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乗るたびにワクワクする
あら、意外にイヤじゃないな。ガッツリ1000km試乗のシメとして、カメラマンを伴ってのツーリングに出かける日の朝、ふとそんなことを思った。基本的に現代のリッタースーパースポーツは、市街地走行や丸一日以上のロングランには適していない、と僕は感じている。YZF-R1Mをそういう用途に使うなら、基本設計を共有するスポーツネイキッドのMT-10SPのほうが、よっぽど快適で楽しいだろう。でもシメのツーリングの前に、すでに500km以上を走っていたにも関わらず、この日の僕は憂鬱ではなかった。それどころか、今日はどんな発見があるだろうという感じで、ワクワクしていた。
そう、R1Mは市街地を走り出した瞬間から、ワクワクできるバイクなのだ。その一番の原因は、やっぱりクロスプレーンクランク。世の中には不等間隔爆発のフィーリングを好まないライダーもいるけれど、僕の場合はダカダカダカッという独特の排気音と、低回転域から感じるリアのトラクションを認識すると、自ずと気分が高揚してしまう。それに加えて車体の動きが軽快なこと、常用域でハンドリングにキレ味を感じることもR1Mの美点で、主戦場となるサーキット以外でも、こういう魅力を感じさせてくれるところには、ヤマハのスポーツバイクに対する基本理念が滲み出ていると思う。
もっとも、R1Mを含めた現代のリッタースーパースポーツにとって、夏場の市街地は相当に厳しい。後方気筒のエキパイが後ろを向くV4エンジン車と比べれば、並列4気筒車はまだマシではあるものの、内股周辺に伝わる熱気はハンパではない。この件が問題になるのは、ゴー&ストップが多くてラジエターに十分な走行風が当たらない、大都市近郊だけかもしれないが、東京郊外在住の僕が現代のリッタースポーツを購入したら、おそらく7月下旬から9月上旬は、稼働率がかなり低くなるだろう。
ロッシやビニャーレスに共感?
メインステージの峠道に向かう途中の高速道路で、なるほどと思ったのは、先代に対して5.3%の空気抵抗特性改善を実現した、フェアリングの効能である。と言っても、先代の整流効果がどのくらいのレベルだったかはうろ覚えなのだが、2020年型で伏せ姿勢を取ると、前方から向かってくる走行風が、フェアリング+スクリーンに沿う形でなだらかに外方向に向かい、後方に向かってスムーズに流れていくのを身体で感じる。中でも頭上と肩上の走行風の流し方は絶妙で、僕は何度も上半身の角度を変えて整流効果を確認してしまった。
ちなみに伏せ姿勢で高速道路走っている最中、僕の気分はYZR-M1を駆ってストレートでフル加速するロッシやビニャーレス、クアルタラロー、モルビデリだった。他のリッタースーパースポーツでそういう気分になれた記憶がないだけに、このイメージは意外だったものの、改めて考えるとR1Mは、現行車で最もMotoGPマシンに近い構成なのだ。もちろん、実際のM1とR1Mに共通部品は1つもないと思うけれど、極限の世界で戦うライダーと、何となくでもイメージが共有できることは、レース好きにとっては大きな美点になるに違いない。
とはいえ、しばらく高速走行を続ける中で、スロットル開度を一定にしての巡航があまり得意ではないこと、ハンドルやステップに常に適度な振動が出ていることに気づいた僕は、クロスプレーンクランクはロングランに向いていないのかもしれない、という気がして来た。その真偽は、同一車両で2種のクランクシャフトを準備して比較しないと何とも言えないのだが、スポーツツアラーのFJR1300の乗り味を考えてみると、オーソドックスなフラットプレーンクランクのほうが、ハイアベレージでの長距離走行は淡々とこなせそうである。
ヤマハならではの特別な武器
今回のツーリングで走った峠道は、我ながらバラエティに富んだ構成で、サーキットのように見通しと路面状況がいい快走路があれば、オフロード車向き?と言いたくなる荒れた路面の舗装林道もあった。そんな状況下で、今さらながらにして感心したのが、クロスプレーンクランクならではの二面性である。R1Mの魅力を語ろうとすると、何だか同じ部品の話題を繰り返すことになってしまうけれど、近年になって超高性能化を突き進んでいるリッタースーパースポーツというジャンルで、ヤマハだけが持っているクロスプレーンクランクという武器は、ライバル勢に対して、大きなアドバンテージになるんじゃないかと僕は思ったのだ。
まずはリッタースーパースポーツの晴れ舞台と言うべき、見通しと路面状況がいい快走路での印象を説明しよう。そういう道路をリッタースーパースポーツで走ったら、楽しいのは当然である。ただし現実的な話をすると、200ps前後を発揮するモンスターマシンの潜在能力を引き出すには、かなりの勇気とスキルが必要で、少なくとも僕の場合は、エンジンの最もオイシイ部分=高回転域を使うには、恐怖心を取り払うために、頭の中のスイッチを強制的にオンにする必要があった。でもR1Mの場合は、ライダーにとってノイズになる慣性トルクがピストンの上下動で適度に相殺され、燃焼トルクが明確に感じられるからか、スイッチを意識しなくても、ごく自然に高回転域が使えるのだ。言ってみればクロスプレーンクランクには、恐怖心を抑制する作用があって、乗れている感覚が味わいやすいのである。
では一方の荒れた路面の舗装林道はどうかと言うと……。現代のリッタースーパースポーツは、高回転&高速域を前提に設計されているので、基本的にそういう場面は苦手である。そしてその苦手を払拭するために、現行BMW S1000RRやスズキGSX-R1000Rは可変バルブタイミング機構を導入した、と僕は思っているのだが(近年になって普及が進んでいる、電子調整&セミアクティブサスにも同様の意図がある)、ここまでに何度か述べて来たように、R1Mはクロスプレーンクランクのおかげで、素のままでも低回転&低速域が楽しいのだ。例えば2速がベストのコーナーを、あえて3速や4速で走ってみたくなるくらいに。
ちなみに、エンジンの爆発タイミングが不等間隔だからだろうか、アプリリアRSV4とドゥカティ・パニガーレV4にも、ちょっとクロスプレーンクランクを思わせる感触はあるのだが、この2台は高回転域を維持して走るほうが圧倒的に楽しいので、R1Mのように、高めのギア+低回転域を積極的に使おうとは思わなかった。
予想以上に少なかった心身の疲労
朝5時に自宅を出発して、ひと通りの撮影が終わったのは午後3時。そこからの復路には、有料+高速道路を使ってイッキに帰宅、峠道を70kmほど走ってから高速道路、という2つの選択肢があって、僕は迷わず後者を選んだ。その理由は心身の疲労が予想以上に少なかったから。だがしかし、午後7時過ぎに帰宅した僕の心身は、結構元気だった。もっとも、復路では初期の利きが穏やかなフロントブレーキへの違和感が高まって来たし(急減速時にヒヤッとすることがあった)、通勤時間帯の市街地を走っている最中は、手首と首の後ろにそれなりの痛みを感じたのだが、だからと言って、走るのがツラい、もう乗りたくない、などと感じることはなかった。
そんなわけで、R1Mにかなりの好感を持った僕ではあるけれど、スーパーバイクのホモロゲモデルとして開発されたこの車両を、サーキットを走らないライダー、走るとしても年に数回のライダーに、オススメするつもりはない。今回の試乗のような使い方をするなら、冒頭で述べたように、基本設計を共有するMT-10SPを選んだほうがいいだろう。何と言ってもMT10SPは、R1Mに通じるフィーリングが味わえる一方で、R1Mよりあらゆる面で快適なのだから。とはいえ、高速道路で認識し、その後も何度か味わったMotoGPレーサー気分を考えると、快適性や利便性の悪さを承知でR1Mを選ぶ人がいても、不思議ではない……ような気がする。