燃調はコンピューター制御。2ストベースの水素エンジン、井上ボーリングが製作【モンキーミーティングin多摩】

4MINI人気を牽引してきたホンダ・モンキーは当然4ストロークエンジン。それなのに2024年のモンキーミーティングのバイクフォーラムでは2ストエンジンの話題が取り上げられた。なぜかといえば従来のエンジンでも将来生き残れる可能性があるから。バイクフォーラムで語られたEV以外の次世代モビリティについて考えてみたい。

REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)
バイクフォーラムに井上ボーリングの社長がゲストとして呼ばれた。

2024年4月28日に東京サマーランド駐車場で開催されたモンキーミーティングは、エントリー台数が400台を超える盛況ぶり。一般の参加者だけでなく、モンキー125をCB-F風に変身させられる外装キットなども展示され中身の濃い内容だった。真夏のような日差しの中、楽しい時間が過ごせたわけだが、昼過ぎから行われたトークショー「バイクフォーラム」で興味深い内容がテーマとされた。ゲストは2ストエンジンの加工やNSR250Rのシリンダーメッキスリーブ再生などのほか、2ストエンジン用ラビリンスシールの開発などを手掛ける井上ボーリングの社長である井上壯太郎さん。そのテーマとはズバリ「水素エンジン」だ。

井上社長から水素エンジン開発についての苦労話や将来性を聞くことができた。

井上社長は2000年頃に2ストロークエンジンが消滅してしまう危機を感じる。ホンダを始め国内メーカーから新車の2ストエンジン車がなくなるからだ。だが、2ストマニアは大勢いるし、何より井上社長も大の2スト好き。将来的に2ストエンジンを残す方法はないだろうかと考えたのが水素エンジンへのアプローチだった。ではなぜ2ストエンジンと水素なのか。実は現在、モータースポーツの世界ではバイオマス系のカーボンニュートラル燃料を使用することが主流。カーボンニュートラルを目指す世界的な流れを受けたもので、基本的にこの燃料は従来のガソリンエンジンへも転用可能。エンジンからCO2が排出されるものの、カーボンニュートラル燃料は生成時にCO2を吸収することからカーボンニュートラル、つまりCO2は相殺されるという考えなのだ。

2ストロークエンジンのモトクロッサーをベースにした水素エンジン実験車。

カーボンニュートラルにとっての問題は価格と流通で、現状で一般のエンジンへ供給できるだけの体制になければ、販売価格も一般的ではない。それならガソリンの代わりに水素を採用するのはどうだろうと井上社長は考えた。これまでにもマツダによる水素ロータリーを始め、自動車メーカーだけでなくカサワキなども水素エンジンを研究開発している。さらにトヨタから発売されたミライは水素エンジンを搭載しており国内にも水素スタンドが増えつつある。ガソリンの代わりに水素を用いるのは突拍子もないことではないのだ。ただ、開発には苦労が続いた。水素燃料でエンジンはスタートするが、回転が安定しない。スロットルに対してもリニアに反応せず不等間隔で爆発してしまう。燃え残った水素がシリンダー内を落ち、必要ないタイミングで燃えてしまうのが理由だ。そこで現在は2号機を開発している。4ストのようにクランクケースをオイルで満たし、水素を噴射してもクランクケース内に物理的に落ちないようにする。そのためには1次圧縮が問題になるが、現在では電動スーパーチャージャーが普通に買えるため、これを装備して1次圧縮を補う計画だ。

4つある掃気ポートへ直接水素を吹き付ける構造。

2号機はさておき、井上社長はシリンダーに4つある掃気ポートへインジェクターを装備させ直接水素を噴射する方法にたどり着く。2ストエンジンは4ストのように吸排気バルブがない。4ストで重要な排気バルブへの熱対策対が必要ない。まさに水素化にうってつけなわけだが、掃気ポートへ直接水素を噴射してもスロットルレスポンスに対しての根本的な解決にはならなかった。そこでスーパーカブのエンジンを用いるエコラン、エコマイレッジチャレンジで使われるインジェクターとコンピューターを開発している企業を探し出す。水素ロータリーを開発したマツダへこれらを供給していたFCデザインがその会社で、井上社長は広島まで出向いて部品供給を受けることに成功する。

水素エンジンを始動するには新設したスターター回路を使う。

このインジェクターとコンピューターをセットすることで、エンジン回転数とスロットル開度に対する水素の噴射量などを最適化することができた。これでようやく水素エンジンによるバイクが完成したのだが、まだまだ課題はある。それは水素を補填するタンク。現状では一般に売られている8気圧のボンベを用いていて容量は3.3リッター。満充填で3000円ほどかかるがエンジンを始動してから10分ほどで空になってしまう。だが、水素スタンドで供給される700気圧の高圧で水素バイクの低圧ボンベと同じ量を積むことができれば15倍もの航続時間が実現する。

スロットルセンサーからの信号を水素用ECUへ伝達する。

問題はタンク(今回使用したボンベよりも高圧に耐えられるもの)。水素用タンクは非常に薄いアルミの膜で整形したものにカーボンを何重にも巻いて製作する。例えば今回のバイク用に10リッター容量のタンクを作ると現状で3000万円ほどかかる。実用できるものではない。ただし、水素について状況は変わりつつある。自然界に水素は存在しないため、水を電気分解したり石炭を燃焼させた副産物として抽出する。ところが昨今では天然水素と呼ばれる自然界に存在する水素の存在が確認された。なんと日本にも存在していることが確認されており、天然水素の抽出が技術的に実現できればクリーンな燃料が低コストで供給できることになる。そうなれば専用のタンクも量産効果で単価が下がり、いずれ一般的な価格になることが考えられる。

現状は一般に入手可能なボンベをタンクとしている。

現状では次世代モビリティとしてEVばかりが話題になるが、EVを動かすバッテリーは製造法やリサイクルできないなど問題が多い。さらにEVは重量が重くなるため車体やタイヤへの負担が大きく、道路までも傷つける。さらに電力をどう発電するかといえば、現在は火力がメインであり全くのクリーンとはいえない。そう考えると次世代モビリティは水素エンジンも有効な手段の一つではないかと思えるのだ。

これまで2ストエンジンの水素化を紹介したが、前述したように大メーカーであれば4ストロークエンジンでも水素燃料に転換することは十分に可能。将来の可能性として水素は非常に大きな可能性を秘めている。最後に井上社長の言葉を紹介したい。20世紀まで人類は増え続ける人口に対して食料供給量が圧倒的に少なく危機的状況にあった。それを救ったのはエンジンではなかったか。エンジンにより広大な耕作地を活用できるようになったことで穀物の大量生産が可能になり、物資を輸送するのもエンジンによるもの。現在の世界はエンジンが築いたともいえるのに、人類はエンジンを捨てていいのだろうか。EVも必要ではあるけれど、全世界に9億台以上あるエンジン車を全てEVに変換するには膨大な二酸化炭素を排出する。だとすればガソリンエンジンを水素化すれば問題は解決するはずだ。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…