【eVTOL交通革命:03】メイドインジャパンの強みはどこに?

日本の自動車メーカーが作るeVTOL「我々はいつ空飛ぶクルマに乗れるの?」【eVTOL交通革命】

これまでに世界の様々なeVTOLの実例を挙げながら、それぞれの特徴や問題点などを紹介した。もちろん日本にもeVTOLメーカーは存在するが、果たしてその強みはどこにあるのか?

日本にもeVTOLメーカーはある

先日、報道されたように2025年の大阪・関西万博において、乗客を乗せた「空飛ぶクルマ」の商用運航事業者として名乗りをあげていた「日本航空」「ANA」「丸紅」「SkyDrive」の4社が、商用運航を断念してデモ飛行とした。丸紅とSkyDriveはすでに商用飛行を断念していたが、残りの2社も断念したことを考えると、そのハードルの高さが浮き彫りになったと言える。だが、デモ飛行は実施される見込みなので、引き続きその成り行きを見守りたい。

さて、前回は世界の代表的なeVTOLを紹介したが、日本でも少なくない数の企業がeVTOLの開発に取り組んでいる。たとえば、インターネットで「eVTOL 日本企業」と検索すれば、SkyDrive以外にもteTra aviation、ホンダなどの名前をすぐに見つけ出すことができる。

teTra aviationのMk-5は完全電動のeVTOLで、小さなローターを32基組み合わせて揚力を発生させるとともに、後部には推進力を得る専用のローターも用意されている。現時点では1人乗りとなる予定で、巡航速度160km/h、航続距離160kmを目指しており、予約販売も開始している模様だ。

SkyDriveのSD-05は、大阪万博で飛行計画のある唯一の“和製eVTOL”。モーター駆動される12基のローターを“ドーム型ローターフレーム”に搭載し、ローターを曲面配置する画期的なレイアウトを採用する。発表されている基本仕様によると、操縦士1名と乗客2名の計3名が搭乗可能で、最大巡航速度は100km/h、航続距離は約15kmとされている。

率直にいって、スペック的に目を見張るものはないが、それだけに堅実な目標で実現性は高いと考えられる。事実、日本のスタートアップとしては資金調達額も多く、すでにスズキ株式会社とeVTOLの製造について基本合意を締結したほど。2023年6月の発表によれば、スズキグループが静岡県内に保有する工場を活用し、今年3月eVTOLの製造を開始している。

SkyDriveに技術協力する東レ・カーボンマジック

SkyDriveのボディやローターフレームの開発で技術協力しているのが、東レ・カーボンマジック株式会社である。同社の設立は2013年とされているが、その源流は、日本のレーシングカーコンストラクターである童夢が2001年に創設した童夢カーボンマジック株式会社にあり、現在、代表取締役を務めている奥 明栄(おく あきよし)氏は、もともと童夢の技術開発を統括する立場にあった人物。もっとも、SkyDriveの例を見てもわかるとおり、同社の事業内容はいまやレーシングカーの製作や開発だけに留まらず、航空宇宙産業やオリンピック競技で使われるボブスレー、カヌー、ロードバイクなどにも及んでいる。

こうした幅広い事業内容に対応できる最大の理由は、奥代表を始めとする同社技術陣の、レーシングカー開発で養ってきた幅広い知見にある。

ひとことにレーシングカーといっても、そこで活用される技術分野はエンジンなどの動力源や駆動系、カーボンコンポジット技術、エアロダイナミクスなど多種多様。しかも、そういった技術をバランスよく組み合わせ、最終的に優れた走行性能や耐久性などを発揮させなければならない。そのためには、各要素技術の長所や短所を熟知し、それらをどのように組み合わせれば最高のパフォーマンスを引き出せるかを事前に予測する“システムインテグレーター”としての能力が必要となる。

考えてみれば、eVTOLは動力源が電動となり、タイヤの代わりにローターを用いるものの、動力源や駆動系、カーボンコンポジット、エアロダイナミクスなどを組み合わせるという点ではレーシングカーとよく似ている。それどころか、軽量高剛性で優れた空力特性を実現するという点では、レーシングカーとそっくりといっていいほど。言い換えれば、レーシングカー開発で培ってきた奥代表らの技術力が遺憾なく発揮できるのがeVTOLの分野といってもいいくらいだ。

前述したとおり、航空宇宙産業からオリンピック用のロードバイクまで、東レ・カーボンマジックの技術力が生かせる工業分野は少なくない。そのなかでも、eVTOLなどの新規分野で特に重要となるのが、前述したシステムインテグレーターとしての能力。考えてみれば、日本にはカーボンコンポジットなど世界に名だたる材料技術は数々あれど、それらをひとつの製品にまとめるという意味では、アメリカやヨーロッパに大きく遅れをとっているといわざるを得ない。しかも、最終的に大きな利益を得るのは製品の製造者、つまりメーカーである。つまり、我が国でもシステムインテグレーターの育成に努め、優れた製品を作り出す基盤を生み出すことこそ、今後の日本の産業を強化するうえでもっとも重要なことといえなくもないのだ。

ホンダジェットで培ったガスタービンエンジン技術

話がやや脇道に逸れたが、eVTOLの開発に取り組む企業はこれまで紹介したスタートアップ系だけでなく、既存の大企業が名乗りを挙げているケースもある。それがホンダだ。

ホンダは「生活の可能性が拡がる喜び」の提供を目指しており、これを実現する新領域へのチャレンジとしてeVTOLの開発に着手することを2021年に発表している。彼らが検討中のeVTOLは垂直離着陸用に8基のローター、そして推進用に2基のローターを備えており、操縦士1名と乗客4名の計5名が搭乗できる。もっとも、その最大の特徴は、ガスタービン・ハイブリッドシステムを動力源としている点にある。

これは、ジェット旅客機にも用いられるガスタービンエンジンで発電機を駆動。ここで得た電力をモーターに供給し、ローターを回転させるもので、その最大のメリットは航続距離を400km程度まで拡大できることにある。ホンダの調査によれば、eVTOLの需要でもっとも期待されているのは最大400km程度の都市間移動であり、これをバッテリー駆動で実現するのは、今後20年間の技術開発を見込んでも困難であるという。

いっぽう、液体燃料を用いるガスタービンエンジンであれば長距離飛行は比較的容易になるが、この場合、化石燃料を用いればCO2を発生し、eVTOLが目指す「環境に優しい」という目標を達成できない。そこでホンダが想定しているのが、大気中のCO2や再生可能エネルギー由来の水素から生成するSAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)の活用だ。これを用いれば実質的にカーボンニュートラルを実現できるというわけだ。もっとも、SAFはホンダのために生み出されるのではなく、将来的には世界中の航空機などが利用することが見込まれており、その実現性は決して低くないとされる。

なお、ホンダはホンダジェットの開発を通じてガスタービンエンジン関連技術や機体製作技術をすでに蓄積しているほか、ガスタービンエンジンの出力を効率的に電力に変換するという面ではF1パワーユニット開発で培ったハイブリッド技術を有効活用できるとしている。

eVTOLで日本産業界が世界トップに返り咲く?

ここまでeVTOLに関する明るい話題を中心に紹介してきたが、なにもeVTOLに関連するすべてが順風満帆であるとは限らない。たとえば、「空飛ぶバイク」を試作して話題を呼んだ日本のスタートアップ“A.L.I. Technologies”は50億円を超える投資を集め、2021年に一般顧客向けの販売まで初めていながら、資金繰りに行き詰まって2023年12月に経営破綻した。これは多くのスタートアップ企業が抱えるリスクといえるだろう。

しかし、eVTOLは夢がある技術であると同時に、日本の産業界が世界のトップに返り咲くきっかけともなりうる分野。今後も産学が一体となって、日本独自の道が切り拓かれることを期待したい。

REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)
PICTURE/モリナガ・ヨウ(Yoh MORINAGA)
COOPERATON/東レ・カーボンマジック株式会社

ジョビー・アヴィエーション S4とヴォロコプターのヴォロシティとヴォロリージョン。

世界の「eVTOL」は今どうなっているの?「海外の事例を紹介」【eVTOL交通革命】

前回はeVTOLの全体像について紹介したが、まったく新しい“乗り物”だけに、その具体的なイメージを掴むのは容易ではないはず。そこで今回は、eVTOLの実例を挙げながら、それぞれの特徴や問題点などを見ていくことにしたい。

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著者プロフィール

大谷達也 近影

大谷達也

大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌「CAR GRAPHIC」の編集部員…