保護試験 | 衝突速度56km/hでの40%固定バリア衝突時に試験用ダミーが検知する衝撃の測定。 |
| R95 | 側面衝突時の乗員保護試験 | 運転席側面に衝突速度50km/hでMDB(移動式台車)を衝突させたときに試験用ダミーが検知する衝撃の測定。 |
| R100 | 電気自動車 | ニッケル水素やチリウムイオンなどを搭載する車両で電圧印加された部位の絶縁や耐衝撃性、防水性などについての安全規定。 |
| R110 | ガス・水素の燃料容器試験 | CNG(圧縮天然ガス)、LNG(液化天然ガス)および水素の車載容器についての車体への取り付け安全性試験。 |
| R117 | タイヤ騒音 | タイヤの車外騒音/ウェット路面摩擦力/転がり抵抗についての技術要件。 |
| R121 | 運転中の操作および警告装置 | 運転中に操作するコントロール装置の配置や視認性、テルテール(転倒することで機能異常や停止を伝えるウォーニングラン王)について。 |
| R125 | 前方直接視界 | 運転者からの肉眼で直視できる前方視界と、フロントガラスに投影するヘッドアップディスクレイ(HUD)などFVA(フィールド・オブ・ビジョン・アシスタント)の表示要件。 |
| R127 | 歩行者保護試験 | 歩行者が車両前部に衝突した場合の脚部と頭部の保護試験。 |
| R134 | 圧縮水素の車載容器 | FCEV(燃料電池電気自動車)など水素を圧縮して搭載するための容器とその周辺設備の技術要件。 |
| R135 | ポール側面衝突時の乗員保護試験 | 電柱や木立への側面衝突を想定したポール状物体への衝突時に試験用ダミーが検知する衝撃の測定。 |
| R137 | フルラップ前面衝突 | 車体がまっすぐ固定壁や相手車両に衝突した場合に試験用ダミーが検知する衝撃を測定するほか、燃料漏れの有無を確認する。 |
| R138 | 車両接近通報装置 | 歩行者が気付きにくい電動車などで接近を知らせる装置に関する技術基準。 |
| R139 | BAS(ブレーキ•アシスト•システム) | BASに関する必要ペダル踏力や実際の制動力などの技術基準。 |
| R140 | ESC(電子的横滑り防止装置) | ESC(エレクトロニック・スタビリティ・コントロール)の技術要件。 |
| R141 | タイヤ空気圧監視装置 | タイヤ空気圧監視装置の試験。 |
| R142 | タイヤ取り付け | 最大荷重、最高速度でのタイヤ空気圧および操作力の試験。 |
| R154 | 排出ガス測定 | WLTC(ワールド•ハーモナイズド•ライトビークル•テスト•サイクル)での排出ガス測定。ただし日本はエクストラハイ(超高速)領域含まない。 |
| R161 | 施錠装置 | 施錠装置の抗堪性、不正利用の防止などの規定。 |
| R162 | 盗難防止装置試験 | 盗難防止装置(イモビライザー)の試験 |
| R163 | 盗難発生警報装置 | 万一、車両が盗難に遭った場合の警報発生装置試験 |
※ECE-WP29資料より筆者が和訳し抜粋
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