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小型低速EVの汎用プラットフォーム活用した、マイクロEVトラクターという新ジャンルの探索
ヤマハ発動機によるパーソナル低速モビリティの汎用EVプラットフォーム「DIAPASON」をもとに、農業分野における課題解決に取り組むモビリティデザインにチャレンジしました。日本の農業業界は特に高齢化や労働力不足といった複雑な問題に直面しています。見方を変えると、新しいモビリティによるソリューションの可能性が拡がっているとも言え、機能性を追求するだけでなく、次世代にも訴求するような農業の未来に新たな方向性を提示するデザインを探求することとしました。
企画・デザイン・プロトタイプをアジャイルに推進しマーケット・ユーザー検証
新しいアイデアやビジネスを進めるには、デザインとプロトタイプの開発を迅速かつ柔軟に進め、市場の反応をアジャイルに検証することが重要です。ユーザーの声に素早く適応し、より魅力的なモビリティを早期に届けることで大きな失敗を回避しリスクを低減することにもつながります。
このような背景も踏まえ、生成AIの積極的な活用により新たな可能性を切り開く挑戦的なプロジェクトとして、日本最大級のモーターショーである『東京オートサロン2024』での発表を目標に掲げました。プロジェクトは、開始からわずか3カ月以内というタイトなスケジュールの中で、従来のプロセスも大幅にアップデートしながら進行しました。これにより、単なるスケジュールの達成にとどまらず、モビリティの多様な選択肢を試行錯誤することで、創造性をさらに拡張することが可能となりました。
また、この挑戦の結果、最終的に生み出されたモビリティは、魅力的かつ独創的なデザインに仕上がっただけでなく、異分野間のコミュニケーションのスピードを加速させ、共感と共創の促進という想定以上の効果をもたらしました。
生成AIが革新する初期フェーズの構想とアイデア創出
本プロジェクトでは、モビリティ構想・コンセプト立案・要件定義といった初期の段階から、テキストや画像の生成AIをフル活用しました。初期の構想フェーズでは「将来の社会課題、そしてそのなかでの農業はどんな役割が求められるのか?」など私たちの問いやデザイン探索をもとに、仮説と理解の解像度を上げるために生成AIを活用しました。
例えば以下のようなテーマについて生成AIを用いて探索を行いました:
・未来の環境や社会的文脈、農業界の課題
これからの社会で直面する可能性のある問題を幅広く洗い出し、それに対応する製品の方向性を模索しました。
・農地や山間部での使用を想定した一人乗りEVの機能要件
特殊な環境下でも高いパフォーマンスを発揮できる車両の仕様を具体化しました。
・外装デザイン要件 – 機能性と感情的価値の両立
実用性だけでなく、使用者が感情的に魅力を感じるようなデザインを追求。特に、先述した社会や業界課題から、農業に
従事していないけど興味があるユーザー層、また高齢化問題を解決するための若い世代に向けた訴求を検討しました。
そして次のデザイン立案フェーズへ進めるにあたり特徴的だったのは、構想から具体的なアイデアの展開の境界がほとんど存在せず、プロセスがシームレスに進行し、数え切れない反復が実施できたことです。
デザインアイデアの発散と収束が超高速で行われ、数だけでいうと2400を超えるアイデアをたった2週間ほどで生み出しました。それらの中から機能性や実現可能性を重視しつつ、一つのプロダクトデザインへと結実させていきました。そのデザインを収束させていく統合的なプロセスも、生成AIを導入したことにより容易になりました。
そしてディテールレベルまで詰める最終デザイン立案の段階まで、できるだけふんだんに生成AIを活用することもチャレンジしました。
そのうえでこのような新しいプロセスを試みた結果を振り返ると、生成AIだけでなくデザイナーとしての経験やヤマハ発動機のこれまでのエンジニアリングや生産技術に関する知見も大きな助けとなったと実感しています。生成AIと人間が相互補完することで、単なる理想論に終わらない、実際に実現可能なプロトタイプが完成しました。
生成AIが切り拓くデザインの新境地
最終的なデザインが採用された決め手は、マイクロEVトラクターとしての実用性にくわえて、スタイリングの面白さや新鮮さを併せ持つ点でした。そして多くの特徴的なデザイン要素は、従来の発想や開発プロセスではなかなか出てこないものでした。
生成AIが提示した独創的なデザイン要素の一例として、以下が挙げられます:
- バスケットのようなシルエット
極端に逆スラントした籠のような全体シルエットは、農作業において重要な積載性を超小型車両でも妥協することなく最大限に実現しています。また、従来のスタイリングではあまり見られない視覚的な新鮮さも演出しています。
- 非対称のボディ
左右対称という暗黙のうちに受け入れられてきた定型的なデザインルールを破り、乗り降りのしやすさ、安全性の向上、そしてより高いボディ剛性といった複数の機能的メリットを実現しました。視覚的にも、ダイナミックで個性を強調するデザインに仕上がっています。
- フロントピラーを省いたルーフ
通常の車両デザインで不可欠とされる前方の柱を排除し、より開放的で革新的な構造を実現しました。これにより視認性が向上し、例えば、慣れない狭い林道やあぜ道でも安心して走行できるようになっています。
- 6灯の特徴的で大胆なフロントフェイス
通常の2灯または4灯のヘッドライト配置を超え、6灯構成のフロントフェイスを採用しました。これは、農業環境特有の早朝や夕方、さらには悪天候時の視認性を確保するためのものです。機能的な必要性を満たしながら、未来的で独自性の高いフロントビューを演出するデザインとなっています。
これらのデザイン要素は生成AIがもたらす多様なアイデアを最大限に活用し、従来のデザインプロセスでは見過ごされがちな新たな可能性を明らかにしました。デザイナーに限らず、人間はこれまでの経験や既存の製品を基に、無意識または意識的に開発を進める傾向があります。しかし、生成AIはその枠を超えた発想を促し、新たな創造性を引き出すテクノロジーとして機能します。
生成AIがもたらすシームレスな異分野連携とコミュニケーション
生成AIをデザインに導入したことで得られたもう一つの大きな効果は、チーム間のコミュニケーションの飛躍的な向上でした。デザイン、エンジニアリング、製造、プロモーションといった異なる専門分野のメンバーが、生成AIによる共通のビジュアルを瞬時に共有することで言語化しにくく伝わりづらい意図もスムーズに共有できるようになりました。その結果、議論が深まり、プロジェクト全体の合意形成と意思決定のスピードが大幅に向上しました。
個人的にはこれは当初の予想を上回る効果であり、今回の生成AI導入による最大のメリットだったと感じています。この経験は生成AIが単なるデザインツールにとどまらず、チーム全体の連携を強化する強力な手段であることを改めて実感させてくれました。
生成AIと人間のデザイナーが相互補完する新しいプロセス
今回のプロセスでは、生成AIと人間のデザイナーが相互補完的に協力することで、単に視覚的な斬新さだけでなく、機能性や使用者の感情にも訴えかけるデザインを生み出すことができました。これは、生成AIが従来のクリエーションを拡張し、デザインの新境地を切り開く可能性を示す好例といえるでしょう。
生成AIによる利便性やイノベーションが謳われる一方で、その導入によって生じる知的財産権の管理や保護が、世界的な課題として昨今言われるようになりました。それはデザイナーや企業にとって大きな懸念事項です。ヤマハ発動機とのプロジェクトでは、これらの課題を乗り越えるための革新的なアプローチを実施しました。
次の記事では、生成AIと知財の関係性に焦点を当て、今回のプロセスでどのようにその課題を解決したのかを解説します。