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Mercedes-Benz 190 E 2.3-16
DTM用ホモロゲーション車両
メルセデス・ベンツ・ミュージアム、レジェンド・ルーム7「Races and Records(レースと記録)」の展示スペースは壮観な光景が広がる。ここでは、ラウンドしたバンクカーブに取り付けられた、7台の記録達成車両を見ることができる。
展示されている「メルセデス・ベンツ 190 E 2.3-16」は、40年前の1983年、イタリア・ナルドのテストトラックにおいて、5万kmを超える連続走行世界新記録を樹立した。
メルセデス・ベンツは、1982年にデビューした190シリーズをベースに、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)参戦ホモローゲーション車両として「190 E 2.3-16」を開発。「M 102」2.3リッター直列4気筒16バルブエンジンはコスワース・チューンにより最高出力187PSを発揮、標準仕様ながらも0-100km/h加速7.5秒、最高速度235km/hというスペックを誇っていた。
5万kmを201時間39分43秒で走破
正式発表に先だって、1983年8月13日にメルセデス・ベンツは3台の190 E 2.3-16を南イタリアのナルド・サーキットへと送り込んだ。走行中、サポートチームが確実に識別できるよう、車両はヘッドライト・カバーとサイドウインドウに識別用ラッピング(グリーン/レッド/ホワイト)が施された。ミュージアムに展示されているのは、グリーンの車両で、よく見ると、当時の痕跡を確認することができる。
1983年8月13日から21日にかけて、3台の190 E 2.3-16はいくつもの世界記録を樹立。最速車両は5万kmの距離を201時間39分43秒で走破(平均速度は247.9km/h)。この偉大な記録に加えて、3台は2万5000km以上の世界記録をふたつ、クラス記録を9つ樹立している。
これらの記録は、190 E 2.3-16に搭載された2.3リッター直列4気筒16バルブエンジンの信頼性と耐久性を証明することになった。ナルドの記録達成から約4週間後、メルセデス・ベンツはフランクフルト・モーターショーにおいて、190 E 2.3-16をワールドプレミアしている。
わずかな改造が施されたレコードカー
搭載されていたM102エンジンは最高出力187PSのノーマル仕様であり、インジェクション・システムとイグニッションは高負荷な運転条件に合わせてセッティング。さらに、パフォーマンス・カムシャフトを採用。ラジエーターは小型化され、ファンは取り外されている。
ラジエーターグリルは、エアダクトの目詰まりを防ぐため、クイックリリース式の防虫スクリーンでカバー。また、夜間の気温低下によるエンジンの作動温度低下を防ぐため、ラジエーター・ルーバーも取り付けられ、運転席からの操作でラジエーターの3分の2までをシャットダウンできるようになった。その他にも、ソリッド・ホイールの採用、30mmローダウン化、エンジンルームとアンダーボディをカバーで覆うなど、高速連続走行に向けて、エアロダイナミクスが最適化されている。
レコードカーはリバースギヤやパワーステアリングが取り外された。バンクのあるコースでの走行中、ほとんどステアリング操作が必要ないため、標準モデルに採用されていたパワーステアリングは不要だったのだ。また、レギュレーションに従い、リヤシートの代わりにエアフィルター、オイルフィルター、スパークプラグ、イグニッションケーブル、オルタネーターなど、重要な交換パーツや消耗パーツを搭載。修理はこれらのパーツを使ってのみ許可されている。
過酷なコンディションやアクシデント
ミュージアムに展示されているグリーンの車両は、走行中にディストリビューターアームを破損。ゲルハルト・レプラー率いるチームにとって、これは恐怖の瞬間だったという。それでもメカニックとエンジニアは、素晴らしいスピードで修復を行い、無事にコースへと復帰した。さらに、キツネとの衝突によるアンダーボディの損傷でさえ、グリーンの190 E 2.3-16を止めることはできなかった。
1983年8月、ナルドのコンディションは、クルマにとってもドライバーにとっても非常に厳しかった。12.6kmのテストトラックで行われた走行期間中、日中の外気温は40℃、車内は50℃を超えることもあったという。そんな過酷な条件下において、190 E 2.3-16は周回走行を重ね続けたのである。
公式計時とは別に、周回数、走行距離、平均速度を常にチームへと知らせるため、3台の車両には異なる周波数の送信機と異なるカラーのビーコンが取り付けられており、昼夜を問わずそれぞれの車両を明確に識別できるようになっていた。また、3色の取り外し可能なプラスチック・カバーが、昼間時にヘッドライトを虫による汚れや破損から守っている。
耐久性能試験以外にも得られた貴重なデータ
記録走行中も、ドライバー交代のため、190 E 2.3-16は定期的にピット作業を行った。このピットストップは給油と窓拭きのために行われ、1万7000kmごとに少し長めのピットストップも実施されている。ロングピットでは、すべてのタイヤとエンジンオイル、オイルフィルター、スパークプラグを交換。このタイミングでエンジンのバルブ・クリアランスも調整されている。
車両の耐久性テスト加え、当時のダイムラー・ベンツAGの研究グループは、この長距離走行を運転心理学の研究にも応用したという。彼らは史上初めて、正確に定義された条件下において、ドライバーのストレスに関する有意義な知見を得ることができたのである。これらの成果は間違いなく、現在のメルセデス・ベンツのクルマ作りの礎となっている。