難波( CarStyling編集長):経営とデザインの関係をどのように考えていらっしゃいますか?
陳氏 : 自分を「デザイン経営者」と位置づけたいと考えております。言い換えれば「デザイン」と「経営」は一体なものであり切り離して見てはいけません。デザインと経営は密に関わり合っているものであるため補完し合う形で認識した上で徹底させる必要があります。
デザイン組織としての最終的なゴールは、競争力のあるデザインを生み出せるかということになります。その「デザインの競争力」について私達は公式をもっています。分母にコスト+効率、分子はデザインの品質。この場合の品質は 単なるクォリティ(質)ではなくデザインの「レベル」を言います。そしてそこに美を掛けます。美は造形を意味します。分数の部分を1とすると美は倍数ですから1をどこまで広げられるかということになります。
美が意味するのはユーザーが感じるバリュー「価値」とユーザーとの「感情の共 鳴」であり、消費者が感じるような感情的な共鳴や、機能面 ・ 使用面における価値を提供することで消費者はそれを美しいと感じるのです。そういう意味で造形(Styling)は芸術品では無いと考えています。これが私の考える「デザイン競争力」です。
難波:私もそのように思っていますが、それがなかなか上手くいかないものだと承知しています。吉利(ジーリー)ではいまご説明いただいたようにスムーズに推移しているのでしょうか。
陳氏 : 実際に到達しているかというと、今はまだその途上で、辿り着こうとしているところです。ただし現時点ではある程度達成していると感じています。先ほどのʻ公式ʼ で説明しましょう。
まず「効率」つまり速さ(speed)については、これまで2年間でギャラクシー(銀河)+チャイニーズスター(中 国星)の2つのシリーズを含む11モデルのデザインを作成しました。それ以外に、グループ内のその他ブランドにもデザインにおけるサポートを提供していました。
「コスト」の面について、我々もうまく制御できています。競合メーカーから低価格な商品が出てきましたが、ジーリーには勝てていません。
次は「品質」 クォリティの部分です。
まず「ブランドイメージ」について話しますが、ジーリーは新しい車種の持続的な打ち出しによってジーリー全体のブランドイメージを大幅にアップできました。
もう一つの要素は「上質感」。消費者調査のフィードバックのうちの 8 割は「上質感」でした。ジーリー車は昔よりはプレミアムのある車に変身しました。
クォリティにおける3つ目の要素は「価格」です。いいデザインが土台になっているので、「厳しい価格戦」という外部環境に取り巻かれている状況下でも、ジーリーの主力車は、依然として十数万人民元の価格帯を維持できています。平均価格が同クラスの競合車においてはやや高いのですが、それにもかかわらずたいへんよく売れています。それは、まさに吉利のデザインがユーザーのニーズを満たしているからだと私は思っています。
続いて「美」の部分ですが、「美」を1番直観的に体現できるのは「販売台数」というデータでしょう。2023年の販売台数は168 万台で。2024 年11月現在の販売台数は196 万台です。そのうちギャラクシー(銀河)E5 は発売の当月で1 万台を突破し、発売119日後に6万台納車できました。これは納車だけの数で、人気が高くて生産能力は需要に追いつかないこともありました。
先ほど「 どのくらい達成できているか」という質問があったのでまだ途上だとお答えしましたが、私はこの実績に満足してはいけないと思っており、これよりもっと 高いゴールを狙わなければいけないと認識しています。
難波: デザイントップである陳さんは会社トップとの意思の疎通はうまくいっ ていますか。会社には多くの役員がいてデザインに対して様々な発言をします。 私の経験上それらはデザインをまとめる上で雑音になる場合が多いと考えているのですが、ジーリーにおいて陳さんはどのように対処されていますか?
陳氏 : この質問は非常に大きな視点からのものであり、デザイン部門が企業や 製品にどれだけの価値をもたらせるか、いかに重要視されているか、という核心的かつ本質的な問題を突いています。
道・天・地・将・法
組織やデザイン、商品やグループなど、企業が成功できるかどうかについては、 私が常に持っている信念であるこの「5 つの要素」 が不可欠かと思っています。
「道」は上下同心・ 同力 ・ 同欲を意味します。これは孫子兵法の中の言葉で、 一丸になって同じゴールを目指して努力するということです。言い換えれば経営層の考えや理念を徹底させるということです。経営者の理念や考え方を部下へ如何に理解して伝えるか。部下は上司と常に意思疎通をしてゴールを達成できるか。 これができれば組織も商品もデザインも企業全体も成功できるはずだと思っています。
もう少し詳しく同心・同力・同欲を説明してゆくと、同心の中身は美意識・美学。同じ美学・美意識を持っているかどうかということ。同力は戦略・ポリシーです。そしてこの戦略 ・ ポリシーに対する実行力と決断力です。同欲はゴール ・ 目標 ・ ターゲットが一致しているかどうかで、実はここにも美学・美意識の整合力も含まれまています。
ですからこの同心 ・ 同力 ・同欲が実現できれば企業は必ず成功できるはずであると思っています。CEO も経営幹部も同じなのです。CEO はデザインについては多分わからない素人ですがデザインの 1 メンバーとなれる。一般従業員はモノづくりやデザインしかできないかもしれないが、このシステムに入れば戦略の一部にもなれる ということを意味します。
企業の創設者の理念は非常に大事だと思っています。創設者は自分なりの考え方、アイデア、あるいはオリジナリティな発想があってブランドの独自性、特徴を引き立ててきました。ですから CEO とのコミュニケーションはとても大事なのです。
商品の特徴があって初めてマーケットにおける認識度も差別化も高めることができます。私自身も1デザイナーなのですが、常に意識を身体と切り離して客 観性を保つようにしています。自分の好みではなく、市場の消費者に好まれてい る車のデザインはどう言うものかを常に注視してデザインをしなければいけないと言う考え方を持っています。
次に「天」「地」「将」「法」を説明していきますが、
「天」はタイミングを指します。具体的には「トレンド」と「情勢」を見極めその時々に適したアクションを選ぶことです。例えば、今この時代に新たなスポーツカーを作ってもあまり意味がないかもしれません。今の時代が何を必要としているのか、という点を考えるべきです。私たちが最初に電動車分野に注力し新しいデザイン言語を生み出しました。こうした考えに基づいているからこそ、当社は平行してハイブリッドとガソリン車も設計しております。
続いて「地」ですが、地は根本・源・注力すべきところ、という意味です。例えば今の大半の自動車メーカーは電気自動車に注力ポイントに充てます。
続いて「将」これはリーダーのこと。「法」はビジネスモデルです。 これは如何に高品質で認知度の高い商品を作り出すかというこということです。 この点において、デザインの責任者それぞれに独自の見解や手法があるでしょうが、私たちも独自の方法を持っています。私は吉利デザインチームに入って2 年半ですが、全体的に見て非常に強い競争力を発揮していると感じています。
「地」について補足説明します。「地」は時代の変化に応じるという意味もあり、今の時代の変化に応じて、例えば丸みのあるデザインにするか、シャープなデザインにするか、あるいはもっと衝撃的なデザインにするかという ことにつながります。
最後に、私のビジネスモデルの一部を明かすと、これはインターネット企業の「脱中心化」 という概念です。従来のような伝統的なマトリクス型組織ではありません。組織の運営方法にはさまざまな形がありますが、私が指しているのはこのような構造のことです。吉利デザインは現在このような形態で運営されています。
実際には非常に厳密な組織ロジックが存在します。例えるなら、それは巨大な 航空母艦のようなものであり、その中から派遣される特殊部隊は非常に小規模 で、わずか 5 人から 6 人程度です。こうしたロジックに基づいて運営されています。
難波:先ほどのデザイン競争力の公式のご説明もまったくその通りなのですが、 実際にはなかなかうまくはいかないもの。なぜ吉利汽車ではうまく進められる のでしょうか。 また他の自動車メーカーも同じように考えていると思いますが いかがでしょうか?
陳氏 : 完全に同じではありません。他のメーカーは美のところだけに集中しすぎ ています。こだわりすぎるのです。美しさは私たちの基本的な責任だと考えています。
難波: しかし美というのは目に見えるものなので誰もが口を出しやすい対象に なります。そして個人個人の美に対する認識や感覚が異なります。 どのようにして「美」 についての方針を上手くコントロールしているのでしょうか?
陳氏 : 吉利のデザインとして「美」については判断基準があり、3 つの 「根源」があります。
1. 母体文化的な基盤とブランドのエッセンス
それぞれの国によって美への認識も異なります。つまり、あなたの文化 が何に根ざしているかです。例えば、中国人が理解する「美」、ヨーロ ッパ人が理解する「美」、日本人が理解する「美」はそれぞれ異なりま す。背景となる文化が異なることで、美に対する嗜好も異なるため、こ うした文化的な基盤に根ざす必要があります。
2. ユーザーに根ざす
その上でユーザーが所属する文化的な基盤が認める美や、ユーザーの実 際のニーズに根ざすことが重要です。(デザインしたものが市場に合うも のか、需要に応えるものかどうか)
3. 企業自身の技術発展に根ざす
技術力に基づくデザインであることが必要です。
デザインがこの 3 つに根ざしていることで、企業内部と外部、つまりオー ナーと消費者の双方が認める「美」を生み出すことができます。
そして具体的に実践するための 5 つの層構造があります。
1. パッケージ(package):車両のレイアウトや配置に関する部分です。ここが最初のステップにな ります。
2. プロポーション(PROPORTION):車のプロポーションや姿勢の選択です。
3. ボリューム(volume)*車体のボリューム構成。これがデザイン言語の基盤となります。
4. サーフェス(surface):形状の言語です。例えば、曲線を多用して滑らかにするか、張りのある 満ちた形状にするか、あるいは平坦な形状にするか、選択の幅がありま す。
5. グラフィックス(graphics):最後に、ディテールや細部の設計です。
このように、企業ごとに選択肢や組み合わせが異なるため、文化や技術、消費 者に基づく「美」のアプローチも違ってきます。それが結果として、異なるデ ザインを生み出すことにつながります。
難波:中国の EV 市場は多くのメーカーが参入しとても活気がありますが、同時 にどの商品も同じように見えると外部では言われています。この状況をどうお考えでしょうか。 そして今後どうして行かねばならないと考えていらっしゃいますか?
陳氏 : 実際この問題について以前は確かに悩んでいました。外観だけからみると 確かに似てきているようになっているように見えるのですが、今はもうそれを理解しました。
これはトリノの自動車博物館を見学した時にわかったことなのですが。 自動車 の歴史を見ると 100 年前のトリノでは小さな街で 200 以上のブランドがあり、 しかしその外観はほぼ同じでした。
それらは大まかな形状やスタイルは同じに見えるのですが、 でもよく見ると実 際には差別化ができるのです。細部のデザイン、技術的な特徴、提供される価値が異なっていたのです。だから区別が可能です。
このことから私は 1 つのインスピレーションを得ました。それは、似た方向性 の中でも、自分たちのブランド独自のスタイルをいかに確立するかということです。
重要なのはその「独自性」を保つことです。そうすることで、たとえ似たスタイルの製品であっても、自分たちの製品は他とは異なり、より上質に見え、さらに時間が経っても魅力を失わないものになるのです。
この点では、デザイナーのスキルが試される部分だと思います。一見すると似ているように見えるデザインでも、細かく見れば多くの違いがあるはずですその違いをどれだけ効果的に表現できるかが重要だと考えています。
100年前のイタリアにでさえそういう歴史があったから、悩んでもあまり意味がないと思うようになりました。
難波:そのスタイルというのは「カタチ」ではなくて考え方という意味でしょう か。
陳氏 : その通りです。スタイルは単なる外見だけではありません。それには体験 も含まれます。UX。ユーザーエクスペリエンスです。
スタイルというのは車につけた気質の部分です。先ほどお話しした 5 つの要素 (パッケージ、プロポーション、ボリューム、サーフェス、グラフィックス) は、私にとって組み合わせのバリエーションを意味します。同じようなスタイ ルでも、例えば私のレイアウトは他とは異なり、プロポーションにも微妙な差 異があります。造形の組み立てや起伏も異なり、サーフェスの充実感や選択に も差があり、最終的に線の表現も違っています。それらを組み合わせることでまるで人間のように「気韻生動」と呼ばれる独自の気質が生まれるのです。
私はこれを「微小革新(マイクロイノベーション)の時代」と呼んでいます。たとえば、iPhone が登場してから、スマートフォンは「微小革新(マイクロイノ ベーション)」の時代に入りましたし、同様にテスラが登場してから EV もまた 別の「微小革新(マイクロイノベーション)」の時代に入りました。本質的にこれらの種はすでに定義されており、その中で分化を図る段階に入っているのです。
iPhone 以降スマートフォンも微小革新(マイクロイノベーション)の時代に入 りました。一見するとどのスマートフォンも似ていますが、実際には多くの違 いがあります。違いは主に体験に表れます。それぞれが体験や付加価値を競争 しており、消費者にどのような価値を与えるかが差別化の鍵となります。
デザインの評価基準も変化しています。単に形態が異なるかどうか、形態が美 しいかどうかではなく、最終的に消費者にどのような価値を提供できるかが最 も重要です。この点が他との違いを生むのです。
動画URL : https://youtu.be/BPJGQhfNfFA
2024.11.12 上海・GEELY Innovation Design Institute にて行われた吉利汽車集団副総裁・吉利グローバルデザイントップである陳 政氏と難波 治CarStyling編集長のインタビューの動画をリンクしています。
これからのGEELYのグローバルデザインについての話からブランディングにおけるデザインの役割について、中国自動車業界がこれまで培ってきた時代を冷静に分析した上で将来を見据え、さらに中国独自の文化の中からいかに解を見出そうと考えているか。陳氏がその思いと確固たる考察を熱く語ります。是非ご覧ください。