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一般客も楽しめる世界屈指の難コース
これまで幾度となくポルシェのステアリングを握ってきたカーンが選んだのは、お馴染み「ニュルブルクリンク・ノルトシュライフェ」。世界中のレースファン、ポルシェ・ファンにとっては憧れのコースだと言えるだろう。
ニュルブルクリンク、取り分けノルトシュライフェ(北コース)は世界で最も過酷なサーキットとして知られ、その難コースぶりから「グリーンヘル」との異名をもつが、実は一般向け走行日「Touristenfahrten」であれば、走行料金を支払うことで誰もが究極のドライビングコースを楽しむことが可能。つまりサンデードライブの目的地として、全長20.8kmのグリーンヘルを設定することができるというわけだ。
テストエンジニアからアタックドライバーに
ラース・カーンは10年前、テストエンジニアとしてポルシェに入社。以来、ロードカー開発の最終段階において、様々な仕事をこなしてきた。
「ポルシェ入社後、私に与えられた仕事は、開発車両で0-100km/hや0-200km/h加速のテストをして、目標に達しているかを確認することでした。あとはスラロームのようなドライビングダイナミクスもやっていましたね」
「ポルシェは、プロのレーシングドライバーでなくても、それなりのレベルの運転ができる人を必要としていました。また、プレス向けの広報車両を走らせる前に、様々な品質テストを行うこともありましたね。これも誰かがやらなければならないことです(笑)。それが私のキャリアのスタートでした」
その後、メディアがニュルブルクリンクをパフォーマンステストの場として使用することが多くなった。ある時、カーンはこの伝説のサーキットでポルシェのニューマシンをシェイクダウンし、その実力を確かめるように命じられる。
「初めてニュルブルクリンクに行ったときは、『こんなコースは絶対に覚えられない!』と思いましたね(笑)。 でも、何度も周回を重ねるうちに、いつの間にか悪くないレベルに達して、ポルシェが注目してくれるようになりました。そしてほとんど偶然のようなものですが、ラップレコード更新のために私を抜擢してくれたのです」
ニュルでは潮時を見極めるのが必要
1925年から1927年、1年半をかけて建設されたニュルブルクリンク・ノルトシュライフェは、ボンの南48kmにある。アクセスはマンタイ・レーシングの本社があるモイシュパトへと通じる「B258」号線を経由する。
一般向け走行日「Touristenfahrten」は春から夏にかけて決められた日に開催される。走行料金は1回25ユーロ。154のコーナーが待ち構えるサーキットを自身の愛車で駆け抜ければ、誰もがスケールの大きさとそのチャレンジングなコース設定に圧倒されるだろう。
ノルトシュライフェのラップタイムが自動車業界のベンチマークとなっていた2010年。カーンは初代パナメーラで初めてラップアタックを行うことになった。その後、カーンは911 GT2 RSや新型カイエン ターボGTなど、様々な車両で記録更新を果たしてきた。彼は、この仕事に献身と受容が要求されると明かす。
「正直、ニュルブルクリンクでは完璧なラップなんて存在しません。コースが長すぎて、すべてのコーナーをうまくクリアできないし、自分でも『もっとうまく走れたはず・・・』と思ってしまうのです。経験を積んだ人なら、誰もがそれを知っているはずですが、ラップレコードを出すには、潮時を見極める必要があります」
理論よりも本能の赴くままにドライブ
カーン自身、ノルトシュライフェでのラップアタックでは、感覚と直感を信じてドライブするという。そして、彼は「ホーヘ・アクト(Hohe Acht)」から、有名なロングストレート「ドッティンガー・へーエ(Döttinger-Höhe)」までの区間を最も得意としている。
「ここはストレートのない長いセクションで、考えている暇はありません。ただ全力でプッシュして、マシンの力を最大限に引き出すだけです。ストレートでは、スピードやブレーキングについて考えることになりますが、コーナー中心のセクションではそれはしないほうがいいでしょう」
「この区間では、流れの中に身を置いて、ポジショニング、コーナーへの進入、そしてクルマをコントロールすることがすべてです。それは理論的というより本能的なもので、私はそれが大好きなんですよ」
911 GT2 RSで記録したラップレコード
どんな場所にでも難点はある。ニュルブルクリンクは天候が不安定なため、カーンは何日もサーキットに通い、ドライブする機会がまったくないまま、待ち続けたこともある。
「雨が降りそうな気配がしたら、すぐにアタックを止めます。クルマも人間も調子が悪くなっては元も子もありませんから・・・。あとは、翌日の好天を祈りながら、じっと待つことになります。だから、現地のホテルの部屋はたいてい知り尽くしていますよ(笑)」
それでも、ニュルブルクリンクにおいては、多くの素晴らしい思い出がある。特に忘れられないのが、2017年の晩夏。あの鮮烈な出来事だ。
「ニュルブルクリンクでの一番の思い出は、911 GT2 RSでラップレコードを出したことです。このクルマに関して、私は開発の最後に少し関わっただけでした。それもあって、ポルシェ・モータースポーツはニック・タンディが速い記録を出すと確信して、彼をニュルブルクリンクへと送り込みました」
「ニックと私は3~4回アタックして、私のほうが1秒も速かったのです。ニックは世界で最も偉大なGTドライバーのひとりなので、彼に追いついたことが信じられませんでした。もちろん、全体的なラップタイムも予想より10~12秒は速かったので、みんな大喜びでしたよ。ヴァイザッハから10kmのところで育った普通の男が、こんな大それたことをやってのけたのです。私にとって本当に特別な思い出になりました」
ノルトシュライフェの1周にかかる時間は、トラフィックや車両の性能、ドライバーの能力などの制約から、12~15分程度が妥当と思われている。カーンは初めて7分の壁を突破すると、後輪駆動のロードカーで6分47秒3という、とてつもない記録を叩き出したのだ。
マンタイ仕様で叩き出した6分43秒300
2021年6月、カーンは「マンタイ・パフォーマンスキット」を装着した911 GT2 RSで、公道走行が認められた市販モデルのラップレコードを、6分43秒300にまで縮めて見せた。ポルシェのラップスペシャリストは、多くの自動車ファンにとって魅力的な仕事に思えるが、その分、周囲からの期待も大きい役割である。
「確かにとても楽しい仕事です。ただ、プロジェクトチームからのプレッシャーに押しつぶされそうになるのも確かです。ここでは、私自身のんびりとドライブを楽しむどころではありません(笑)。世界中の自動車関係者が私たちに注目して、ラップタイムを見守っているわけですから・・・」