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Wakui Museum
世界屈指を誇るベントレー・コレクターの想い
埼玉県加須市にあるワクイミュージアムは、ベントレー史に残る名車を数多く所蔵した世界屈指のプライベート・ミュージアムとして知られている。
館長を務める涌井清春氏は、今から40年以上前に1960年型のS2コンチネンタルを手に入れたのをきっかけにベントレーの世界に心酔。1988年にベントレー、ロールス・ロイスの専門店“くるま道楽”を立ち上げた日本を代表するスペシャリストである。
その長年にわたる経験と知識から、後世に継承する社会的意義を感じ、2008年にワクイミュージアムを設立した。
「最初はロールス・ロイスに興味を持ったのですが、色々と知っていく中で、世界に冠たるブランドが、なぜベントレーを恐れて買収したのか? 一体ベントレーってどんなクルマなのかと興味を持つようになりました」
「やんちゃな男“W.O.ベントレー”」に魅せられて
そこで涌井氏は、自分でとことん乗って確かめてみることから始めたという。
「クルマって文献に書いてあることだけではわからない。自分で乗ってみないとわからないものです。もちろん当時を知りませんから、ウォルター・オーウェン(W.O.)ベントレーがどういう男だったのか? を彼が造った時代のクルマを通じて、ハンドルを通じて、文献ではなく体験で知りたいと思ったんです」
ワクイミュージアムにあるのは、いわば涌井氏とベントレーとの軌跡だ。そして数々の歴史的なベントレーを経験していく中で、こういう想いを抱くに至ったという。
「一口に言えば、時代を先んじたスポーツカーを造ったのが、W.O.時代のベントレーです。ロンドン近郊のクリクルウッドで最初のクルマを開発しているときに、隣の住人が“ウチには病人がいるから大きな音を立てないで”と言ったら、“世紀の3リッター・エンジンに火が入る瞬間の音を聞いて死ぬなんて幸せな奴はいない”って答えたというエピソードがあるほど、やんちゃな男でね。そういう男が造るクルマだから、魅力があるんでしょう」
ライバル会社に恐れられたベントレー
そして1924年から1930年にかけて5度もル・マン24時間レースを制し、名実ともに“イギリスのプライド”となり、スポーツカーの代表格として旋風を巻き起こす存在だったからこそ、その存在と技術を脅威に感じたライバルに買収されることとなったのだ。
「普通なら買収した先の優れた技術を使うところですが、1931年に買収した後、ロールスはベントレーのエンジンは使わなかった。だからダービー・ベントレーと呼ばれるこの頃のモデルは、サイレント・スポーツカーとも言われて、W.O.の時代とは違う進化を遂げていきました。しかしそんな中、ドイツにアウトバーンができたのを受けて、ベントレーはシャシーナンバーの末尾にMX、MRとつくモデルを造るんです」
「これは4.25リッター・エンジンの圧縮比を上げて、オーバードライブをつけて170km/hで走れるようにしたもので、今でも驚くほど速い。結局戦争のためにMX、MRは1938年から2年間だけで製造が終わったのですが、このエンジンを載せたエンビリコス クーペは1949年のル・マンに出場し総合6位に入った。ベントレーはW.O.の時代が終わっても、彼のスピリットを受け継ぎ、スポーツカーとしてのブランドを守ったんです」
半世紀以上前に製造されながら今でも実用に使える
このような経緯を経て1952年に生まれたのが、今もベントレーのアイコンであり続けているRタイプ コンチネンタルである。
「確かにエンジンはロールス・ロイス製だけど、圧縮比を上げて、ファイナルギヤを変えて、ボディをアルミにして300kgも軽くした。それで200km/h出るようなって“魔法の絨毯”と言われたんです。しかも速いうえに乗りやすくて、今でも実用に使える。本当にすごいクルマですよ。高速道路を走っていて、自分で顔がニヤニヤするのがわかるほど。みんなRタイプはロールス時代のモデルだしW.O.時代とは違うと思ってるけど、実はちゃんとスピリットが乗り移っているんですよ」
実際にミュージアムに展示されているRタイプ コンチネンタルを見てみると、大きなグリルを挟む4灯のヘッドライト、ロングノーズ&ショートデッキのプロポーション、パワーラインと呼ばれる抑揚あるサイドのデザイン、なだらかにリヤに向かって収束するテールビューなど現在のコンチネンタルGTにそのモチーフがモダナイズされ受け継がれているのがわかる。
「フォルクスワーゲンの元で新たなスタートを切るという時に、世界中のベントレー・オーナーにどんなモデルが欲しいかアンケートを取っているんですね。そうしたら圧倒的に“Rタイプ コンチンネンタルのようなクルマ”という意見が多くて、コンチネンタルGTを開発したという話を聞いたことがあります。それを聞いて、現代のベントレーは、しっかりとW.O.のスピリットを取り入れているんだなと感心したのを覚えています」
W.O.の想いは、最新のベントレーにもしっかりと受け継がれている
それは他のモデルも変わらない。
「スポーツカーって言っているのに、なぜフライングスパーは4ドアなの? と思われるかもしれませんが、歴史を見ると1957年に出た最初のフライングスパーは、4ドア・サルーンではなく、4ドア・クーペなんですね。コンチネンタルは2ドアがコンセプト。その上でお客さんの要望を聞いて4ドアを造った。スポーツカーという基本は外していない。だから後ろのドアはサルーンの3/4の大きさなんです。今のベントレーもそういう流れ、コンセプトを引き継いでいる。過去へのリスペクトが感じられますね」
そう聞いて展示車を見渡すと、現代のスピード系モデルに用いられるマトリックス・グリルや、ミュルザンヌ以降のデザインアイコンになっている大径ヘッドライト、そして楕円形のマフラーなどは、まさに戦前機のモデルがモチーフとなっていること、そして新型フライングスパーのバーチカルグリルが、ダービー時代以降のベントレーのグリルを継承していることにも気づく。
今なお息づくW.O.ベントレーのスピリット
涌井氏がミュージアムを続けているのは、正しい歴史を知り、実物に触れることで、今のモデルとの共通項を見つけたり、ベントレーが長く世界で慕われ、愛され続けている理由を理解できるという信念を持っているからに他ならない。
「W.O.がどんな男だったのかを知ってもらったら、クルマに対する愛情が変わるはずです。彼のスピリットに基づいて造り続けているベントレーは、やはり王道だと思います」
そう話す涌井氏に、個人的に感じるベントレーの魅力とは何かを最後に聞いてみることにした。
「なんかこの世の気分じゃなくなるというか。“ああ、良いクルマに乗ったな”と思い出が残る。それがベントレーなんです。この感覚は他のクルマでは感じたことがないんですよね。ベントレーのおかげでいい人生を送れたと思いますよ」
REPORT/藤原よしお(Yoshio FUJIWARA)
PHOTO/篠原晃一(Koichi SHINOHARA)
MAGAZINE/GENROQ 2021年 10月号(特別付録 小冊子「THE WORLD OF BENTLEY」より)
【INFORMATION】
WAKUI MUSEUM ワクイミュージアム
住所:〒347-0010 埼玉県加須市大桑2-21-1
TEL:0480-65-6847
URL:https://www.wakuimuseum.com/
開館時間:毎週土日 11:00〜16:00
入館:無料
The History of Bentley「102年の軌跡」
1919年の創業以来、1世紀以上にわたりスポーツカーを造り続けてきたベントレー。その中のエポックメイキングなモデルを通じて、イギリスを代表する名門の歴史を振り返る。