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平塚宿をあとにして
降るのか降らないのかどっちつかずの平塚市街。かつての宿場らしさはほとんど残っていない。
朝から空がどんより曇っている。夜のうちにいくらか湿り気が落ちてきたのだろう、路面にはところどころウエットパッチができていた。ただ、いかにも降り出しそうなくせに雨はまだ降っていない。レインコートを着るのも面倒だからそのまま宿を出発したが、路上に出たとたんバラバラと降り出した。
平塚の見附跡。背負ったばかりのザックをおろし、レインカバーをかけ、雨具を着込む。
やっと走り出したばかりなのにと舌打ちしながらも、しぶしぶ市街のはずれにクロスカブを停めた。この先は箱根の峠越えだ。雨があがるとは思えない。雨具を着込みながら見上げると、松の枝ぶりがやたらみごとだ。よく見ると「平塚宿京方見附之跡(ひらつかしゅくきょうがたみつけのあと)」の標識柱が立っていた。
見附(見付/みつけ)とは江戸時代の見張り所のこと。城や宿場などにあり、番兵が陣取っていた。
東海道の宿場の見附は、東京側と京都側の2か所にあって、宿場への出入りを見張れるようになっていた。だが平塚のヤツは大戦中の空襲で焼かれ、正確な場所すらわからなくなったそうだ。なので戦後、だいたいこのあたりだろうと見当をつけて作り直したのが、この「レプリカ見附」だ。
大磯の松並木を抜ける。
西湘バイパス越しにブルーグレーの海が見える。まもなく箱根だ。
箱根路はホワイトアウト
箱根湯本の町は人とクルマで賑わっている。
小田原を過ぎて箱根湯本にさしかかる。箱根の繁華街の歩道は外国人らしき観光客であふれ、祭のような賑わいだ。コロナ騒動のさなかには、カッコーカッコーと閑古鳥が啼き散らかすゴーストタウン状態だったことを思えば、たった数年前のことなのに、早くも隔世の感がある。
ここも聖地っちゃ聖地
箱根ヒルクライムの前半は、雨もほぼ降らず快調そのもの。
「しょっちゅうバイクで箱根を通っとんねん」とか話すと、「おお箱根、走りの聖地じゃん!」と目を輝かせるクルマ好きの知り合いが多い。ぺちゃんこのクルマに極太タイヤをはかせ、謎のハネを生やかして夜道を走り回る彼らは、たいてい『イニシ〇ルD』という山岳暴走自動車アニメを愛好している。
『イニシ〇ルD』想像図。おおむね「ぜってぇー負けねえかんなギャンギャン!」と叫びつつ、血気さかんな青年数名がクルマで山道を走り回るストーリーだ(ったと思う)♪
この記事の読者なら、たとえ『D』のほうは読んでなくても、同じマンガ家先生が描いて80年代バイクブームをバリバリ牽引した、あの伝説マンガは読んだことがあるだろう。マンガに憧れて峠に通い詰め、膝の空き缶から火花を散らして行儀の悪いナルシシズムにひたった往年の少年ライダーも多いはずだ。いまや高齢者の領域に片足を突っ込み、こたつに入って猫を撫でながら、まもなく始まる年金暮らしを待ち望む老ライダーとなった彼らの姿がくっきりとまぶたにうかぶ。それどころか、実際タカハシ家の洗面台の鏡には、そんなよぼよぼライダーの惨めな姿が毎日くっきり映り込んでおり、見るたびため息が出てしまう。
箱根の山が深まり、霧もまた深まる。
ところで『イニシ〇ルD』に描かれている箱根は、クロスカブにまたがったAFOライダーがひょたひょた走る国道1号とはだいぶ様子が違う。あのアニメに登場するのは、たとえばターンパイクあたりのカッコいい有料道路系の箱根エリアだ。
なんて書くと、どうせならオマエもそっちの道まで撮影に行けや、すぐ近くなのにサボってんじゃねえぞ、とか言いだす残忍な読者がいるかもしれない。だがそれは、そう簡単にはいかない。一般にはあまり知られていないが、箱根あたりの有料道路のメディア撮影はきっちり有料で、しかもけっこう高額だからだ。たとえばターンパイクなら、ただの写真でも一日ざっくり2~3万、動画なら6~7万かかる。そんな金を積んで道路を撮影させてもらう権利なんぞ、三流AFOカメラマンにあるワケもなく、タカハシはやむなく撮影無料の天下の国道をのそのそ走ってお茶を濁し続けているというわけだ。
元箱根摩崖仏(六道地蔵)あたり。とはいえ霧が濃く、どこでカメラを構えてもどうせ真っ白な写真が撮れるだけ。
箱根にかかっても思ったほどの雨が降らず拍子抜けしたが、その代わりにガッツリ霧が出始めた。高度が上がるにつれて世界は白一色に呑み込まれ、視界がきかなくなってくる。風に流される気まぐれな霧の濃淡で視程も変わる。ときにはわずか10m先も見えない濃霧になることもあった。
たいした雨じゃなくても、霧の山ではガッツリ濡れるもの。
タイトな箱根の峠も、クロスカブは平然と走る。さしてパワー感のないひょたひょたしたエンジンのくせに、上りだろうが下りだろうが、スピードが出ようが出まいが、いつでもどこでも同じ調子でひょたひょた走り切ってしまう無敵の安定感、ぜんぜんまったくスゴそうに見えないところが、カブ系エンジンの真にスゴいところだ。
濃霧の道は芦ノ湖まで続いた。
バイクも人間も、そこらはあんまり変わらない。日々タカハシが小銭を求めて這いまわるバイクメディア界隈でも、ぜったい逆らっちゃいけないガチでやばいおじさんたちは、たいていいつもニコニコして、スゴみのカケラすら感じさせない。逆にチンケなグラサンなんぞかけてイキがってチャラかしてるのは、たいてい頭カラッポのカス野郎だ。
なかでも緑のグラサンをかけ、ベロベロ舌を出して得意げに写真に写り込んでいるAFOライターとかは信用ならない。そんなヤツの書いた記事を読むと、読んだ人までAFOになるので、見かけたら即ブラウザを閉じよう。
まもなく芦ノ湖、トリップ130.2km地点でフューエルメーターが動き、減3、残3目盛りに。少なくともメーター表示上、ガスは残り半分になった。
三島へ、そして蒲原へ
芦ノ湖名物の幽霊船も霧の中。おどろおどろしい迫力がいや増す。
芦ノ湖でバイクをとめて一息ついた。もう少し正直に言えば小便をした。そこはべつに正直に言わなくていいんだが。
湖面の霧は少しずつ薄れてきているが、あいかわらずきれぎれに雨が降り、空はどんより重たい鉛色と、ほの明るい薄ネズミ色の間をふらふら往き来している。
箱根の東海道の象徴、芦ノ湖畔の杉並木を抜け、三島市へ下る。
箱根から三島へのダウンヒルは、国道1号全線中の白眉ともいえる絶景ロードだ。だがこの空模様では、お世辞にも美しいとはいえなかった。
三島市に入ったところでフューエルメーターは減4、残2に。トリップは143.4km。
国道1号は三島市川原ケ谷の松並木をくぐり、錦田一里塚を過ぎて西へ続く。
国道1号は、沼津バイパスから富士由比バイパスに接続する。夜に向かってさらに雨足が強まるなか、高浜インターを降りて蒲原(かんばら)宿に立ち寄った。薄暮の宿場にじゃばじゃばと音をたてて容赦なく雨が降り注ぎ、シールド越しの視界をにじませる。
宿場の片隅にある歌川広重の『蒲原 夜之雪』の記念碑前にクロスカブを停めたところでフューエルメーターの目盛りが減り、ラストワンになったのに気がついた。
蒲原宿に今も残る商家、佐野屋。贅沢な「塗り家造り」で、当時としては耐火性にすぐれた建築だった。
蒲原宿でトリップは185.5kmに、フューエルメーターは最後の1目盛りになった。
土砂降りの富士由比バイパスを再び西へ。
富士由比バイパスで駿河湾を迂回し、静岡市中心部をめざす。市街にたどり着く頃にはすっかり陽も落ちた。
静岡市街、清水区の宿に飛び込み、雨に濡れた荷を解く。さすがに乱暴すぎて、ほんとうはあんまやりたくなかったし、良い子は真似しないほうがいいんだが、かといって明日になって濡れたカメラが動かなくなっても困るからと、備え付けのへアドライヤーを最強にし、カメラをガンガン乾かすと、ソッコーでベッドにもぐりこんだ。
静岡市内を走る国道1号はいつも渋滞しまくっている。その解消をめざして現在バイパス立体化の工事中。
静岡市清水区に投宿。トリップ203.1km、本日の走行は118.9km、宿のパーキングにバイクを入れると同時にフューエルメーターの最後の1目盛りがピコピコ点滅をはじめた。ガス欠最終警告だ。
【MAP】東海道ガス欠チャレンジ#8 ホンダ クロスカブ110 [日本橋~清水]