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試乗会に隠されたメッセージ
日産自動車の北海道陸別試験場のゲートにタクシーで到着すると、そこからサクラに乗り換えるよう促され、実験部のスタッフの運転で整備棟と覚しき建屋まで送迎していただいた。ゲートから歩いても行けるくらいのほんのわずかな距離を、わざわざ本社から持ってきたサクラ(橫浜ナンバーだった)に乗せたのは、サクラが登場したばかりのモデルだからではなく、必ずなんらかの意味があるはずだと直感した。
新型フェアレディZの開発の指揮を執ったのは、この連載で何度もご登場いただいた田村宏志さんである。彼のプレゼンはフェアレディZの歴史や功績ではなく、“夢”の話から始まった。同席していた同業者の皆さんがどう感じたのかはよくわからないけれど、サクラといいい夢といい、自分は「あーもうめんどくさいなあ(笑)」と思った。
彼が用意したおもてなしや発する言葉のひとつひとつから何を感じ取るのか。我々は試されていたのである。それはまるで、砂浜に蒔かれた無数の貝殻の中から「当たり」と書かれたものを拾う作業みたいなものだ。
何よりもまず感心したのは・・・
数あるクルマの性能の中から操縦性、動力性能、乗り心地の3つを抽出すると、新型フェアレディZに乗ってまず感心するのは操縦性。ステアリングを切っている時のクルマの所作である。的確なスリップアングルにいとも簡単に持ち込みやすく、Gを抱え込まないニュートラルステアの旋回姿勢は、切り返しが連続する局面でも乱れない。
路面のアンジュレーションも見事に吸収し、タイヤは跳ねず接地面変化が極めて少ない。何より、ステアリングからの入力に対してクルマの反応がまったくナーバスでなく、ドライバーの意図した通りに確実に動くが意図しない動きは絶対にしない。足が柔らかく動き、ばね上がそれに伴って穏やかに揺れるものの、ロールからヨーが発生するまでの繋がりはきれいにスッキリしていて操舵応答遅れも皆無だった。
乗り心地は全般的には速度依存度も路面依存度も少なく良好だったが、50km/h付近でボディが共振する場面が少しあった。おそらく、あの柔らかな操縦性を優先するための各部のセッティングが原因だろうから、だったらタウンスピードでたまに発生する共振なんか「どーぞそのままで」と言いたくなった。
レヴリミットまで気持ちいいV6
エンジンは3.0リッターのV6ツインターボのみ。スクエアのボア×ストロークならではの雑味の少ない回転フィールはレヴリミットまで気持ちいい。レスポンスのよさを優先してあえて小径のタービン/コンプレッサーを選び、回転センサーを付けることで限界まで回せるようにしたターボも、この回転フィールの実現にひと役買っている。
組み合わされるトランスミッションは9速ATの他に6速MTも用意されている。9速ATはアップシフトもダウンシフトも、そのタイミングとキレの良さが印象的だった。MTはシフトレバー自体の操作感は悪くないものの、ギヤボックス付近の取り付け剛性不足と思われる変速時のわずかな振動が気になった。ここがしっかりしたら、シフトフィールはもっと格段によくなるかもしれない。
荒々しさは微塵もない
試乗を終えて、新型フェアレディZをひと言で表現するならどんな言葉が最適だろうと考えながら歩いていたら、どこからともなく田村さんが寄ってきて「優しいクルマでしょう」と言った。「オレの頭の中、見えたの??」と思わず驚いた。
まさしく新型フェアレディZは優しい乗り味だった。それは穏やかだけど正確な操縦性しかり、強力だけどジェントルな加速感しかり。スポーツカーなのに荒々しさは微塵もなく、気持ちが必要以上に昂ぶるような興奮もいい意味でもたらされない。「走る」よりは「流す」のほうがこのクルマにはふさわしく、それでもスポーツカーを操っているという満足感がしみじみとじわじわと伝ってくるのである。
新型フェアレディZはデザインや乗り味に歴代の香りを継承しているけれど、それは昔を懐かしむ懐古趣味的なものではなく、スポーツカーを楽しむとはどういうことか、そんな不変的なものを問うた結果なのではないだろうか。
新型Zに込められた「伝言」
自分を含む世のオッサン達の若かりし頃は、スポーツカーの楽しみはカタログを眺めて想いを馳せるところから始まっていた。そして、いつかはスポーツカーに乗りたいという夢を抱かせてもらった。カタログのデジタル化が進む昨今にあっても、新型フェアレディZのカタログは平とじ/ハードカバーの立派な装丁で、中では素晴らしい写真の数々が躍り、最後のページには「夢は、いつまでも生き続ける」と書かれていた。新型フェアレディZはカタログもひっくるめてのスポーツカーなのである。
ところで会場には現代の名工、加藤博義さんもいらした。「オレはほとんど口出ししてないよ。若い衆が作った。だからいいのが出来たんじゃない?(笑)」と後輩をたてた。実は新型フェアレディZもサクラも、基本骨格は既存の流用である。ゼロから作るよりも多くの制約がある中で、どちらもそれをまったく感じさせず、よくぞここまで作り上げたものだと感服した。
田村さんも加藤さんもすでに定年を迎えている。技術の伝承とよく言うけれど、ふたりが伝えたかったことは、きっと新型フェアレディZという実車にもたくさん詰まっているのだなあと思った。いつか基本骨格からまったく新しいクルマを作る機会が訪れて悩み立ち止まった時、彼らの後輩たちはこのZに乗って忘れかけていたことを思い出すに違いない。
REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)