NewDealDesignのYoshi Hoshino氏に聞く/デザインとテクノロジーが交わる真のイノベーションとは [アメリカ・シリコンバレーからVol.4]

これまでの連載でも述べたように、アメリカ、特にシリコンバレーはイノベーションやスタートアップの中心地であり、新しい技術やビジネスモデルが急速に生まれる場所です。このユニークな環境で重要な役割を果たしているのが現地のデザインスタジオです。
この度、サンフランシスコを拠点に、イノベーティブなデザインを長年生み出し続けている代表的なデザインスタジオ「NewDealDesign(ニューディールデザイン)」を訪問し、同社のMaster DesignerであるYoshikazu (Yoshi) Hoshino氏をインタビューする機会をいただきました。

シリコンバレーのような独特な地域で、デザインスタジオはどのような役割を求められているのでしょうか?そして、これからのイノベーションにおいて、デザイナーにはどんなミッションが求められるのでしょうか? 大手企業からスタートアップまで、幅広いプロジェクトから培われたNewDealDesignならではの独自視点も交えながら、これらの問いを探ってみました。

Text : 横井康秀_Yasuhide “Yasu” Yokoi Photo : 横井康秀_Yasuhide “Yasu” Yokoi, NewDealDesign

Yoshikazu Hoshino

Yoshikazu (Yoshi) Hoshino氏は、Master DesignerとしてNewDealDesignに22年以上在籍。

ウェアラブルデバイスからスマートハウスまで、またスタートアップから大手企業まで幅広くデザインを手掛けている。最終製品として市販されたデザインは30点以上にわたり、NewDealDesignのクリエイティブチームの一員として、National Design AwardやIDEA Gold/Silver/Bronzeを含む業界最高峰のデザインアワードを20件以上受賞している。

Yoshiは、攻めと守りの最適なバランスを実現するディテールや、ユーザーに訴える最高な物語を演出するデザインにこだわり続け、また常に接続されているような現代社会で見られる、非常に複雑な課題に取り組むデザインを重視している。

日本で生まれ育ち、California College of the Artsの入学とともにサンフランシスコに移住、テクノロジーとデザイン文化の進化に深い造詣を持つ。

NewDealDesignのHP: https://www.newdealdesign.com/

デザインとテクノロジーを融合させるNewDealDesignのアプローチ

横井(筆者):貴重なインタビューの機会をいただきありがとうございます。まずはNewDealDesignの成り立ちや特徴について教えてもらえますか?

Yoshikazu Hoshino(以下Yoshi):NewDealDesignは、創設者であるGadi Amit氏が率いる、サンフランシスコに拠点を置くデザインスタジオです。2000年に設立され、私は2001年に参画しました。インダストリアルデザイナー、エクスペリエンスデザイナー、デザインストラテジスト、メカニカルエンジニアなどが在籍しています。

NewDealDesign(以下NDD)では自らを「テクノロジーデザインエージェンシー」と謳っています。それは、インダストリアルデザイン(ID)のみならず、ストラテジーデザイン( SD)、エクスペリエンスデザイン(XD)、プロダクトディベロップメント(PD)といった複数の専門分野を統合したチームを組み、ハードウェアデザインだけではなくデジタルインタラクションやサービスモデル、ブランドアイデンティティの構築といった領域もデザイン業務の対象にしているからです。

NDDのコンパクトかつ小回りのきく複合チームが、クライアントの製品開発プロセスのごく初期段階から参加することで、よりイノベーティブなデザインを打ち出すことが可能になるのです。例えば、デザインプロセスの初期段階からストラテジストやエンジニアも参加することで、ミッションへの理解度や、ターゲットユーザーのインサイト、最新テクノロジーの理解度、製品化への実現性などが格段に上がります。故に見た目の美しさだけで、実現性や実用性に難があるデザインが出来上がってしまうことも防ぐことができます。

横井:デザインエージェンシーやデザインスタジオのなかでは珍しい、独自のチーム編成かと思います。

Yoshi:はい、中規模のデザインスタジオで4つの専門分野のスペシャリストを揃えている会社は世界的に見ても非常に珍しいと思います。このようなNewDealDesignのユニークな構成は、世の中の変化に絶え間なく対応し続けた結果です。真に実現可能なソリューションを導き出すには、このチーム編成が非常に効果的だと考えています。
例えば自律型ロボットのような複雑かつ専門知識の必要なプロジェクトで、前例のない先進的なアイディアの実現化の判断をデザイナーだけで行うのは非常に困難です。これは例えデザイナーに20年の経験があっても同じです。

しかし同じチーム内にエンジニアを配置するだけでこれらの懸念を取り払うことが可能となるだけでなく、技術面でより深い知識を初期段階から得られることとなり、デザイナーは更にイマジネーションを広げる事が可能になります。また、デザインチームにストラテジストやエクスペリエンスデザイナーが参加することにより物理的な製品だけでなく、それに付随する新たなユーザーエクスペリエンスやサービスモデルを提案をすることも可能となります。

創立当時の20年前と違い、現在のデザインプロセスは非常に複雑になっています。私自身も、インダストリアルデザイン業務を行うだけでなく、他のデザイン分野の理解度を上げることを常に要求されていいます。

オフィスエントランスには20年以上の歴代のデザインが紹介されている。

Fitbitとのプロジェクトがもたらしたイノベーションを起こすためのデザイン

横井:このような独自アプローチに辿り着くまでには、なにかきっかけとなるプロジェクトがあったのでしょうか?

Yoshi大きなターニングポイントとなったプロジェクトの一つは、健康管理ウェアラブルデバイスの代表的なスタートアップ「Fitbit」でしょう。このプロジェクトは純粋なインダストリアルデザインプロジェクトとして受注したのですが、このプロジェクト後にストラテジーデザインとエクスペリエンスデザインをNDDの正式な業務内容に取り入れるきっかけになりました。

Fitbit Ultra

Yoshi2007年、Fitbitの創業者の二人がNDDを訪れたときを今でも鮮明に覚えています。当時、スマートフォンと連動するウェアラブルトラッカーやスマートウォッチなどというプロダクトカテゴリーはまだ存在していませんでした。彼らのビジョンを聞き、とてもイノベーティブなアイデアだなと驚きました。

もともと、Fitbitは肥満などの健康問題を解消するためのプロダクトとして想定されていました。しかし、Fitbitについて理解を深めていくにつれ、これはすごいポテンシャルのあるアイデアなのでもっと違うアプローチがあるのでは、という疑問がNDDチーム内に生まれました。NDD創立者のGadiはクライアントのビジョンのさらに一歩先を見通す能力に非常に長けています。例え健康状態に問題がなくても、みな誰もが健康的に過ごしたいと思いますよね。ですので、健康面のマイナスを解決するためのみのプロダクトではなく、「全ての人々がより健康的な日常生活を送るためのプロダクト」とミッションを位置づけた方が、より多くのビジネスチャンスがあると考えたのです。請け負った業務はインダストリアルデザインでしたが、このようなビジネスストラテジーとブランドメッセージをFitbitに提言し受け入れてもらうことができました。この後市場に似たような製品が溢れることとなり、ウェアラブルトラッカーの歴史の始まりとなりました。

全く新しい市場を切り拓いたFitbitのデザイン
誰もが健康的な日常生活を送るためのプロダクトというミッションをデザインで体現

Yoshiインタフェースデザインにも、NewDealDesignからの提案を多く盛り込みました。先進的なセンサーテクノロジーによって収集したデータをただ数字のみで表示するのは無機質すぎます。

データをもっと直感的に表示し、日常生活においてFitbitを通した体験健康管理そのものが楽しくなるようなインタフェース表現があるのではと思い、花のグラフィックがユーザーの設定した目標の達成率に応じてどんどん成長していくというUI表現を提案しました。現在の目標達成率が一目で把握しやすくなり、100%に到達し花が満開になった瞬間は達成感が得られます。このようなユーザーの心に響くエモーショナルな部分も、NewDealDesignは大切にしています。

当時はグラフィックデザイナーがインダストリアルデザイン業務の一部としてUIデザインを担当していたのですが、このプロジェクト後、ストラテジーデザイン(SD)とエクスペリエンスデザイン(XD)をNDDの正式なデザイン業務として加えるきっかけとなりました。

花が目標達成に応じてどんどん成長していくUIデザインもNewDealDesignからの提案だった

Intelとのプロジェクトから生まれた革新的なデザインと新たな使用体験

横井:Fitbitはウェアラブルデバイスの先駆けとして、出始めた頃の記憶は私も覚えています。まだ、コンセプトすらも世の中に似たような製品がないなか、日常生活での利用をしっかり想起させるデザインにまで昇華されていてワクワクしました。Fitbit側が当初予想していなかったNewDealDesignからの新規提案が、たくさん盛り込まれていたんですね。
冒頭仰っていた、ストラテジーやエクスペリエンスデザインが初期から入ることで、製品ユーザビリティやサービス体験が全く新しくデザインされるという思想が、ここから生まれていったんですね。

Yoshi もう1つ、ターニングポイントとなったプロジェクトに「Intel」とのデザインがあります。ノートパソコンとタブレットの二通りの使い方ができる、いわゆる2in1ポータブルデバイスをデザインしました。

全く新しい構造の脱着可能なヒンジを提案したIntelとのプロジェクト

Yoshi 当時、Intelはスマートデバイス用プロセッサー市場への参入のため、イノベーティブかつフラッグシップになるようなプロダクトを求めていました。故にメールやドキュメント作成の際は機械式のキーボードを備えたフルスペックのノートパソコン、ウェブブラウズやストリーミングコンテンツを楽しむときは薄型軽量タブレットという相反する2つのモードを、高い次元で要求を実現するハイブリッド端末を目指しました。プロジェクト開始当時はこの2つのモードを満足できるレベルで実現しているデバイスは存在していませんでした。

この難しい課題をクリアするために様々なアイデアを考案した結果、全く新しい構造の脱着可能なヒンジに行き着きました。そして、このデザイナーの考えた独創的なアイディアを実証するためにメカニカルエンジニアにも参画してもらい、プルーフ・オブ・コンセプト(PoC)と呼ばれる実製品と全く同じように機能する実証用プロトタイプを製作し、Intelにプレゼンテーションしました。今までにない全く新しいコンセプトではあったものの、実際の製品のように機能するPoCと一緒に提案することで、クライアントにもこのアイディアが持つポテンシャルを理解してもらうことができ、市販化へのゴーサインをもらうことができました。このFitbitとIntelの2つのプロジェクトが、 SD・XD・ID・PDの4つのチームが融合した現在のNDDのデザインアプローチに大きな影響を与えることなりました。

実製品と全く同じように機能する実証用プロトタイプを製作しIntelにプレゼンテーションした

横井:(インタビュー時にお持ちいただいたプロトタイプをいじりながら)このヒンジの操作感と使い勝手はとても気持ちいいですね。単なる機構やギミックの面白さだけにとどまっているのではなく、新しい使用シーンを生み出す高次元のデザインにまで昇華されている。新しいコンセプト提案でありながら、素材や量産性もしっかり練られている点も好印象です。
FitbitやIntelでの経験やノウハウが、今のNewDealDesignのアプローチにつながっている、そして本当にイノベーティブなデザインを創るにはとても重要だということが分かってきました。

Serveの無人モビリティロボットでデザインした、人とテクノロジーの共存

「Serve」の無人配送ロボット

横井:もう1つ、個人的に印象に残っている「Serve」の無人配送ロボットについてもお話いただけますか?

Yoshi Serveは、ラストワンマイル(物流において配送物をそれぞれの顧客に届ける最終区間で人の手に頼っている状況)を埋める自律モビリティロボットです。当時、Postmatesと共同でデザインとエンジニアリングをスタートしました。

自律型のモビリティロボットというのは、まだ私達人類には複雑な感情を抱かせます。とても便利だな思う反面、本当に未来はこの方向に進んで大丈夫なのか、と不安に思う人々もいるでしょう。このような現状に対して、人々になるべく恐怖心を抱かせず、自然にコミュニティに溶け込むにはどんなデザインがいいのかを探索しました。

誰もがなじみ深いショッピングカートのシルエットをとりいれた

Yoshi: 多数のアイデアを試行錯誤していくなかで行き着いたのが、ショッピングカートからインスピレーションを得たこのデザインです。ショッピングカートのシルエットは潜在的に誰もがなじみ深い物と認識することができます。このようにどこかで見て体験したことある要素を取り入れることで、自然と親しみを持てるデザインになるのです。
また、多民族国家であるアメリカの、都市部の街並みはとても多様でカラフルです。100年ほど前に建てられた建築もたくさんあれば、ミューラルと呼ばれる壁画が街に彩りを与えています。
ですので最新のロボットだからといってクリーンで未来的なデザインにするのではなく、あえてメカニカルな要素を強調することで、若干ノスタルジックな印象を与えるようにし、表情やカラーリングでロボットにパーソナリティーを与えることで、多様性に富んだアメリカの街並みに自然と溶け込めるように意図しています。
このプロジェクトにおいても、インダストリアルデザインのみならず、エクスペリエンスデザインとエンジニアリングも初期フェーズから参画しています。

若干ノスタルジックな印象にし表情やカラーリングでロボットにパーソナリティーを与えている
簡易的なスタディモデルもつくりデザイン検証を重ねた

フロンティア精神からイノベーションを支える「テクノロジーデザインエージェンシー」の核心

Yoshi: NewDealDesignは、「テクノロジーデザインエージェンシー」と名乗っているだけあってテクノロジーに対してはとても肯定的です。別の言い方をすれば、我々のミッションは、世の中のテクノロジーに対する否定的な感情や負の側面も理解しつつ、絶え間なく進化して行くテクノロジーと、その結果変化してくライフスタイルを上手に調和させて、日常生活をより豊かにする新しいソリューションを提案することです。最終的なデザインアウトプットは、最新テクノロジーを前面に押し出し先進的にすることもあれば、Serveのように若干ノスタルジックな雰囲気を醸し出させることもあります。
それはあくまでクライアントとの共同作業の結果として導き出されたデザインであり、NewDealDesign独自のデザインスタイルと言うわけではありません。NewDealDesignの独自性はデザインの見た目ではなく、そのクリエイティブプロセスの中にあると考えます。

サンフランシスコ港すぐ近くの好立地のビルにNewDealDesignが入っている

横井:ちなみに渡米されてかなり長いYoshiさんですが、日本人としての感覚もお持ちだと思います。そのなかでアメリカならではのデザインや文化、日本やその他の国と大きく違うなと感じるところはありますか?

Yoshi日本との大きな違いを感じるのは、フロンティアスピリットが文化に深く根付いているところだと思います。アメリカ人にとって、未踏領域に一番最初に到達することに非常に大きな価値が置かれていると感じます。ウェアラブルトラッカーというプロダクトカテゴリーを最初に創造したFitbitが一番わかりやすい例でしょう。

挑戦的な起業家と、それを応援する投資家がこの国には溢れています。結果として星の数ほど失敗も起きていますが、それは決してネガティブには捉えられず、むしろ新たな領域へのチャレンジには頻繁に起こり得る結果として、社会に認識されているように感じます。これは教育現場でも同じように感じます。先生は生徒に自分独自の考えを持ち、さらにそれを人前で発言するよう小さいうちから教えていると感じます。

デザインの現場でもUnexpectedな、期待を良い意味で裏切るデザインを提案すると非常に喜ばれますね。たとえその案が最終的に選ばれなくても、そのようなUnexpectedなアイデアを提案するとミーティングは非常に盛り上がり、それをきっかけとしていろんな意見やアイディアが参加者から飛び出してきます。そしてそのクリエイティブなディスカッションは、最終的に正しい選択肢を選ぶのことに非常に役立ちます。

要求どおりの解決案だけをロジカルに提案するのでは不十分で、クライアントの大きなミッションを深く理解し、それをさらに一歩先に推し進めるデザインを描くことがデザイナーには求められます。

先程のNewDealDesignの紹介にも重なりますが、アメリカで、特にここサンフランシスコやシリコンバレーで最も重要視されるのはイノベーションを起こし、誰よりも先に未踏の地か開拓するということです。そしてそのミッションの実現をサポートするために編成されたチームが「テクノロジーデザインエージェンシー」であるNewDealDesignです。

これだけテクノロジーが早いスピードで進化し続ける世の中において、デザイナーの美的な理想を追求するだでは全く不十分です。しっかりとクライエントのビジョンを理解し、ユーザーの声を正しく分析し、製造工程での現実性を初期段階からしっかり考慮に入れつつ、いかに時代のさらに一歩先を行った先進的なデザインを提案できるか。そのためには、デザイナーだけではなく、ストラテジストやエンジニアを機能的に統合したスペシャルなチームを編成することが非常に重要となります。

メンバーの方々との集合写真・真ん中の青いシャツの方が創業者のGadi Amit氏

イノベーションの本質に迫るデザインとその哲学への深い共感

NewDealDesignのYoshi Hoshino氏とのインタビューを経て、イノベーティブなデザインをいかに導き出すのか、考え方やプロセス、またチーム編成にまで強い拘りがあり感銘を受けました。
そして最終的には、デザインで新しい価値をどう創出すべきか、アメリカやシリコンバレーという地域に限らない、デザインの本質的なあり方を感じることができました。

このような貴重な機会をいただいたNewDealDesignと、Yoshi Hoshino氏に深く感謝いたします。

NewDealDesignのHP: https://www.newdealdesign.com/

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横井 康秀 Yasuhide “Yasu” Yokoi 近影

横井 康秀 Yasuhide “Yasu” Yokoi

横井 康秀/Yasuhide “Yasu” Yokoi
株式会社Final Aim 共同創業者 兼 最高デザイン責任者。日本生まれオ…