グループA最強エンジン生誕前夜 〜排気量が2.6Lと決まったワケ
RB26DETTはスカイラインGT-Rのために開発された特別なエンジンである。
1989年に発売されたBNR32型スカイラインGT-Rに搭載されたのが最初だ。R32型の8代目スカイラインをベースに設計されたBNR32型は、ケンメリの愛称で親しまれた3代目スカイライン(KPGC110型)以来、16年ぶりに「GT-R」を名乗るモデルとして注目を集めた。その心臓部である2.6L・直列6気筒DOHC24バルブ・ツインターボのRB26DETTは、BCNR33型(95〜98年)、BNR34型(99年〜02年)に受け継がれた(ステージア260RSなど、一部例外はある)。当初は横浜工場で生産されたが、01年6月にベース車両のスカイラインが新世代V型6気筒のVQを積んだV35型に移行すると、RB系の生産量が激減。01年8月に生産ラインを日産工機に移管。02年8月に生産を終了した。
R32型スカイラインのイメージリーダーとしての役割を担わせると同時に、他社の高性能車を陳腐化させるため、日産が高性能車を開発し、レースに投入することを決定したのは、86年7月のことだった。当初企画していたGT-RはFRで、エンジンはRB24型(二桁の数字は排気量を表す)のインタークーラー付きDOHC 24バルブターボだった。投入するレースカテゴリーはFIAのグループA規定(連続する12ヵ月間に5000台以上が生産された4座席以上の車両。93年からは2500台以上)に則って開催されていた全日本ツーリングカー選手権( Japan Touringcar Championship=通称グループA)である。2.35Lなら排気量に係数1.7を掛けて弾き出される排気量ランクで、4L以下のクラスに収まる(車重は1180kg以下)。
全日本ツーリングカー選手権の1戦として富士スピードウェイで開催された85年のインターTECでは、ボルボ240Tが予選で1分37秒38のラップタイムを記録していた。GT-Rは目標タイムを1分35秒以下に定めた。そこから弾き出したグループA・GT-Rのスペックは、420ps以上だった。市販GT-Rの最高出力は当初、240ps以上が目標だった。86年11月のインターTECでジャガーXJSが1分35秒615のラップタイムを記録したことが、GT-Rの目標設定値に影響を与えた。この勢いだとGT-Rが参戦する90年には、1分31〜32秒までタイムが縮むことが予想されたからだ。

そこで開発陣は目標設定を修正。ラップタイムを1分30秒以下にした。2.4L/ 420psでは足りないのが明らかになったため、排気量を2.6Lに引き上げることにした。4.5L以下の排気量ランク(車重1260㎏以下)に収めようとした場合、計算上は排気量を2.64Lまで引き上げることができる。だが、ボアとストロークをいたずらに拡大するわけにはいかなかった。シリンダーブロックの高さを変えない(つまり、RB20系と同じ188.4mm)でピストンに掛かるサイドフォースを許容範囲内に収めるには、L24型と同じ73.7mmのストローク値が妥当との検討結果が導き出されたからである。
ボアは輸出用に少量が生産されていたRB24型と同じ86.0mmが選択された。奇しくもL28型と同じ数値。結果、排気量2568ccという、自動車税の面で実に中途半端な数値となったのだが、「レースに勝つため」という潔さが免罪符となった。いや、むしろその潔さがRB26DETTの神格性を高めたと言える。
開発陣は86年11月末にレース仕様の最高出力を525ps以上、市販車の最高出力を260ps以上に変更する案を関係各部署に通達。この動きと並行して電子制御トルクスプリット4WDの採用が決まった。500ps以上のパワーはリヤ2輪のキャパシティを超えるという判断が働いたのと同時に、パワーを有効に路面に伝えることができる新開発の4WDシステムに可能性を感じたからだった。4WD化による重量増を補うためにも排気量アップは欠かせず、87年2月にRB26DETTの開発が正式決定した。
600psを絞り出す直6ツインターボ。技術的にあちこち手を入れた


96.5mmのボアピッチ(3〜4番シリンダー間のみ98.0mm)はRB系の他のエンジンと共通だが、RB26DETTの設計にあたっては何から何まで大がかりな手が入っている。高出力に耐える強度と耐久性を確保すると同時に、レギュレーション上、後から変更できないパーツをあらかじめ強化しておく必要があったからだ。鋳鉄製のブロックはバルクヘッドの肉厚を増したのに加え、側面のリブが補強された。シリンダーヘッドとブロックを締結するボルトは、M11からM12へと太くなっている。
シリンダーヘッドはRB20DEをベースとしているが、細部はレースユースを念頭に変更。その代表例がバルブ駆動だ。直打式であることに変わりはないが、ハイドロラッシュアジャスター式を止めてインナーシム式に変更した。油圧確保のための給油システムが不要になるため、この部分だけで約20%質量を低減している。
バルブスプリングは高回転時の共振を防ぐため、細いスプリングと太いスプリングを同軸上に配したダブルスプリングを用いる例が多かったが、RB26DETTでは不等ピッチ形状のシングルスプリングを採用した。これも、質量低減のためである。排気バルブにナトリウム封入バルブを採用したのも、当時の国産エンジンとしては目新しかった。というより、国産初。燃焼室の温度を低減し、耐ノック性を向上させるアイテムである。熱対策はピストンにも及び、アルミ鋳造性のピストンにはクーリングチャンネルが設けられた。

クランクシャフトの全長とメインジャーナル径はRB20系と共通だが、コンロッド側のピン径は45mmから48mmに拡大されている。スカイラインGT-Rの市販後、「グループAで600ps出ているのだから、市販車で600psにチューンしても大丈夫だろう」という思い込みが先行した。チューンするのはいいのだがクランクシャフトを強化品に交換するのをおろそかにしたばかりに、フロント側の軸が破損するケースが頻発したのだという。ユーザーの自己責任で片付けることもできたが、「日産のエンジンはA型、L型の時代からチューニングに耐えるのが伝統」だからと、日産は自発的に強化した対策品に切り換えたという。
スロットルは6連。コレクターの上流にスロットルボディを置くのがそれまでの常識だったが、レスポンスを向上させるために各吸気マニフォールドの近くにスロットルを設けることにした。開発当初はスロットルバルブの精度が悪く、アイドル回転数が3000rpmに達したというが、ピロボールを使ったスロットルリンクで精度を高めることができ、950rpmのアイドル回転数に落ち着いた。また、当初は低中速トルクを重視して大容量のコレクターや長めのインテークマニフォールドを設計していたが、開発の最終段階で、8000rpmに設定した高回転域までの伸びを重視する方向に修正。インテークマニフォールドの長さを400mmから260mmに短縮し、慣性過給の同調点を高回転側に移行。最高出力の発生回転数を6400rpmから6800rpmに引き上げた。合わせて、ターボで過給された空気をターボの上流に戻すリサーキュレーションバルブを追加し、スロットルオフ時にタービンの回転数が低下するのを防ぐ仕組みを取り入れた。


数多くの栄光と伝説を残したR32型GT-R、そしてRB26DETT
RB26DETTを積んだスカイラインGT-Rは8代目スカイラインと同じ89年5月に発表、8月から発売された。市販仕様は300psを保証するエンジンにはなっていたが、国内の情勢を鑑み、カタログ数値は280psになった。
グループA仕様のスカイラインGT-Rは、西日本サーキットで行なわれた90年のJTC第1戦に姿を現すと、星野一義/鈴木利男組がポールポジションを獲得。2位以下を周回遅れにして優勝した。以後、93年限りでJTCが終了するまでに、29戦29勝を挙げた。また、年1回開催のインターTECについても1990年から1993年までの4年間すべての年で総合優勝を飾った。
RB26DETTを積んだGT-Rは、BNR32型が40390台、BCNR33型が16520台、BNR34型が12175台生産された。

日産・RB26DETT 主要スペック
エンジン型式:直列6気筒DOHCツインターボ
排気量:2568cc
ボア×ストローク:86.0×73.7mm
圧縮比:8.5
最高出力(kW/rpm):206/6800
最大トルク(Nm/rpm):353/4400
シリンダーブロック材料:鋳鉄
シリンダーヘッド材料:アルミニウム合金
吸気弁/排気弁:2/2
バルブ駆動方式:直動
燃料供給装置:電子制御燃料噴射
点火順序:1-5-3-6-2-4
(日産スカイラインGT-R)

