強風に翻弄されるバスの箱型ボディ

日本海に沿って走る沿岸バスの豊富駅行き路線バス。海が荒れれば強風が吹きすさぶ。
荒れる冬の日本海。ステアリングさばきには細心の注意が求められる。
凍結路面は滑りやすく、海から飛んでくる泡状になった塩が路面にこびりつく
路肩の積雪を排除し、国道の幅員を確保する開発局の除雪車(写真・椎橋俊之)

天塩町からさらに北へ。国道232号線は茫漠たる冬景色の真ん中を走る。南川口2線、南川口1号、北川口5線、振老西9線といった聞き慣れないバス停はこのあたりが開拓地だったことを感じさせるが、どこを見ても人家はない。

「遠別から天塩、幌延までは非常に風が強いのです。バスは横風が一番こわい。箱型ボディは風をまともに受けますからね。さらに、バスはリヤエンジンで後ろが重いから横風を喰らうとフロント側が流されるのです。リヤが流されるのならカウンターステアで姿勢を修正できますが、前が横に流されるともうステアリング操作では立て直せない。もちろんブレーキはかけられませんから、フロントタイヤがグリップを回復できる路面に乗るよう運を天に任せるしかありません」(沿岸バス羽幌営業所長・川村浩一氏)。

「横風が10mも吹くと簡単にフロントが持って行かれます。道の縁石までどーんとね。そのこわさと言ったら血の気が引きますよ。とりあえず、ハンドルを逆に切るのですが、あ、落ちた(道から外れる)と思った瞬間、無駄とわかっていても思わず床を足で思い切り踏みしめています。こわいのは揺り戻しで、風が一瞬やんだときに、今度は反対側に持っていかれるから、あわててハンドルを戻す。冬の時期の運転は緊張の連続です」(沿岸バス羽幌営業所運輸課長・櫻井豊氏)。

沿岸バスの路線バスの場合、前後軸重の比率は29:71だ。リヤエンジン、リヤドライブのRRレイアウトは、長いプロペラシャフトが不要という意味でバスには最適な一方、フロントが軽い分、風に流されやすいのである。海岸沿いは風が一定に吹くので予知しやすいが、丘陵を抜けていくアップダウンの道は山の間から突然強い風がドンと吹き込んでくることがあるので要注意だ。ハイデッカーの都市間バスは車高があるので横風がボディの下を抜けていくが、ワンステップの路線バスは風が抜けるところがないから、まるで強風のなかをベニヤ板を持って歩くようなもので、ボディに強い横風を受けてしまうのである。

ホワイトアウトの恐怖

一瞬で視界が奪われるホワイトアウトの恐怖。頼りになるのは道路両側に建てられたスノーポールだけ (写真・椎橋俊之)
ホワイトアウトは事故を誘発し、高速道路もしばしば通行止めに。(写真・椎橋俊之)
なんとか国道の通行を確保しようと奮闘する除雪車。(写真・椎橋俊之)

真冬のさいはて行路、バスの安全運行の妨げとなるのは横風ばかりではない。積もった雪が強風で吹き飛ばされ、さながら濃霧のように視界を奪うホワイトアウトの恐怖である。乾燥したアスピリンスノーは軽さのあまり小麦粉のように舞い上がり、地上5mに設置されている路肩表示さえ見えなくなる。

「強烈なホワイトアウトは年に2回か3回ありますよ。バスは乗用車に較べて、ドライバーの目線がやや高いので見通しが利き、割と走りやすいのですが、雪の塊が風で巻くと前を走るクルマが見えなくなる。乗用車は視界がゼロになると、怖くて停まってしまうことがあって、目の前に突然停まったクルマが現われると血の気が引きますよ。見通しが利かないなかで停まると、運転台が高くて視界の効く大型トラックに追突されますからね。地元の人はホワイトアウトのなかで停まるのが危険と知っていますが、たとえばレンタカーの後ろを走るときなどは徐行しないとあぶない。路肩の位置を示す矢印標識はチカチカ光るので頼りになるので、矢印を見上げながら運転するほどです」(櫻井氏)。

雪のない季節はバスやトラックはクルマにあおられる存在だが、ホワイトアウトがひどいとたちまち立場が逆転する。バスが制限速度60km/hの国道を40km/hくらいで走るのに対して、乗用車のドライバーは視界不良や深い吹き溜まりに恐れをなして停まりそうになって跛行している。

「ホワイトアウトのときは先行車がいると楽なのですが、先頭に出ると大変です。まったく視界がきかないと、路肩から落ちたくないから本能的にセンターライン寄りにバスを持って行って、いつでも止まれるようゆっくりゆっくり走る。行く手の真っ白い視界の中にボワッとライトが見えたら、対向車を避けるためにお互いにゆっくり左へ寄るのです。まさに手探り運転ですが、掘られた轍を乗り越えて元の車線に戻るのはけっこう大変ですよ」(沿岸バス運転手・重松幹男氏)。

「バスの運転手は毎日のように同じところを走っているので、いまどこを走っているかは感覚で分かります。運転手それぞれが目印になる場所を覚えていて、この橋を渡ったら先は右にカーブしているなという感じです。視界がほとんど効かないほどひどいときは、速度を落として這うように走り、広い待機所やチェーン脱着場までがんばるしかないです」(川村氏)。

ひと昔前、沿岸バスは国道が通行止めになるまで運行したものだった。沿岸バスはめったに止まらないといわれたのも、国鉄から引き継いだという意識が強かっただろう。バスしか交通機関がなかったという事情もあった。天候の予報をみて計画運休するようになったのはここ数年のことという。

幌延から豊富へ。静寂が支配するさいはての町

幌延から豊富にかけて無人の雪原が続く。交通量も少ない。
幌延には高レベル放射性廃棄物を地層内に処分する研究を行なっている深地層研究センターがある。(写真・椎橋俊之) 
さいはての地をゆく長距離路線バス。終点は近い。

天塩川の振老堤防から旧天塩大橋バス停を通過し国道232号線はT字路に突き当たる。旭川からサロベツ原野を北上してきた国道40号線との交差点を左折、滔々たる大河・天塩川を渡ったところが天塩町と幌延町の境界である。国道232号線はここから終点の稚内市中央3丁目まで40号線との重複区間となる。

8時37分、定刻より少し早く幌延駅に到着。乗客4人が降りる。幌延駅からJR宗谷線に乗りかえる連絡はよくない。稚内行きは10時56分。名寄行きは11時46分の発車である。幌延駅を発着する列車は札幌行きの特急を含めて上下12本、バスは上下16本を数えるが、稚内方面の接続が考慮されていない現状は、幌延−豊富−稚内間の交通需要がほとんどないことを示しているのだろう。「札幌から稚内を目指す路線バス乗り継ぎ」のテレビ番組は、幌延−稚内間の路線バスがないことから、経路を音威子府回りに変えたという。

小雪舞う幌延駅前を発車した路線バスは、幌延で乗り込んできた若い女性客を加え、3人の乗客を乗せていよいよ最終コースに足を踏み出す。幌延−豊富−豊富北間は高規格道路・豊富バイパスが開通しているが、沿岸バスの超低床車両は通行できないことから、路線バスは幌延深地層研究センター、豊富温泉郷を経由し、道道121号線〜84号線ルートを走行する。

「このあたりの道はヒグマ、エゾシカ、タヌキ、キツネ、いたち、ウサギ、蛇などの野生動物がたくさん出ます。なかでも図体の大きいシカが一番危ない。いきなり道路へ出てきて警笛くらいじゃ逃げません。一頭出てくると後を追って群が次々と出てきますから一頭を避けたからと安心してはダメです。シカにまともにぶつかるとバスは壊れるし、小型の乗用車は廃車になることもあるほどです」(櫻井氏)。

「エゾシカと衝突しても路上にほったらかしにはできません。修理のための事故証明が必要ですし、警察の現場検証が済むまでは動けないのです。道路管理者がシカを引き取ってくれますが、交通事故に遭ったシカは、体中に血が充満していて獣臭がひどく、とても食べられないそうです」(川村氏)。

ガラガラのバスは道道を右折し、旅館やホテルが軒を連ねる豊富温泉郷に入っていく。町営の日帰り入浴施設「ふれあいセンター」から青空に湯煙が上がっていて、日本最北の温泉郷に活気を与えている(稚内には小規模な温泉施設がある)。豊富温泉は植物由来の有機物を多く含むモール泉で、ほんのわずか黄色い濁りがあり石油の臭いがする。

バスはかつて炭坑として栄えた豊富の市街地に入り、駅前に通じる広い道に入る。北国のまぶしい朝日が凍結した路面に反射して、バスは花道のような駅前通りを進んでいく。行く手の正面に豊富駅が見えるが、どの通りにも寂として人けはない。

午前9時8分、路線バスは定時に豊富駅へ到着。ただ一人、バスから降り立った男性客は駅舎には目もくれず、静かな通りを歩いて行く。迷いのない足取りは旅行者とは思えない。風がやんで北国の町の一日が始まろうとしている。

沿岸バス、真冬のさいはて旅は、まばゆい朝日の中でようやく終わりを告げた。

取材協力 : 沿岸バス株式会社

文・椎橋俊之

写真・丸山裕司(特記以外)

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椎橋俊之

筑摩選書

鉄道廃線を引き継いだ最果ての地の乗合バス
その苦闘の記録


鉄道廃線を引き継いだ北海道の路線バスは、過疎化や少子高齢化により危機に瀕している。自然環境もきびしく、冬の日本海沿いでの運行は突風、ホワイトアウト、猛吹雪で困難を極めるが、運転手は高度な運転技術と旺盛な使命感で日々闘っている。バス輸送の現場はいかなる問題に直面しているのか。運行管理者、運転手の生の声を徹底取材。DMV、BRTの現在や、イギリスのバス復権の動きも調査し、バス2024年問題や運転手不足への対策に向けた提言も行なう。