1967年式ダットサン・フェアレディ2000。

2025年の夏は本当に暑かった。何しろ9月になっても猛暑日が続出したほどで、エアコンはおろかクーラーすら装備されない旧車に乗るのは無謀と言えたほど。それでもようやく秋らしさが感じられ始めた9月13日は関東地方だと雨模様だったものの、今回紹介するイベント「アリオ上田特別な3Day’s昭和平成名車展示会」が開催された長野県上田市は薄曇りの天気。猛暑とは違う空気に包まれ、クーラーのない旧車でも走らせることができた1日となった。

希望ナンバーはもちろん年式だ。

このイベントは3連休期間中開催され、初日が国産旧車、2日目が外国車、3日目が軽自動車とジャンルわけされての展示だった。というのも展示スペースに限りがあり、すべてのジャンルを一堂に会そうとするには無理があった。また3連休中連日開催されたことで、会場である商業施設「アリオ上田」への集客効果も期待されたことだろう。決して広くない展示スペースの一角には屋根が設けられ、もしやの雨でも濡れずに済む位置がある。いわば特等席で、ここに1台のダットサン・フェアレディ2000が展示されていた。

フェアレディ2000の初期型はフロントウインドーが低い。

遠目からでもボディの塗装がひと際鮮やかなことがわかる状態で、ぜひ取材させていただこうと近づく。すると見知った顔の方から声をかけられた。それがこのSR311フェアレディ2000のオーナー、原山公男さんだった。原山さんとSR311は、もう10年ほど前にカーマガジンという雑誌の取材でお世話になった。所属されているクラブ「SP/SRオーナーズクラブ」の会長宅を訪問して数台のSRとシルビアを取材させていただいた際にお越しいただいていた。それ以来なのでお顔を拝見して見知った方であることはわかったのだが、まさか艶やかなボディが輝くSR311オーナーだと気が付かなかった。

現在の安全基準には適合しない突起のあるミラー。

それというのも取材の際は編集部員と数名がかりで担当を振り分け、筆者はシルビアを主に担当したから頭の中はシルビアばかりだったということもある。言い訳じみた感じになってしまったが、以前の記事でセリカの西澤さんと再会したことに続き、何やら縁のある人と再会する取材になった。当の原山さんは10年前からあまり変わらない印象なのだが、お年を聞けば69歳だという。とてもそう見えない若々しさは、子供の頃からの憧れだったSR311を楽しまれていることも関係しているのだろう。

所属するオーナーズクラブのステッカーを貼っている。

原山さんがこのSR311をお買いになったのは2004年のこと。もちろん購入以前からSR・SRには親しんでこられたのだが、この個体に巡り会えたことが大きなターニングポイントだったのだろう。というのも、この個体はローウインドーと呼ばれる初期型SR311で極めてオリジナルに近いコンディションだったからだ。

ダットサン・フェアレディ史上最大排気量となるU20型エンジン。

SR311フェアレディ2000は1967年3月に、従来型であるSP311フェアレディ1600と併売する形で発売された。いわばSP・SRシリーズの最強モデルで、セドリックなどに採用された2リッター4気筒OHVのH20型エンジンをベースにSOHCヘッドが与えられたU20型エンジンを搭載する。カタログスペックで145psの最高出力を発生し、わずか940kgしかないボディとの組み合わせで国産車初の200km/hを超える205km/hの最高速度をうたった。

60年代のスポーツカーらしい風情を味わえるインテリア。

鳴り物入りでのデビューだったSR311は、発売からわずか7か月後の67年10月に安全対策対策が施される。これは主戦場だったアメリカでの保安基準に適合させる処置で、フロントウインドーを高くしつつダッシュボードにパッドが追加されシートにヘッドレストが装備された。つまり7か月の間だけしかローウインドーのSR311は存在しないのだ。それゆえマニアはこぞってローウインドーのSR311を求める傾向にある。

スピードメーターは240km/hスケール!

実はこのタイミングでフェンダーミラーも変更されている。というのも、従来までのフェンダーミラーは脚の部分が突起状になっている。ここが事故などの際に人を傷つける可能性があることから、ミラーの形状そのものが変更されるのだ。いわゆる「◯人ミラー」などと呼ばれる装備で、これもマニアにとっては魅力のポイント。原山さんのSR311にも、もちろんオリジナルのミラーが装備されていたからこそ入手したのだろう。この初期型ミラーはディーラーや整備工場によって、後々それ以降の純正品に変更してしまった個体もあるようだ。

張り直したシートだが座布団で保護している。

原山さんは入手した4年後に一大決心をする。フルレストアをすることにされたのだ。SP310からSR311までのダットサン・フェアレディは前身のフェアレデー時代からダットサン系のフレームにボディを架装している。だからレストアをするならボディとフレームを分離することになる。もちろんフレームと分離してからボディの塗装を剥がしてサビや腐食を除去して仕上げている。驚くべきはその工程で、実に下地を4回、赤い塗装を4回、クリアを3回も塗装を重ねることで仕上げられた。そのため遠くから見てもコンディションの良さがわかったのだ。この塗装を写真で伝えるのは難しいが、「黒く見えたり赤が濃くなったりします」と原山さんがいうように天気や時間帯により表情を変える。実に奥深い塗装なのだ。

シートの張り替えと同じ職人に作ってもらったトノカバー。

エンジンは京都の専門店でハイカムを使って組み上げられたものを購入して換装、足回りも刷新しているが特筆すべきは室内。シートは都内にあった内装職人が営む工場で純正と同じ柄を再現した表皮で張り直されている。この職人のシートは見た目も座り心地も絶品なのだが、残念ながら故人となってしまわれた。存命のうちに仕事をしてもらったことは幸運だったが、さらにボディ色と合わせて赤い生地で製作されたトノカバーも魅力的。しかも「可能な限りオリジナルにこだわっています」という言葉通り、当時の姿そのままな点も特筆できる。実に端正なSR311と原山さんなのだった。