使われ方の違いに着眼して実現した、EVバッテリーの新しい2次利用法
eCANTER(イーキャンター)は、「e」が示すとおり、三菱ふそうトラック・バス(以降、三菱ふそう)が生産するトラックのうち、小型カテゴリーを担うモデル「キャンター」のEV版だ。
キャンターそのものの歴史は古く、1963(昭和38)年のT720型が初代。
いま売られているキャンターは、フロントフェイスの変わりようからすると9代めなのだが、三菱ふそうはいまのキャンターを明確に「9代め」と謳っておらず、8代目を限りなくフルチェンジに近い大幅フェイスリフトモデルとしているようだ。
したがって、現行キャンターは8.9代目というべきか。
いっぽうのeCANTERは、筆者からすると2代目といいたくなるのだが、資料では2023年3月に受注開始したeCANTERをなぜか「3代目」としている。
「世界初の量産電気トラック」と謳った2017年9月のeCANTERと、「先進安全装置を搭載した新型電気小型トラック」を標榜した2020年8月のeCANTERは同じ顔で、三菱ふそうとしては別ものという認識らしい。
乗用車の変遷を追うとき、こちら側とメーカー側の世代の認識差があってかなりややこしい思いをさせられるのはミニカとランサーなのだが、キャンターシリーズも同じとは!
さすがはスリーダイヤフレンド、外野には理解しにくいグループ内の取り決めがあってのことなのかも知れない。


もっとも、本稿の主役は歴代キャンターでも現行キャンター & eCANTERでもなく、過去eCANTERに使われていたバッテリー・・・正確にいえば使用済みバッテリーである。
乗用車、商用車問わず、EV所有には抵抗感のあるひとが多いと思う。
個人レベルで見ると値段と航続距離がネックだが、マクロの視点で眺めると、使った後のバッテリーをどうするかという問題がつきまとう。
いまは、使用後のバッテリーのことを解決しないうちにEV志向に走っていると思うのだが、今回、三菱ふそうがお披露目したのは、早い話が初代eCANTERに使われたバッテリーのリサイクルだ。
先に感想を述べてしまうと、抱いたのは「いいところに目を付けた」「こっちのほうが真のリサイクルじゃないの」の2点。
いま、「リサイクル」というと、自動車でも何でもいいのだが、使った後の製品を苦労して材料別に分別し、それら個々を元の原材料レベルにまで戻して別の製品に置き換える考え方になっている。
ただしその分別は、「燃えるごみ」「燃えないごみ」「ペットボトル」といった、週2回のごみの日に出す家庭レベルのごみの比ではなく、材料種は多岐に渡るし、それぞれ原材料に戻すまでのエネルギー消費量は、トータルではかなりのものになるだろう。
日本の庶民レベルにまで「リサイクル」という言葉が浸透し始めたのは90年代初頭だろうか・・・この頃日本の自動車産業の「リサイクル」は、いきなり原材料レベルにまで戻す道をたどったが、それより前から、ヨーロッパではすでにリサイクルを実践していた。
といっても、材料に戻す「リサイクル」ではなく、例えばドアが大きめな規模の損傷を受けた場合、新品ドアだけなく、中古車から外してストックしておいた同年型・同色のドアを手配して交換する手法も採っていたと聞く。
もちろんみんながみんなじゃなく、新品がいいひとは新品を選ぶいっぽう、まだ使えるなら安いほう選びたいユーザーのため、中古交換の道も常に用意されていたわけだ。
中古ドアからすると二次利用だ。
今回三菱ふそうが公開した使用済みバッテリーのリサイクルもこの考え方に近い。
2017年のeCANTERの使用済みバッテリーを確保し、複数組み合わせて別の用途に充てようというものだ。
題して「BATTERY LIFECYCLE MANAGEMENT & Circular Economy」・・・三菱ふそうトラック・バスのほか、CONNEXX SYSTEMS、True 2 Materialsの3社協業によるものである。
BATTERY LIFECYCLE MANAGEMENT & Circular Economy
「BATTERY LIFECYCLE MANAGEMENT & Circular Economy(バッテリー ライフサイクル マネージメント・サーキュラー エコノミー)」・・・このコンセプトはまず、EVバッテリーの新品状態からのライフサイクルを、おおよそ4つのステップに分けている。
1.バッテリー製造
2.ファーストライフ(ここではeCANTERに搭載されての稼動)
3.セカンド/サードライフ
4.回収
こう書いてしまうと、どの製品にも当てはまるのだが、このコンセプトの見せどころは3と4で、各ステップをさきの3社で分担している。

「1.バッテリー製造」「2.ファーストライフ」が三菱ふそうなのは当然。
その次のステージ「3.セカンド/サードライフ」がCONNEXX SYSTEMS 社(以下、CONNEXX)の受け持ちで、彼らは2次使用にまわそうとするバッテリーを「2nd Life Battery」と命名した。
EV車から外した使用済みバッテリーというと何もかもがおじゃんになって充電能力ゼロ、本当に使いものにならないイメージがあるが、実際には、使用済みバッテリーの容量の落ち込みは70%くらいという。
裏を返せばせいぜい30%しか劣化していないということだ。
その段階で交換というのは、おそらくはEV用途としては使いものにならないというだけのことで、30%の劣化度=残り70%に別の使い道が残されているなら、それをこれまで「使用済み」として廃棄していたのはもったいない話だ。
このあたり、いまの60歳は、むかしの60歳とちがって若く、まだまだバリバリ働けるのと同じだ。
ここはひとつ、定年を迎えた60歳のひとにもバッテリーにも、嘱託か第2就職で次の働き先を斡旋したいところだ。
・・・という考え方をCONNEXXがしたかどうかは知らないが、彼らは2017年型eCANTERからとっ外したバッテリーを複数集めて定置型とし、別の用途に使うシステムを構築した。
それが「EnePOND」だ。




ふたを開ければ、2017年型eCANTERの使用済みバッテリーを8段×2列に積み重ねてある。
ここで披露されたEnePONDのeCANTERの中古バッテリーは8段重ね×2列だが、これは用途次第で増やすことも可能だし、ソフトの適合は要るだろうが、異なる電池を組み合わせることも可能だという。



CONNEXXは、2次電池が抱える次の懸念をEnePONDで解決した。

1と2は、あなたが中古車を買うときに置き換えるとよくわかる。
例えば仮に・・・そう、三菱のトレディア(マニアックだ)の中古で買うとしましょうか。
同じユーズド・トレディアが100台あったとしても(ないと思うが)、新車じゃないから履歴は100とおりだ。
クルマは走行距離と外観と中身の劣化は必ずしも呼応しない。
バッテリーも同じで、劣化度はさまざまなのだが、EnePONDは複数の中古バッテリーを全体を1つとして利用するから、状態のばらつきが直接弱みにならないのが強みだ。
というのも、そこいらの乾電池と違い、EVバッテリーはバッテリーそのものにハナっから制御機構が組み込まれている。
つまり知能を持っているから、その知能もそのまま利用すれば履歴がわかるばかりか、適合されたEnePOND側のソフトでバッテリー側に介入し、制御だって可能になるというわけだ。
3は、使用済みバッテリーは、EV用途ならせいぜい500Vほどのところ、第2就職先が定置型のESS(Energy Storage System:電力貯蔵システム)に変わると1500V近くが要るが、積み上げたバッテリーとは別に鉛電池の外部定電圧電源を設けることで高電圧化することができる。
このEnePONDにより、2nd Life Batteryに向けたバッテリーの利点と課題解決を両立させたのである。

筆者が冒頭で述べた「これぞ真のリサイクル」は、「劣化度たかだか30%」を軽視せず、「残り70%性能」をさらに活かそうと、ほぼそのままの姿で別の形に転用しようとしたことだ。
そして「うまいところに目を付けた」と思ったのは、EV電池の確保を乗用EVからでなく、商用EV(=eCANTER)にしたことだ。
いまはどうか知らないが、トヨタの調査では、途中のオーナーは変わるにせよ、1台のクルマが生まれてからざっと7万キロで廃車となると聞いたことがある。一般に7年と考えていいだろう(いまはもっと伸びているのだろうが)。
対してトラックの使用年数は、新車から10年なんてただの通過点で、15年やそこらはザラだ。
ただし、クルマの使用年数とバッテリーの使用年数は必ずしも一致せず、バッテリーだけはどこかのタイミングで交換しなければならない。
乗用EVなら廃車とともにバッテリーも廃棄される(可能性が高い)のに対し、商用EVは途中交換だから外してストックされたバッテリーをふそうなどの販社から確実に入手できる・・・つまり、乗用EVと商用EV、使われ方の違いに目を付けたところがうまいと思ったCONNEXX & EnePONDなのである。
EnePONDは、いまは実証実験の段階で、説明会場(川崎の三菱ふそう本社敷地)では、ひとまずさきのEnePOND本体から少し離れたEV充電設備につなぎ、現行eCANTERの充電でデモンストレーションしていた。
もちろん、建屋への電源利用も想定しているという。




材料回収
CONNEXXはEnePONDによる2次利用の寿命をざっと10年と想定しているようだが、さすがにその後は材料に戻すリサイクルにまわされる。
ここから先はTrue 2 Materials社(以下、T2M)の領分で、いわく「Total Materioal Recovery」。
従来、バッテリーのリサイクルは乾式精錬、湿式精錬のふたとおりあったが、T2Mはこれらとは異なる、使用済みor廃棄バッテリーを正負極材(アノード・カソード)・電解質に再生する「トータルマテリアルリカバリー(TMR)」技術を確立。
アノード、カソードはダイオードの分野で出てくる用語で、アノードが陽極(プラス)、カソードが陰極(マイナス)だ。
T2Mはアノードであれカソードであれ、ナノという単位の分子レベルにまで踏み込み、EVバッテリーを資源の最大99.9%を回収することが可能にしたという。
99.9%だなんて、ほとんど100%じゃないの!

今回の三菱ふそうとCONNEXX SYSTEMS、True 2 Materialsが公開した技術は、使用後のEVバッテリーの価値やリサイクルプロセスを見直した技術といえよう。
使用後のバッテリー能力は本当にゼロなのか?
従来のリサイクル法に無駄はないのか?
みんなでノーマークにしていた(?)残存能力をクローズアップしたり、材料の回収率99.9%(それらがすべて何かに使用されるわけではないのだろうが)を達成したり・・・これは乗用EVと商用EVの使われ方への着眼がありきの技術だが、乗用EVのバッテリーにも転用できるだろう。
要は車両が廃棄されても、使用後のバッテリーの行く末をはっきりさせておけば可能なことだからだ
(乗用EVのバッテリーだってそこいらに捨てているわけではないのだろうが)。

