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Volkswagen ID. LIFE
控えめな風貌に詰まっている“未来”
フォルクスワーゲンが発表したコンパクトサイズの「ID. LIFE(アイディー ライフ)」が話題を呼んでいる。これまでショーカーというと、スポーティだったり、見るからに高機能だったりと、性能を端的に表現するデザインが主だったのに対して、ID.LIFEはいかにも控えめ。でも、じつは、未来を見据えたフォルクスワーゲンのコンセプトが詰まっているという。
ID. LIFEがお目見えしたのは、2021年9月6日にドイツで開幕した「IAAモビリティ2021」、通称ミュンヘン自動車ショーである。紹介を担当したのは、フォルクスワーゲンのヘッド・オブ・デザインとして、デザインを統括するヨゼフ・カバン氏。そのあと、同氏は日本のプレス向けにスカイプを使ってインタビューの機会を提供してくれた。
「デザインはとてもクリアで、シンプルで、高品質です。そこには不要な装飾エレメントやアドオンパーツは一切装着されていません。また、複雑な素材の組み合わせも採用されていません。水平基調のボディ、ウインドウ、ルーフも、このクルマのシンプルな外観の創出に貢献しています」
想定価格は邦貨約260万円から
プレス向けに配布された資料では、上記のようにID. LIFEのデザイン上の特徴が説明されている。プラットフォームはID.ファミリーで共用する電気自動車用「MEB」を使い、それを少し短縮。4.1メートルの全長をもつ車体のフロントに172kWの電気モーターを搭載した前輪駆動だ。
もうすこしだけクルマの説明をすると、バッテリー容量は57kWhで、航続距離は400km(WLTP)。静止から100km/hまでは6.9秒で加速するとされる。さらに欧州のプレスの注目を集めたのは、2万ユーロ(約260万円)とされた想定価格。
ルノーも先ごろ、新しいピュアEV「5(サンク)」を280万円程度で2024年に発売すると発表して話題を呼んだばかり。ルノー5の航続距離は250kmとされているので、もしID. LIFEが発売されたらその上をいくことになる。
初代ゴルフやT1を手本にコンセプトを設計
「じつは、このクルマの発想の原点として、まったく走らないでも楽しめるように、というコンセプトがありました。私たちはクルマ・イコール・ドライブと考えます。でも、若いひとたちは、ドライブ以外の楽しみを見出しているんじゃないか。そう考えてコンセプトを作りました」
1993年のアウディを振り出しに、一時はチェコのシュコダのヘッド・オブ・デザインを務めるなど、フォルクスワーゲングループでデザイナーとして長いキャリアを持つカバン氏。フォルクスワーゲンブランド独自のありかたを、さまざまな方面で探っているということなのだ。
「スタイリングは、ビートルをベースにしたタイプ181(1961年)、初代ゴルフ(1974年)、それにトランスポーターとして愛されたT1(1950年)といったモデルがいかにエキサイティングだったか。それを頭の片隅においてコンセプトメイキングしました。メインストリームにはならなくても、(コンセプトで)おおいに注目され、キャラクターをしっかりもったプロダクト。それが私の考える、フォルクスワーゲン車なのです」
ジッパーで着せ替えできるルーフ
アウディQ2を連想させる直線基調のボディは、どちらかというとシンプル。現時点ではコンセプトモデルなので、実際にどうなるかは未知数であるものの、点灯時にパネルから浮き上がるようなヘッドランプとリヤコンビネーションランプなど、平面的なスタイルと相性のいいディテールも散見される。
スタイリングでユニークな特徴のひとつが、ジッパーによる脱着式ルーフ。ショーカーは100%リサイクルされたPETボトルから作られたエアチャンバーテキスタイルを使っている(ボンネットの一部にも)。一方、もし発売されたあかつきには、ユーザーがここをカスタマイズする自由を提供したいそうだ。素材や柄を変えられるようにすることで、ユーザーとクルマの結びつきを強くするのが狙いである。
「ショーカーではさらに、ボディのクリアコートにバイオベースの硬化剤と木材チップを使用した天然着色剤を使用。使っているうちにキズがついたり、経年変化で部分的にヤレてきて、それが味となる。スケートボードやRIMOWAのアルミニウムのスーツケースのように。いわばタイムレスプロダクトとして考えました」
プロジェクターでNetflixを鑑賞
「ドライブ以外の楽しみ」と、さきにカバン氏の発言を引用したとおり、ID. LIFEは“クルマ”と”人生の楽しみ”の橋わたしをしてくれるプロダクトだそう。
さまざまなタイプのデジタル体験のパートナー、というのがインテリアのコンセプト。たとえば、簡単な操作で映画を見たりゲームをしたりするためのラウンジに変えることが想定されている。オンラインゲーム機はもちろん、ダッシュパネルからスクリーンがするすると出てくるコンセプトも紹介された。
プロジェクターを備えているので、そこでNetflixなど配信の娯楽を楽しむこともできる。その際、特等席は後席シート。2人で観るときは、いわゆるベンチ型のフロントシートのバックレストを前に倒せばレッグレストに変わり、ヘッドレストはフットレストになる。
キャビンの中でできる冒険
ウインドシールドの傾斜角は、通常、空力を考えると寝かせることが多い。でもID. LIFEでは、スクリーンのことを考えて、できるだけ立たせている。4つの車輪の配置とボディの関係であるプロポーションは躍動的である一方、内部からデザインされた要素が組み合わされている。上手なデザイン処理だ。
「若いひとの傾向として、集まったり、シェアをするのが好き、というところに注目しました。コロナ禍で移動の自由を制限されたひとたちはフラストレーションがたまっていると思います。ID. LIFEは、新鮮な刺激が欲しいときに、遠くまでドライブしなくても、いってみればアドベンチャー体験、つまり新しい体験や刺激を手に入れられる手段なのです」
仲間と過ごせる遊びの場
カバン氏は、オンラインの画面でインタビューに応えてくれながら、自身の12歳になる息子のエピソードを持ち出した。
「ID. LIFEの開発中に、息子に、クルマのコンセプトについてどう思うか尋ねてみました。そうしたら、親のいないところで通信ができたり、仲間といられるならとても嬉しい、ということでした。それでこのクルマのコンセプトはウケるのでは、と思いました」
遊びの場としてデザインされたID. LIFE。フォルクスワーゲンはこれまでにも、クルマのメーカーでなくソフトウェアのプロバイダーになるなど、来るべき時代の生き残り策をいち早く探ってきた。
かつてはセダンでなく上質のハッチバックを出せば機能と性能の面で新しい市場が作れるとして、1970年代半ばに、ポロ、ゴルフ、シロッコを登場させ、目論見どおりの大ヒットを生んだ。そのモノづくりのDNAが、いまはID. LIFEとして結実したといえる。
ID. LIFEが示す小型EVの可能性
発売は、と訊ねられてカバン氏は「つねに可能性はあります」と答えていた。たしかに、こんなクルマがマーケットにあったら楽しそうだ。カバン氏はさかんに、ID. LIFEと今後登場が噂されているミニバンタイプのID. BUZZとのつながりを強調していた。ひょっとしたら、ここで紹介した魅力的な機能(の一部)は、まずID. BUZZに搭載されるのだろうか。
一方、ID. LIFEとサイズ的に近いといわれる、ID.シリーズ中もっともコンパクトになるだろうID. 1やID. 2も計画中だとか。キュートだけど、やや控えめにもみえるスタイルのID. LIFEの中身は、じつはけっこう濃いのである。
REPORT/小川フミオ(Fumio OGAWA)