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“レザーフリー”を推進するボルボ
持続可能な開発目標(SDGs)が、産業界のあらゆる分野で唱えられるなか、ボルボ本社では2021年9月24日に、レザーフリーを推進する、という記者発表を行った。レザーフリーって、じつはいま、どの自動車メーカーも本気で取り組み始めている、たいへん重要な課題なのだ。
レザーフリーとは、動物の皮革を自動車にしないことを意味する。むかしは人工皮革と本革といえば後者が高級でぜいたく、っていうイメージがしっかりあった。でも昨今では、イメージが逆転しつつある。
ボルボではまもなく発表が噂されている「C40 Recharge」のように、ピュアEVでレザーフリーインテリアを採用するんだそうだ。たしかに、ピュアEVとレザーフリーは、コンセプトが合致しているように感じられる。
メタンは強力な温室効果ガス
「レザーを使用しないインテリアへの移行は、森林破壊をはじめとする畜産による環境への悪影響を懸念して進められています。人間活動による世界の温室効果ガス排出量の約14%を家畜が占めていると言われており、その大部分は畜産によるものです」
ボルボは、2021年9月のプレスリリースで上記のように書く。牛のげっぷが環境汚染になる、って話、読者のかたも聞いたことがあると思う。最大の理由は、牛のげっぷはメタンガスを多く含んでいて、そのメタンガスは二酸化炭素の50倍以上の温室効果をもっているんだそうだ(25倍という説もあり)。
上記は、学研が子どものために主宰しているウェブサイト「キッズネット」上の情報。マクドナルド好きの子どもにはショックだろうけれど、農水省のサイトにも同じことが書いてある。
「牛のげっぷと排泄物は国内の農林水産分野の温室ガス排出量の3割近くを占める」(同省)そうで、そのため業界では、メタンガス発生の少ない飼料の研究にいそしんでいるとか。
テスラもモデル3で完全レザー不使用に
もうひとつ、レザーフリーへの移行が促進されるのは、米国のPeople for the Ethical Treatment of Animals(PETA=動物の倫理的扱いを求める人々の会)といった団体への配慮から。株主総会でかつてそのことを要求されたテスラでは、2019年のモデル3でレザーフリーのインテリアを実現したのが、記憶にあたらしい。
話がなかなかボルボに戻らず、すみません。いちおう、レザーフリーにもおおいに期待ができることを、テスラの例をひいて書き留めておこうと思い、私自身の体験を思い出している次第です。
最初にモデル3に乗ったとき、シートの手触りがよくて、テスラの日本法人に勤めているひとに、「セミアニリンレザーですか、いい感触ですねえ」と感想を述べた。すると、ふふふと笑われて、「すべてレザレット(人工皮革)ですよ」と指摘された。これにはおどろいた。
当初、テスラのイーロン・マスクCEOは、シートは人工皮革で張れても、ステアリングホイールでは汗や脂で滑りやすくなるため、むずかしい課題だということを示唆していた。でも最終的にその難問を解決したのである。
「動物被害をなくすためにできることを行う」
ボルボも、少なくとも日本のユーザーの多くがこのブランドに対して抱くイメージからすると、環境にも乗る人にもやさしそうだ。未塗装のナチュラルな仕上げのオークやビーチ製のスウェーデン家具や、湖や自然や草原や空を広告に使っているからかもしれない。
「動物製品を含むこれらの素材の需要を減らすことに貢献し、動物被害をなくすためにできることを行うという、倫理的な立場を強くとっています」
ボルボ・カーズのグローバル・サステナビリティ・ディレクターであるスチュアート・テンプラー氏の言葉を、ボルボはプレス向け資料のなかで引用。レザーフリーへの移行の背景には、やはり、動物福祉の観点も重要なポイントであると述べている。
「ボルボ・カーズは、プラスチック、ゴム、潤滑剤、接着剤などの材料の一部として、あるいは材料の製造や処理におけるプロセスケミカルとして、一般的に使用されている家畜生産からの副産物の使用を減らすことにも取り組んでいます」
2020年にボルボ・カー・ジャパンでは、XC90に限定的に「テイラードウール・エディション」を設定したこともある。ファブリックならではのやさしい感触と、ソフトな座り心地が気持ちのいい仕様だった。ランドローバーのためにデンマークの高級ファブリックメーカーであるクヴァドラ社が開発しているウールシートと、双璧をなすように感じられたものだ。
アウディはステラ・マッカートニーとコラボ
そういえば、アウディも“ビーガンインテリア”の重要性に着目している。ビーガンは通常、徹底した菜食主義者を意味する言葉で、自動車の世界ではアニマルフリーの言い換えに使われる用語だ。
アウディがビーガンインテリアを大きく喧伝したのは、2021年6月に中国・上海で開催された「デザイン・シャンハイ」で。アウディe-tron GTクワトロの内装から、本革を追放したことを謳った。
上記の仕様は、ステラ・マッカートニーとのコラボレーションから生まれたもの。「ファッションは動物を使わなくても十分ラグジュリアスになれる」と謳う英国のファッションデザイナー、ステラ・マッカートニーをかつぎだすのに成功したのは、英国のジャガー/ランドローバーにとって“先を越された”感もあったかもしれない。
そもそも、ステラ・マッカートニーのお母さん、故リンダ・マッカートニーは、さまざまな面で有名だった。最たるものは、ポール・マッカートニーの妻であったことで、同時に写真家であり、アクティブな動物愛護運動家であり、菜食主義者であり、菜食主義のレシピ本を何冊も著している。
料理研究については、ポールとのあいだに生まれた最初の娘、メアリーが引き継いで『Food: Vegetarian Home Cooking』などのレシピ本を出版している。ステラはさらに積極的に、母から伝えられた動物や自然を愛しそれを世界中に広める精神を発揮しているといえる。
話をアウディe-tron GTクワトロの内装に戻すと、ここで使われているのは旭化成の人工皮革「ディナミカ」だ。超極細短繊維と水系ポリウレタンからなる独自の3層構造による「緻密に絡み合った超極細繊維が生むなめらかで上質なタッチ」と「発色」のよさが喧伝される素材である。アルピーヌ A110Sもすでにカタログに載せている。
高級セダンに本革を使った本来の意味
個人的な感想としては、レザーよりもファブリックのほうが好みだ。もちろん、オープンカーなど耐候性が重要だったり、シートの上に土足であがるような乗りかたをするひとは、ファブリックを忌避する傾向にあるのは事実。でも、あえて本革でなくてはいけない時代は終わりに向かっているかもしれない。
そういえば1960年代までは、運転手つきで走らせる高級セダンの内装は、前席が革張り、後席はベロアとかシルク、というのが多かった。馬車時代のランドーにはじまり、小型のランドーレットやブルーアムなどの形式では、みな御者席に雨よけがなかったためだ。自動車の時代になっても、1930年代まではそういうスタイルを好むひとがいた。
日本のメーカーは声高に、本革の時代は終わってますよ、というところはないようだ。でもそのうち、ひょっとしたらテスラの例であったように、気がつかないうちに人工皮革に変わっているかもしれない。もしそうなったら、それって洒落たやりかたのように思える。
REPORT/小川フミオ(Fumio OGAWA)