【ル・マン24時間2024】メゾン・アルピーヌがル・マンで残した爪痕

「すべては成果に?」ル・マン24時間で敗退したアルピーヌの恐るべき長期的視野

残念ながらル・マンでは、2台とも5時間半でほぼ同時にリタイアした。
残念ながらル・マンでは、2台とも5時間半でほぼ同時にリタイアした。
今年も激戦が繰り広げられ、大いに盛り上がったル・マン24時間レース。ゴール時点で9台ものマシンが同一周回となる、過去最高の白熱したレースだったが、そんな中で早々にリタイヤしたのが、地元として期待されていたアルピーヌだ。その悲喜交々と、短期的な結果を求めないアルピーヌの展望を密着取材したジャーナリストがルポを寄せた。

シリーズドラマのようにトピックを

A424の36号車
A424の36号車

チームを離脱するエステバン・オコンがステージに姿を現したことが、意外にも場をザワつかせ、盛り上げる要素となったことは間違いない。ル・マン・ウィーク中に行われたフル電動ハッチバックのニューモデル「アルピーヌ A290」発表会のことだ。

WECとF1に参戦するドライバーだけでなく、アルピーヌのフィリップ・クリエフCEOや、WECシグナテック・アルピーヌのフィリップ・シノー監督、アルピーヌ・レーシングのブルーノ・ファマン統括ディレクターにチーフデザイナーのアントニー・ヴィランまで、「ファミリー」が一同に顔を揃えた。

オコンが直前のF1モナコGPで接触した同僚のピエール・ガスリーと視線を合わせる様子は最後までなかった。だがその2週間後、再びオーストリアGPで際どいバトルを演じた顛末は、「右向け、左!」といった態度をことさら好む、あるいはそれを表明することが好まれるフランス的気質のお手本でさえある。

今年もまだ最高の結果は出ていないとはいえ、F1開幕からル・マン24時間にかけて今年の第2四半期におけるアルピーヌの成果は、上々だったといえる。モータースポーツをブランドの核とするアルピーヌにとって、世界中の耳目を集めるトピック(あるいは火種)が、今年後半に折り返してもシリーズドラマのように続いていること自体、大きな成果なのだ。

シノーとファマンの長期的瀬略

確かにル・マンの予選では参戦した2台の「アルピーヌ A424」のうち、35号車が上位8台で争われるハイパーポールに進出するなど、アルピーヌは一定の速さを見せた。しかし、スタート前の公式記者会見ではファマンとシノーの両ディレクターとも「ひとまず無事にゴールまで辿り着くことが目標」と慎重な見方を崩していなかった。だから2台とも5時間半でほぼ同時にリタイアしたことは驚きをもって受け止められた。日独伊米のハイパーカーが出揃った一大スペクタクルから、地元のアルピーヌが真っ先に脱落した“悲報”を、土曜の夜に地元フランスのメディアが雪崩を打って伝える様子は、圧巻ですらあった。

レース前日、金曜時点で、アルピーヌブースに姿を見せたシノーは次のように述べていた。

「2年前、LMDhに2024年から移行し、エンジンもF1同様にヴィリー・シャティヨンで開発する方針を聞いた時はどうなるかと恐怖したよ。でも今はヴィリー・シャティヨンのファクトリーとひとつのチームになれたことに、社交辞令でもなんでもなく、とても満足している。今回のル・マンがA424にとって4戦目。ここまでの3レースは信頼性を上げることに重点があった。確かにル・マンに焦点を合わせて開発したところはある。ここは1周で300㎞/h以上に3回も到達するからローダウンフォースが前提だ」

「チーム自体はLMP2で経験を積んでいるからマンパワー面で不安はないけど、ハイパーカーカテゴリーはやはり別物。まだ我々がマシンを掴み切れておらず、引き出すべきところがあるということさ。決勝は強い雨を挟む予報が出ているし、他のチームも速いからどう出てくるかだね」

まだLMDhマシンでの経験は浅いが、焦ってはいない、展開によってはライバルたちと闘える。そんな認識は、現在の実力と立ち位置を把握しているといえるだろう。

長期的視野からWECやF1のようなモータースポーツのトップカテゴリーにエンゲージし、即座に結果だけ求めない姿勢は、ブリュノ・ファマンにも共通する。前職でFIAのスポーツ副部長だった彼は、そもそも2026年以降の電動化比率が増えるレギュレーション対応のエンジン開発のためにアルピーヌに来たと目されている。

2年前、就任直後のインタビューでファマンは、おそらく回生可能なエネルギー量は9MJぐらいと明かしており、実際それは8.5MJに落ち着いた。ル・マンが終わった後、アルピーヌが2026年以降の新エンジン開発を凍結して玉突き式にホンダユーザーとなる可能性が取り沙汰された。それは彼にとって最悪のシナリオだが、同時に有力ドライバーのリクルートのためにフラビオ・ブリアトーレを起用する人事も発動している。

2028年から水素ハイパーカーに向けて

もうひとつ今年のル・マンでアルピーヌが示した長期的視野がある。それはベルギーのユーチューバーPogと、元サッカー選手でフランスの英雄、ジネディーヌ・ジダンを「アルペングローHy4」、つまり水素に絡めてドライバーとして起用したことだ。

レース前日の金曜、公式パレードに130万人の登録者数をもつPogが運転する、フランス国家警察風に仕立てられた「フェラーリ 812 スーパーファスト」に先導されて、アルペングローが登場した。翌日土曜はドイツ開催のサッカーユーロ2024の開幕日だったが、ル・マンに“フランス代表チーム監督浪人中”のジダンが姿を見せ、アルペングローの助手席に収まってコース1周のデモランを披露した。

つまりサッカーのタイミングに合わせて話題をアルペングローHy4を結びつけ、100万人以上の目に触れさせたのだ。ジダンは決勝スタートの旗振りも務めたが、ACOと彼をつないだのは、育成ドライバーのメンタルコーチをジダンに任せているアルピーヌだったことは想像に難くない。

いわば昨年、トヨタとACOが発表したWEC水素化の流れをアルピーヌは支持し、あまつさえ“ポピュラー”にしようと取り組み出している。トヨタは水素のノウハウをかなりオープンにしており、7月にオートポリスで開催されるスーパー耐久第3戦に、アルピーヌが先行開発エンジニアを派遣することも決定しているという。

さらにACOは恒例の公式会見で、2028年から水素ハイパーカーを出走を認めるレギュレーション策定の目途を、今年中につけると発表している。モータースポーツである以上、相手がいないと成立しないのはどのコンストラクターも同じ。だから水素に前のめりなコンストラクターらは、競技は競技と捉えつつも、それを実現させるという点では、競争より協力体制の下に動きつつあるのだ。

PHOTO/Alpine、南陽一浩(Kazuhiro NANYO)

ポールポジションを獲得したポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ「ポルシェ963」6号車を先頭に全62台のマシンがクラスごとに華々しくスタートした。

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著者プロフィール

南陽 一浩 近影

南陽 一浩

なんよう かずひろ。静岡県出身、慶應義塾大学卒。フリーランスのライターになって28年。2001年に渡仏して…