目次
Lamborghini 350GT & 400GT
ビッザリーニ設計のV12を想定した最初のプロトタイプ
1963年10月のトリノショーに、彫刻のような造形を与えられた1台のプロトタイプが登場した。350GTV。それが、人々の面前に初めて現れたランボルギーニだった。ショーカーの隣りに並んでいたのは、オールアルミ製のV12エンジンを搭載したディスプレイ用のシャシー。しかし、このとき350GTVのエンジンルームに積まれていたのはV12エンジンではなく、フェルッチオがトリノショーのために用意させたカタログや注文書だったという。フランコ・スカリオーネがデザインした低く美しいボンネットの下には、ジオット・ビッザリーニ設計のV12が収まるスペースが無かったのである。
フェルッチオ・ランボルギーニが自動車メーカーをスタートするにあたり、エンジンの設計者に選出したのがジオット・ビッザリーニだった。ピサ大学工学部を卒業後、アルファロメオの実験部門に入社。フェラーリに移籍後はテスタロッサのV12エンジンや、250GTOを開発した凄腕のエンジニアであった。
スパルタンなV12をダラーラやスタンツァーニが実用的ユニットへ
大のレース好きで、F1エンジンを作ることを夢見ていたビッザリーニ。彼は、「10馬力増えるごとに奨励金を出す」という契約のもと、ランボルギーニのV12エンジンの開発に着手した。1963年7月、テストベンチで行われた初の試運転では、9000rpmで360馬力という驚異的なパフォーマンスを実証。しかし、その特性はレーシングカーに近いスパルタンなもので、フェルッチオの考えるGT=グランツーリズモにそぐわしいものではなかった。
3.5リッターV型12気筒エンジンを、より公道走行・大量生産に相応しいキャラクターに改良する──その特命を受けたのが、ジャンパオロ・ダラーラやパオロ・スタンツァーニといった若き才能が率いるサンタアガタ・ボロネーゼのエンジニアリングチームだった。
ランボルギーニ初の市販車、350GTの誕生
彼らはV12の基本的な仕様は維持しつつ、キャブレターはダウンドラフト型からサイドドラフト型へ、潤滑システムもドライサンプからウェットサンプへ変更。最高出力は280ps/6500rpmと、350GTVからはいささか抑え込まれたものの、低・中回転域でも扱いやすい特性を与えた。このユニットを積んだランボルギーニ初の市販車「350GT」は、最高速度250km/hを実現する洗練されたGTとして1964年にデビューを飾ることとなった。
記念すべきランボルギーニ市販第1号車の顧客は、イタリアのモダン・ジャズ・シーンで大人気を誇っていたドラマー、ジャンピエロ・ジュスティ。彼が所有した350GTは、ランボルギーニ最古の市販車として現存する。同個体はクラシックカー部門「ポロストリコ」により完璧にレストアされ、競技会などでその美しい姿を披露している。
1964年5月から生産をスタートした350GTは、新興メーカーであるランボルギーニの名を、瞬く間に世界中の富裕層の耳に届けた。1965年には、350GTの3.5リッターユニットをベースにボアを77mmから82mmへ変更、排気量を拡大した4.0リッター仕様を投入。最高出力は320ps/6500rpmまで高められていた。
ポール・マッカートニーも愛した400GT
1966年のジュネーヴショーでは、4.0リッターV12に2+2のキャビンをもつボディを組み合わせた「400GT」がデビュー。それまでアルミを使用していたボディ外皮は、ボンネットとトランクリッドを除いてスチール製となり、ヘッドランプもシビエ製の楕円形2灯式からヘラー製丸形4灯式へと改められていた。
この「400GT」を10年間所有していたのが、ビートルズのポール・マッカートニー。1968年製の赤の400GT(シャシーナンバー1141)は、1969年1月30日にロンドンのサヴィル・ロウ3番地の屋上で撮影されたビートルズのラストライブをはじめ、数多くのドキュメンタリーに登場している。
V12自然吸気ユニットの生産は終了へ
ランボルギーニの歴史とともに進化してきたV12エンジンは、2021年夏に登場した「アヴェンタドール LP780-4 Ultimae(ウルティマエ)」で“ひとたび”の完成形へと辿り着いた。6.5リッターの排気量を持つ60度V型12気筒自然吸気ユニットは、それまで最強だった「SVJ」を10ps上回る780psを発揮。アヴェンタドールに、0-100km/h加速2.8秒、最高速度355km/hのパフォーマンスをもたらした。
2022年をもって、ランボルギーニはV12自然吸気エンジンの生産を終了する。2023年に投入する初の量産ハイブリッドモデルの完成に向けて、エレクトリック・システムを搭載した次世代パフォーマンスカーの開発が目下進められている最中である。トリノで衝撃のデビューを飾ってからちょうど60年、ランボルギーニは次なるセンセーションを世の中に巻き起こしてくれるだろうか。