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BMW・M1000XR……327万9000円~(2024年5月24日発売)
さすが201ps、レインモードですら開けるのを躊躇するレベル
BMWが、4輪のプレミアムブランドである「M」を二輪で初めて展開したのは2021年のことだ。最初のモデルはM1000RRで、これは1000ccスーパーバイクのS1000RRをベースとしている。ちなみにS1000RRと言えば、かつてこれを基としたハイパフォーマンスモデル「HP4」が存在したが、マーケティング的には4輪でお馴染みの「M」の名称を用いた方が有利と判断したのだろう。BMW Mには、レースに精通したチームが1972年にBMWモータースポーツ社を立ち上げ、翌1973年に3.0CSLを完成させたという長い歴史があるだけに、この判断は正しいと思わざるを得ない。
さて、そんな「M」モデルに、クロスオーバーセグメントのM1000XRが加わった。ベースとなっているのはS1000XRで、これにS1000RRのシフトカム付き水冷直4エンジンを搭載したというのが主な生い立ちだ。クロスオーバーというジャンルは、日本でこそあまり馴染みがなく、R1300GSに代表されるアドベンチャーモデルが圧倒的に人気だが、欧州など海外ではかなり売れているという。具体的には、950cc以上のクロスオーバーは全世界で年間およそ2万2000台(2022年調べ)も販売されており、最も売れているのはドゥカティのムルティストラーダシリーズ。それに次ぐのはKTMの1290スーパーアドベンチャーSで、S1000XRはシェア28%で第3位とのことだ。
M1000XRの直接のライバルは、ドゥカティ・ムルティストラーダV4のパイクスピークだ。これの最高出力は170psで、すでにS1000XRも同じ170psを発揮するが、M1000XRはS1000RRと同じシフトカム付きの999cc水冷直4を搭載し、一気に201psへと引き上げてきた。もちろんクロスオーバーセグメントでは最強であり、しかもカーボンホイールなどを採用する上位仕様のMコンペティションパッケージなら、パイクスピークより16kgも軽量なのだ。
そんなM1000XRをモビリティリゾートもてぎのロードコースで試乗できるとあって、レーシングスーツを積んでワクワクしながら茂木町までやってきたのだが、残念ながら我々の走行前に雨が降り出してしまった。この日は一瞬止んだタイミングこそあったものの、基本的には降り続け、コースの途中には川が出現するほど。結局、ウェット路面が乾くことはなかった。
そうした悪コンディションの中、M1000XRにまたがってロードコースに入る。基本となるライディングモードはレイン/ロード/ダイナミック/レースの4種類で、それぞれで低いギヤでのトルク/高いギヤでのトルク/スロットルレスポンス/スロットルオフ時の音響/エンジンブレーキトルク/MSR(エンジンドラッグコントロール)/スリップコントロール/トルクプリコントロール/フロントホイールリフト検知/DDCなどの設定が連動して切り替わる。そして、これらを個別にアジャストできるのがレースプロモード(1~3)で、たまにサーキット走行も楽しみたいライダーにとっては、これがかなり役に立つに違いない。
まずはレインモードから。スロットルレスポンスはソフト、加えて1~3速でのトルクが低減される設定なのだが、クラッチをミートした瞬間からとんでもなく速い! スリップコントロールが最大になっているので、それを信じてはいるものの、雨がシールドを叩き付ける状況では、とてもではないがシフトカムが切り替わる9,000rpmまで回すのを躊躇してしまう。先導付きの走行ということもあり、常にシフトアップするするポイントは5,000~6,000rpmだった。
そうした限られた条件の中で感じたのは、S1000RRをベースとした直4エンジンの緻密なフィーリングだ。上品という表現を使ってもいいかもしれない。確かに低回転域からトルクフルで、おそらく一般公道なら6,000rpm以上を必要としないだろうが、ロードやダイナミック、そしてレースモードでもスロットルの反応は過敏すぎず、加えてクイックシフターのショックも比較的少なめだ。201psという分かりやすいスペックにばかり目が行きがちだが、実はスーパースポーツ由来のスムーズかつ潤沢な力量感こそが、M1000XRの美点の一つと言えるだろう。
ドライグリップ重視の標準タイヤを各種電子制御がフォロー
続いてはハンドリングだ。M1000XRの標準装着タイヤはブリヂストンのRS11で、この銘柄はバトラックスにおける公道用スポーツタイヤのフラッグシップだ。ドライグリップを重視した設計となっており、溝がほとんどないことからも分かるように、今日のようなウェット走行には不向きだ。
それを確認した上で、恐る恐るロードコースを周回する。タイヤの温まりが早いのか、走り始めてすぐに接地感が伝わり、2周目に入るころには恐怖心がだいぶ和らいだ。それと同時に、ウェット路面でもかなり扱いやすいハンドリングであることに気付く。低速コーナー(第5やV字コーナー、ヘアピン、90°コーナーなど)、高速コーナー(130R、S字カーブなど)の別を問わず、さほど大きなアクションを加えなくてもマシン任せで進入でき、スムーズに旋回できるのだ。まぁ、サーキットのコーナーにはカントが付いているので自然とそうなるのだが、とはいえ速度の高低にかかわらず扱いやすいというのは、ベースとなったS1000XRの素性がいいからだろう。
雨の中、最も感心したのはブレーキだ。Mキャリパーを採用するフロントは確かに強力だが、入力初期から緻密にコントロールでき、非常に安心感が高い。一方、リヤはABSの介入を何度も試してみたが、車体は常に安定しており、横方向へ一気にスライドすることはなかった。なお、レースプロモードではサーキット用ABSも選択できるので、腕に覚えがある人は試してほしい。
セミアクティブサスのDDCに関しては、もてぎの路面が平滑なことに加え、今回はさほどペースが上げられなかったので、各モードごとの差異はほとんど感じられなかった。とはいえ、どのモードでも車体のピッチングがほどよく抑えられており、それでいて乗り心地も良好であることは確認できた。おそらく、先に説明した優秀なブレーキ性能や、このサスペンションの好印象については、Mコンペティションパッケージに採用されるMカーボンホイールの効果も大きいような気がしている。
BMW Mの名を冠した初のクロスオーバーモデルであるM1000XR。パフォーマンスの片鱗に触れただけでも完成度の高さが伝わり、「M」の名称やカラーリングが単なる飾りではないことが分かる。Mコンペティションパッケージで400万円近いことから、このマシンが富裕層向けであることは明らかだが、内燃機関が終焉を迎えるであろう昨今、これだけホットなモデルを世に送り出したBMWモトラッドには拍手を送りたい。