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Lamborghini Diablo
ミウラ、カウンタック、そしてディアブロへ
ミウラからカウンタックへと渡されたバトンは、1990年に新たなスーパースポーツへと引き継がれた。いかにも獰猛な姿と圧倒的パワーを与えられたそのクルマは、スペイン語で“悪魔”の名をもつ凶暴な闘牛にちなみ、「ディアブロ」と呼ばれることとなった。
“El Diablo”は、19世紀にベラグア公爵が所有していた伝説的な闘牛。1869年7月11日に、当時の有名な闘牛士、ホセ・デ・ララ(通称エル・チコロ)と壮絶な戦いを繰り広げた記録が残っているという。
ディアブロの開発は1985年にスタートしたと言われる。「プロジェクト132」と呼ばれた次期型モデルのデザインにあたっては、複数の外部デザイナーに声がかけられたが、最終的には鬼才マルチェロ・ガンディーニの案が採用された(しかし、当時同社の経営権を握っていたクライスラーの介入により、ガンディーニ本人には不本意ながら、後にいくばくかのデザイン変更が加えられている)。
492psの5.7リッターV12エンジンを搭載
開発の指揮をとったのは、アルファロメオF1チームからチーフエンジニアとして移籍してきたばかりのルイジ・マルマローリ。カウンタックを凌ぐパフォーマンスを実現するべく、ドライバーの背後には492ps/6800rpm、580Nm/5200rpmを発生する5.7リッターV12エンジンを縦置きした。これは、1963年にビッザリーニが設計した3.5リッターエンジンをベースに改良したユニットで、ウェバー・マニェッティ・マレリ製電子制御式燃料噴射システム(LIE)を搭載していた。
開発ドライバーには元ラリー世界チャンピオンであるサンドロ・ムナーリも参画。箱形断面の鋼管を用いてより頑強になったスペースフレーム構造、カウンタックの足まわりをベースにさらに洗練を極めた4輪独立サスペンションなど、シャシーも全方位で進化を遂げた。そして、ガンディーニによるエレガントで空力に優れたボディ造形や、電動ウインドウやエアコン、高性能オーディオシステムなどの快適装備の採用もあいまって、ディアブロは高い評価を獲得。11年もの月日にわたり、累計2903台が生産されるロングセラーとなった。
ランボルギーニ初の4輪駆動スーパースポーツ
後輪駆動モデルとしてデビューしたディアブロだったが、当初から全輪駆動モデルの投入を予定して開発が進められていたという。
AWD版は1992年のジュネーヴショーで一般に向けて公開。モデル名にVT(Viscous Traction)を加えたランボルギーニ初の全輪駆動スーパースポーツは、ビスカスカプリングを搭載し、通常は後輪駆動として走行、リヤがスリップした際には最大20%の駆動力を前輪に伝達した。さらに、電子制御ダンパーや、パワーステアリングも採用していた。なお、VT登場と同時にRWDモデルもパワステ化を果たしている。
50台限定のレース専用車も登場
11年という長いモデルサイクルで、絶えず高い注目度をキープするべく、ディアブロには様々な派生車や限定仕様が登場した。1995年12月にディアブロ ロードスターが登場。それまではワンオフモデルにのみ存在していたオープントップ仕様を、初めて量産モデルとして販売した。カーボンファイバー製のタルガトップ式とし、エンジンカバー上部に格納されるデザインを採用していた。
モデルサイクル終盤の2000年、6.0リッターまで排気量を拡大したV12エンジンを搭載した最強仕様が登場。最高出力550ps、最大トルク620Nmに達した。『Motor Trend』誌の計測では、0-60mph(約97km/h)加速は3.4秒。最高速度は205mph(約330km/h)を記録している。
そして2001年、V12スーパースポーツの系譜は、悪魔からコウモリ(=ムルシエラゴ)へと継承されていく。