イタルデザインの新デザイン部長 ホアキン・ガルシア氏に聞く [前編:イタリア流ピックアップトラックに挑む] Lorenzo’s perspective Vol.4

イタリア・シエナ在住の大矢アキオ・ロレンツォさんのコラムVol.4.
今春新たにイタルデザイン社のデザイン部門の責任者に就いたホアキン・ガルシア氏へのインタビュー。大矢さんが鋭く切り込みます。前編・後編の2部構成でお伝えします。

TEXT & PHOTOS : 大矢アキオ・ロレンツォ 画像提供:イタルデザイン ジュジャーロ
ホアキン・ガルシア氏。2024年7月、イタルデザイン本社で筆者撮影。 photo : Akio Lorenzo OYA

ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。

今回から2回にわたりイタリアを代表するデザイン研究開発企業のひとつ、イタルデザイン社のデザイン部長 ホアキン・ガルシア氏のインタビューをお届けします。前編(Vol.4)は、2024年4月に発表したコンセプトカー「クインテッセンツァ by イタルデザイン」について聞きます。加えて、自動運転と電動化が踊り場状態にある今、デザイナーはどう振る舞えば良いのかについてヒントを求めました。

ホアキン・ガルシアJoaquin Garcia 
カルデナル・エレーラ大学(バレンシア)で工業デザインを学んだ後、1998年にロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでヴィークル・デザインの修士号を取得。ルノー、フォード、シュコダで勤務ののち、2015年からセアト/クプラでエクステリア・デザイン責任者を務める、その後、中国NIO欧州デザインセンターの代表を経て、2023年3月イタルデザイン社でカーデザインとプロダクトデザイン双方を統括するヘッド・オブ・デザインに就任。

「第五元素」に込められたもの

Q. 2024年4月の北京「オートチャイナ」で公開した「クインテッセンツァ by イタルデザイン」は、「さまざまな形で人間と自然の関係を具体化する」EVコンセプトを標榜しています。かつてイタルデザイン社は、GTとSUVの融合をきわめて早く試みた企業でした。対して今回は、GTとピックアップ・トラックの結合を試みています。

ホアキン・ガルシア(以下JG) : まずビジネス的観点から説明しましょう。世界の市場やビジネス領域を考慮した場合、具体的にいえば欧州、中国を含むアジア、そして北米を考えたとき、我々は即座にピックアップをつくるという結論に達しました。皆さんもご存知のように、今日ではピックアップがステイタス・シンボルとなっています。経済的地位だけではなく、自分自身の反映としての機能を果たしているのです。運転している人はスポーツを嗜み、自然を愛する完璧な人生を送っています。オフィスワークだけでなく、自由な時間も存分に楽しんでいるのです。

デザイン的観点からすると、我々は“イタリアのピックアップ”をつくりたかった。イタリアの自動車とは何か? スポーツカー、GT、素晴らしいパフォーマンスカーです。そこにピックアップの本質である実用性・機能性を融合したのです。

フロント部分を見たときは、きわめて鋭くスポーティーです。シャークノーズは空気を切り裂くように、きわめてパフォーマンス志向です。ヘッドライトは路面を睨むような印象を見る人に与えます。ウィング状のフェンダーカバーは大径ホイールを包括しています。
いっぽうで後部のスクエアな塊感は、積載部が重要なピックアップにとって、より機能性に貢献します。ドアの幅は広いですが、シザーズドアを採用しているので、開閉にスペースを要しません。そしてサーフェスを洗練させることで非常にイタリア風に仕上げています。これらによって、より広いオーディエンスに訴求することを目指しました。

この写真以下は「クインテッセンツァbyイタルデザイン」の開発過程を、イタルデザインの提供資料で紹介する。エクステリアを主導したサムエレ・エッリーコ・ピッカリーニ氏によるイメージスケッチ。提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q. ただし、メルセデス・ベンツXクラスを参照すればわかるように、プレミアムピックアップの市場開拓は、容易ではないようです。

JG: 私たちが北京モーターショーで公開したのは、ピックアップが中国で大きな成長を遂げると強く信じているからです。

欧州ブランドの既存ピックアップは、より実用的です。米国製のピックアップは、よりトラック志向です。自信をもって言えますが、私たちは新しいセグメントを発明したのです。今まで存在しなかったハイパーピックアップです。

クーペとピックアップを融合する試みは先例がありました。2023年「アウディ・アクティヴスフィア・コンセプト」です。とても軽快な車である点は近似しているように見えますが、私たちはそれをさらに押し進めました。クインテッセンツァはピックアップに変貌する車ではなく、ピックアップそのものなのです。

同じくピッカリーニ氏による。リアエンドの形状が模索されている。提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q. ボディタイプの嗜好は、時代によって変化してゆきます。

JG: そのとおりですね。私の故郷であるスペインや、そして東欧でも、長年セダン至上で、たとえステーションワゴンに乗っていても、商用車と見られてしまうことがありました。

前部は空力・機能美・未来感、後部はグランピングの概念・心地よさ&暖かさ、そしてモデュラーという対比。
提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q.クインテッセンツァ byイタルデザインを、GTとピックアップ双方に見せるために施した工夫とは?

JG:今回は、巨大なラゲッジスペースを確保しなければなりませんでした。フロントでそれを補うのはもちろん間違いなので、いくつかの工夫をしました。 ブレインストーミングの段階では、ラゲッジスペース部分が伸長するという案さえ浮上しましたが、最終的には全長を固定しました。人類は複雑なことは避けるべきです。

Q. 自然との交わりを模索するというコンセプトからしても、複雑さを避けるのが正解ですね。

JG: サイドビューに関していえば、後フェンダーは視線の流れを途中で止める効果があり、そこから40cmのトランクが続くにもかかわらず、見る者に後部の長さを感じさせません。

アイディアスケッチ  提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q. Cピラーも非常に特徴的な形状です。

JG 構造的かつ建築的で、一見バットモビルのようなその目的は、第一にピックアップとしてのシルエットを定義することです。第二に空気の流れを積層させ、車体に密着させることができます。
加えていえば、これはショーカーです。ファッション・ショーに例えるなら、ランウェイをキャットウォークするファッションモデルです。量産車とは異なることを試みて、この好機を楽しもう、という思いがありました。

アイディアスケッチ   提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q. インテリアでは、ミニマリズムを標榜しています。

JG: 理由の第一は「ヒューマナイズド・テクノロジー」です。この車両の全体コンセプト、特にインテリアは、技術を人間らしくすることです。技術は他人を圧倒するためのものではないのです。もし本当に人間中心主義で、ユーザー中心主義を目指すなら、各自は互いに大きく異なることを意識すべきです。そのためには、あらゆる複雑さを避けてシンプルにするのが最大の解決策です。

第二に、あなたは自然の中を運転しているとき、外界を楽しもうとしているはずです。そうしたとき、車室内が主役であってはなりません。そのためにインテリアデザインはクリーンであるべきなのです。しかし、クリーンであったりミニマリスティックであることは、感情や刺激を失うという意味ではありません。そこにある形状と色は、アドレナリンや楽観、前向きなエネルギーを誘発しないといけないのです。乗る人が幸福で満たされ、活力を感じる空間でなければなりません。

「クインテッセンツァbyイタルデザイン」のインテリアを主導したアレッサンドロ・ロータ氏によるスケッチ
提供:イタルデザイン ジュジャーロ
同じくロータ氏による、デッキの多用途性を説くユーモラスなイラストレーション。メインコンセプトのひとつである
提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q. 自動運転の時代も、それは同じでしょうか?

JG: 私たちの分析によれば、車載機能の数の増加カーブと比較すると、実はディスプレイの数は伸びていません。なぜならボイスコントロールやジェスチャー・コントロール、アイトラッキングで操作できる機能が増えているからです。将来もディスプレイの数は減少してゆくでしょう。

Q. ただし現状では、販売サイドから、より豊富で、より複雑な装備が求められるのも事実です。

JG:  たしかにOEMの仕事をしていると、「もっとクロームを」「もっと大きなスクリーンを」といった要望が山のように寄せられます。そうしたなか、テスラ・モデル3の(シンプルな)インテリアを見ると、彼らのチームが非常に難しい仕事をやってのけたことがわかります。いかに“クリーン”な状態にするかに挑戦したことは称賛に値します。実に興味深いことであり、業界全体にインスピレーションを与えました。

Q. かつて自動運転は、大きな話題となりました。デザイナーたちは、それらが実現すれば、自動車デザインは、自由度が拡大すると信じていました。そうした進歩がさまざまな理由で足踏み状態にあります。デザインとの関連は?

JG:  私の娘は今11歳です。5年前に同じ質問をされたなら、「(自動運転の普及によって)娘の時代は、彼女みずから運転することはないだろう」と答えていたでしょう。いっぽう現状での答えは、まったく逆です。4〜6年後、そして彼女が免許を取得する頃にも、自動車はまだステアリングホイールを備えている、と確信しているからです。事実、今私たちが開発を進行中のクルマにも、ちゃんとステアリングが付いています。

自動運転の実現には、政治、保安基準など、自動車本体を超えたハードルが存在します。こうした議論は、デザインによって決まるものでも、OEMが主導するものでもありません。自動運転のレベルは進化し、高速道路で眠ることまではできなくてもハンズオフでリラックスできるようになるでしょう。しかし、レベル4まで自動車のアーキテクチャーに変更はありません。レベル5になった段階で変わる可能がありますが、これはまだ先の話です。

デジタル・レンダリング。GTのダイナミックさと、ピックアップ・トラックの多用途性を併存する2+2のEVを模索した。ボディは軽量アルミニウム
提供:イタルデザイン ジュジャーロ
全長✕全幅✕全高は5561✕1580✕2200mm。ホイールベースは3240mm。大らかな車両寸法を活用し、前方・後方でバランスをとりながら、概念的な分離を試みている。オーバーハングは前が1003mm、後が1318mmである
提供:イタルデザイン ジュジャーロ
Cピラーのフィンは、車体側面を流れる空気を整流する。想定するパワートレインは、800V 150kWhのバッテリー+最大出力580kWモーターによるAWD。前輪はエレクトリック・ドライブユニット1基で、後輪はインホイールモーターで駆動する。0-100km/hは3秒以下、航続距離は750km
提供:イタルデザイン ジュジャーロ

Q.電動化も同様に踊り場状態にあります。デザイナーとしての見地は?

JG: 電動化の長所はフロアトンネルが消えることで最前列にオープンスペースができ、運転席とセンターコンソールをダッシュボードに接続する必要もありません。後席にもトンネルがありません。柔軟性に富み、人間的でもあります。

いっぽう短所もあります。スケートボードのような構造ではフロアが高いため、座面に影響を及ぼし、ふくらはぎがシートに接触しません。長距離ドライブ時の姿勢としては最善といえません。

もし、デザイナーとしての私に質問されたのなら、私は動力源を気にしていません。デザインにとって重要なことではないからです。
多くのメーカーやOEM企業は、電動化の計画と、純粋な内燃機関(ICE)の廃止計画を見直しています。ICEやハイブリッドは引き続き重要な存在であり続けるでしょう。動力源の選択は、地球にとって最善のものにすべきです。市場の状況も注視すべきですし、車両価格や所有コストなどユーザーの生活にも関わってきます。そうした過程で、デザインが占める部分はわずかなのです。

近年、ステランティスやBMWの新型車にみられるように、エクステリア・デザインはほぼ同じでありながら、動力源を選べるモデルが登場しています。当然ICE仕様とEV仕様で異なる仕様にすべき部分はありますが、基本的なデザインを違える必要はありません。デザイナーは、ブランド価値とアイデンティティの確立に注力するのが仕事です。

大矢さんから
次回の後編では、デザイン部門トップに就任したガルシア氏が、イタリアを代表するデザイン開発企業をどのように守り、どのように変えてゆきたいかを聞きます。それでは皆さん、アリヴェデルチ(ごきげんよう)!

デジタルサイドミラーのカメラ      提供:イタルデザイン ジュジャーロ
電動式テールゲードを開放したところ。最低地上高は200〜280mmの間で調節可能     
提供:イタルデザイン ジュジャーロ
天体観測をはじめ、自然界との結びつき体験を実現する       提供:イタルデザイン ジュジャーロ
イタルデザインの「コンセプト・ラブ」で。インテリア・デザインにあたっては、VRツールを駆使し、インテリアのレイアウトを人間工学的に検証する装置も活用された       提供:イタルデザイン ジュジャーロ

編集部:注
イタルデザイン ジュジャーロ社( Italdesign Giugiaro S.p.A ):1968年にデザイナーのジョルジョット・ジュジャーロ氏と設計者のアルド・マントバーニ氏が設立し、世界中の多くのメーカーのデザインを手がけた。2010年にVWグループが90.1%の株を取得。ブランド名と特許権利を取得。2015年にVWピエヒ会長辞任にあわせてジュジャーロ氏は全株をVWに売却しイタルデザインとの関係が無くなっている。現在はAUDI社の管理下にあり社名をイタルデザイン ジュジャーロ社としているがジュジャーロ氏は無関係である。

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著者プロフィール

大矢アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo OYA) 近影

大矢アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo OYA)

在イタリア・ジャーナリスト。国立音大ヴァイオリン専攻卒業。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)大学院 …