トライデント660新車試乗記|660ccで税込み100万円未満、しかも憧れの輸入車。伝統と革新の架け橋トライアンフワールドへようこそ。

トライアンフはmoto2マシンにエンジンを提供するなどハイパフォーマンスな3気筒を展開するにもかかわらず、少なくとも日本市場ではバーチカルツインのクラシカルシリーズが人気だとか。しかし3気筒シリーズもハイパフォーマンスなだけではなくトライアンフらしい魅力あふれるもの。このトライデントはどこかクラシカルなスタイリングを持たせることで、この二つの世界の架け橋になっていると感じる。

トライアンフ・トライデント660……995,000円(消費税込み)

スタンダードモデルの重要性

プレミアムなバイクを多く手掛けるブランドだと、エントリーユーザー向けの商品をどうするかというのは難しいテーマだろう。トライアンフも長いこと250ccクラスが出るのではないかなどと噂されてきたが、この660ccのトライデントこそ、素晴らしいトライアンフワールドへの入り口かつ案内役に思える。
なんといっても価格が100万円を切っているのだ。これならばエントリーユーザーとしても手が出しやすいし、他ブランドに乗っていながら「ちょっとトライアンフも試してみたいな」という人からしても気軽さがあるだろう。そしてこれほど抑えた価格設定としながらも妥協なくトライアンフらしさが詰まっているのが素晴らしいのだ。
事実多くの新規トライアンフユーザーがこのトライデントからトライアンフライフをスタートさせているそう。トライアンフの3気筒のフィーリングを存分に味わえ、かつ毎日でも付き合えるような優しさがあり、加えて伝統を感じさせてくれるスタイリングもしているのだ。これは素晴らしい、意義ある商品に思える。

二つの世界の架け橋

日本におけるトライアンフの人気商品は、バーチカルツインエンジンを搭載するクラシカルなシリーズだという。トライアンフに限らず、ヘリテイジを感じさせるような商品がトレンドということもあるだろうが、それだけではなくそういったクラシカルな構成をした乗り物は気軽に乗れる設定だったり、シート高が低かったり、タンデムや荷物の積載性がよかったりといった実用的な魅力にあふれ、日々付き合いやすいということもあるだろう。
トライデントは3気筒エンジンを搭載しスポーティな面も持ちながら、こうったクラシカルシリーズがもつ実務的付き合いやすさを兼ね備えているのも魅力に思う。もちろん、ルックスにクラシカルさを入れ込んでいるのも魅力の一部だが、スポーティ「過ぎない」こと、ハイパフォーマンス「過ぎない」ことがトライデントの大きなアピールだ。らくちんなポジションや高荷重設定ではないしなやかな車体やサスペンション設定もこの一環だ。
世の中のライダーはストリートトリプルやスピードトリプルの超絶パフォーマンスを積極的に楽しめる人ばかりではなく、むしろそういったライダーは少数派だ。トライデントはこうしたデイリーユースやエントリーニーズと、その先に醸成されていくであろう趣味ユース、プレミアムニーズへの架け橋として重要な役割を担っていると感じる。

公道で活きるしなやかさ

実はこのトライデントに初めて乗ったのは、丸一日スピードトリプルをサーキットで走らせた直後だった。その時はトライデントのパワーの少なさ、フレームの頼りなさなどから、あくまでエントリーモデルであり、いくらか廉価な感じも伝わってきてしまうかな……?と、マイナスな印象も多少なりあった。パワーも価格もスピードトリプルの半分以下なのだからある意味当たり前だろう。
ところが様々な公道環境での試乗となった今回はその印象が180°変わったのだから面白い。路面の変化や渋滞路、信号のストップ&ゴーなどが複雑に絡み合う一般道で走らせると、逆にスピードトリプルよりもよっぽど付き合いやすく、パワーが足りないだとかフレームが頼りないなどとは微塵も思わなかった。むしろ多くの人が言ってきた「ホンダの名車CB400SFの600版があればいいのに」の答えがこのトライデントに感じるほど、素晴らしい乗り味だったのだ。軽量で扱いやすく、シートが低くて足つきもイイ。姿勢に無理がなく先の交通事情を把握しやすく、またエンジンも車体も遊びがあるレスポンスや作動感だからこそ、ライダー側のスポーツマインドが特別高まっていない時でも無理なくシンクロしやすい。それでいて日常領域からトライアンフの3気筒らしいフィーリング豊かなトルクが味わえるという、等身大の、本当に素晴らしいパッケージなのだ。

A2ライセンス

ヨーロッパでは排気量ではなくパワーで免許制度が区切られている国が多いようで、ビギナーはいわゆるA2ライセンスなるものからスタートしなければならず、このA2ライセンスに対応したバイクのニーズが大きいという背景がある。そんな都合からストリートトリプルの675エンジンではなくこの660エンジンが生まれたわけで、81PSという馬力設定も同様の理由からだ。大排気量でハイパフォーマンスなバイクが増えた今、81PSは大きな数字ではないのだが、しかし低回転域≒常用域のトルクはとても太く、トライデントはシフトダウンせずともアクセルひとひねりで俊敏な追い抜きも実現する。
トルクピークは6250rpmで迎えるのだが、より大排気量モデルに比べてこの6250rpm付近の回転域にアクセスする機会が多い660では本当に気持ちの良い加速を楽しめる。普段使うのは3000~7000rpmの間の回転数と言えるだろう、この領域ではトルクに乗せて軽量な車体が本当に意のままに操れて、3気筒の官能的なサウンドと共に「3気筒のトライア
ンフ感」を満喫しやすい。このオイシイゾーンをより気軽に楽しめるという意味でもこの660ユニットは本当に優秀である。
なお排気量/パワーが少ないおかげもあるかもしれないが、ミッションは大排気量の兄弟たちよりも格段にスムーズにチェンジできるし、軽いクラッチを操作しニュートラルをストレスなくスコッと出すことができたのは嬉しい。あらゆる回転域で振動も少なく、のんびり走るのも遠慮なくブン回すのも自由自在だった。

もしかしたら日本仕様かも

車体は鉄フレームに前後ショーワのサスペンション、調整機能はリアサスのプリロード調整だけというシンプルなもの。エンスージアストにとっては物足りない設定かもしれないが、エントリーユーザーや非マニアにとってはむしろ調整機構など持たず、出荷時の時点で懐深い設定となっている方がありがたいことを考えるとこれは適正だろう。事実ストリートやワインディングを走る上で、サスの作動性やブレーキ能力に不満はなく、しなやかなフレームと合わせて難しいことを考えずに純粋に楽しめた。
サスの設定を見ると、フロントフォークはトップブリッヂ上に突き出しており、そしてリアサスは7段階のプリロード設定の最弱となっていた。トライアンフジャパンでは「日本専用にサス設定を変えているとは聞いていませんが……」とコメントしてくれたが、もしかするとこれは日本やアジアに向けたセットアップなのかもしれない。フォークの突き出しを戻し、リアサスにプリロードをかけていったら、もしかしたら別のスポーツ性も見せてくれるかもしれないと思うと、ちょっと盛り上がるではないか。

ストリートに溶け込む

丸っこいタンク形状や丸ライト&丸メーター、水平基調のタンク下部など柔らかいラインがクラシカルな雰囲気も醸し出し、日常生活やストリートに溶け込みやすいスタイリングをしていると感じるトライデント。コンパクトでスリムであることも他の交通と共存してスイスイ走るのに向いている。加えて腹下マフラーは横に張り出さないため駐車場に入れる時も簡単だし、街に停めておいても誰かが触ってしまって火傷をするといったリスクも少ない。スマートキーではなく昔ながらのメカニカルキーというのも、むしろシンプルでわかりやすい構成に思え、全ての要素について「身構える」ということを要求されない。ゆえに通勤など毎日でも使いたいと思えるだろうし、ストリートに、そして日常生活に溶け込んでくれそうな優しさがあった。

誰にでも薦めたい良心的な一台

バイク好きからすると、今やハイパワーで高級志向、価格も200万円を超えるのが当たり前、のバイクの世界を知っているため、それが普通になっているかもしれない。しかしバイク趣味が最優先ではないユーザーからすると、そこまでコストはかけたくないし、そこまでプレミアムなものを求めているわけでもなく、気構えずにつきあえて、かつテイスティなモデルを求める人も多いだろう。またエントリーユーザーからすると腫れ物に触るようなハイパワーモデルよりも、教習車に近いような優しいバイクを求める人も多いはずだ。
そんなユーザーが求めるであろう600~750ccクラスのモデルは各社から出ているが、そんな中でこのトライデントはなかなか魅力的な選択肢に思える。独自性のある3気筒エンジン、シンプルでコンパクトで足つきが良くて。それでいてスタイリングやカラーリング含めて「外車らしさ」があって一定の「他とは違うんですヨ!」感を楽しめる。それなのに100万円以内で買えてしまう。
これはなかなか魅力的な商品。エントリーユーザーも、「何か楽しそうなもの、ないかな?」と思っているベテランも、是非とも乗っていただきたいモデルである。

足つき性チェック(185cm/体重72kg)

とても親しみやすいライディングポジションを持つトライデント。スピードトリプル系のように、バーハンドルだけれど実は前傾強め、というわけではなく、国産ネイキッドのような楽ちんポジションで上体はかなり起きている。このおかげで先の交通状況も良く見渡せストレスフリーのストリートライドを実現する。シートも低く足着きは良好。ステップとチェンジ/ブレーキペダルの間に足を降ろせ、しっかりと路面を踏ん張れた。ライダー身長185cm体重72kg

フロント・リヤ/足周り

ホイールやタイヤのサイズは最もポピュラーなフロント120、リア180の17インチ。タイヤはオールラウンドなツーリングタイヤのミシュラン・ロード5だ。前後サスはショーワ製で、リアにプリロード調整を持つだけのシンプルな設定ながら良くバランスされており不満は皆無。フロントブレーキもピンスライド式としながらも必要十分の制動力を見せてくれた。

エンジン

ユーロ5対応かつ欧州A2ライセンス対応の660ccエンジンは高回転域のパワーよりも常用域のトルクが魅力的な設定でストリートからツーリングユースまで幅広く楽しめる。ライディングモードはロードとレインと2種類にシンプル化。しかし素性の良いこのエンジンは常にロードモードでも十分扱いやすい。腹下マフラーはマスの集中など機能的な利点もあるが、ストリートユースを考えると渋滞路での小回りや駐車のしやすさなどの恩恵も多い。なお左右のペダルはアルミではなく鉄製だが、これはコストというよりも立ちゴケなどの初心者に多い軽微な転倒の際に、折れずに曲がるだけで簡単に曲げ戻せるといった実用性を考えた部分も大きいだろう。

シート/テール周り

ライダー側はとても快適なシート。ただテールカウルが無いためタンデムライダーは後ろに滑り落ちないように気を付けたいところ。シート下にほとんどスペースはなくバッテリーの後ろにETCユニットを滑り込ませるのがやっと。なおナンバーやウインカーはスイングアームについているため、シートの裏側はツルッとスマート。逆に荷物の固定には苦労しそうだ。

ハンドル周り

ナチュラルなポジションを生んでいるハンドルは日常的に付き合いやすくしてくれている。アクセサリー設定のバーエンドミラーは丸くてメーターやライトと共通したイメージになってカッコ良いが、街中ではやはり少し飛び出して気を遣うこともあった。左右のスイッチボックスは大排気量シリーズのようなジョイスティックはなく、シンプルな十字キーを備える。車体本体には特別複雑な設定はなくこの十字キーを使うこともあまりなかった。

メーター

シンプルな丸型メーターは表示する項目も少ないがゆえ必要な情報だけがスムーズに読み取れた。オプションのコネクティビティシステムを装着するとナビやゴープロカメラ、電話や音楽をスイッチボックスから操作可能になるという。

主要諸元

●エンジン、トランスミッション
タイプ:水冷並列3気筒DOHC12バルブ
排気量:660 cc
ボア:74.0 mm
ストローク:51.1 mm
圧縮比:11.95:1
最高出力:81PS (60 kW) @ 10,250rpm
最大トルク:64Nm @ 6,250rpm
システム:マルチポイントシーケンシャル電子燃料噴射、電子制御スロットル
エグゾーストシステム:ステンレス製3 into 1ヘッダーシステム、ステンレス製ロータイプシングルサイドサイレンサー
駆動方式:Xリングチェーン
クラッチ:湿式多板、スリップアシストクラッチ
トランスミッション:6速

●シャシー
フレーム:チューブラースチール ペリメーターフレーム
スイングアーム:両持ち式、スチール製
フロントホイール:鋳造アルミニウム、17 x 3.5インチ
リアホイール:鋳造アルミニウム、17 x 5.5インチ
フロントタイヤ:120/70R17
リアタイヤ:180/55R17
フロントサスペンション:Showa製41mm径倒立式セパレートファンクションフォーク(SFF)
リアサスペンション:Showa製プリロード調整機能付きモノショックリアサスペンション
フロントブレーキ:Nissin製2ピストンスライディングキャリパー、310mm径ダブルディスク、ABS
リアブレーキ:Nissin製シングルピストンスライディングキャリパー、255mm径シングルディスク
インストルメントディスプレイとファンクション:マルチファンクションメーター、TFTカラーディスプレイ

●寸法、重量
ハンドルを含む横幅:795 mm
全高(ミラーを含まない):1089 mm
シート高:805 mm
ホイールベース:1400 mm
キャスターアングル:24.6 º
トレール:107.3 mm
車体重量:190 kg
燃料タンク容量:14 L

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著者プロフィール

ノア セレン 近影

ノア セレン

実家のある北関東にUターンしたにもかかわらず、身軽に常磐道を行き来するバイクジャーナリスト。バイクな…