緊急脱出用ハンマーの誕生と初搭載の歴史

緊急脱出用ハンマーは、自動車事故や水没などの際に「車内に閉じ込められるリスク」から命を守るために開発された安全装置だ。この道具が誕生したきっかけは、1980年代にドイツで起きたある自動車事故にさかのぼる。

発明したのはヘルムート・レヒナー氏。彼は交通事故で車内に閉じ込められた経験から、素手では窓を割ることが困難であることを痛感し、より安全に脱出するためのツールとして世界初の車載用緊急脱出ハンマー「Lifehammer(ライフハンマー)」を開発した。1982年に製品化されると、ヨーロッパを中心に大きな反響を呼び、欧州メーカーの一部では純正オプションとして採用されるようになった。

日本でこのツールが注目を集めるようになったのは1990年代後半。高速道路での多重衝突事故や河川付近での転落事故を契機に、国土交通省や自動車安全団体が「車内閉じ込め対策」として緊急脱出用ハンマーの必要性を訴えるようになった。

そこで注目されたのが、レスキューマンの商品名で知られる丸愛産業だ。当社は日本における緊急脱出ハンマーのパイオニアで、多数の国産車の純正アクセサリーとして採用されている。

国内で初めて搭載したのは三菱自動車であり、その後は一部の国産車でもメーカー純正アクセサリーとして搭載された。特に大型バスやタクシーでは標準装備化が進んでいる。現在では市販品も多様化しており、通販サイトやカー用品店で手軽に購入できるようになった。

しかしながら、製品によっては強度や品質に大きな差があるため、JIS規格や国土交通省推奨マークを取得したものを選ぶことが推奨されている。

豪雨・水没時に備える脱出行動の基本

水没した車からの脱出手順、なお「合わせガラス」は、脱出用ハンマーでも割ることができない!(出典:国土交通省)

近年、ゲリラ豪雨や台風の影響で道路冠水や河川氾濫が増加しており、水没車両からの脱出が問題視されている。

国土交通省の調査によると、車が冠水路に進入して水没した場合、ドアやパワーウィンドウはわずか数十秒で作動しなくなる可能性が高いという。そのため、事前の準備と迅速な判断が生死を分けることになる。国土交通省では水没時の行動手順についてのガイドラインを公表している。

内容は以下の通りだ。

  1. 落ち着いてシートベルトを外す
    驚きやパニックで動けなくなるケースが多いため、まずは深呼吸して冷静さを保つことが重要
  2. パワーウィンドウが動くうちに窓を開ける
    水圧がかかる前なら電動ウィンドウが開く場合がある。まず最初に試すべき行動である
  3. 窓が開かない場合はハンマーで割る
    車のドアは水圧で開かなくなるため、脱出用ハンマーで窓ガラスを破砕して脱出する
  4. 合わせガラスは割れないことを知っておく
    フロントガラスは合わせガラスのためハンマーでは割れない。サイドウィンドウやリアウィンドウを狙うのが正しい方法である

国土交通省が公開している「水没車両からの脱出手順」でも、窓を割るための脱出用ハンマーの常備が強く推奨されている。

注意すべき点としては、近年の車は安全性向上のため合わせガラスの採用が増えていることだ。合わせガラスの場合、脱出用ハンマーを使用しても窓ガラスを割ることはできない。そのため、対応可能な窓の位置を事前に確認しておくことも重要だ。

緊急脱出用ハンマーの種類と特徴

緊急脱出用ハンマーの種類と特徴

一口に「緊急脱出用ハンマー」といっても、製品によって形状や破砕方法が異なり、使いやすさや適したシーンも変わってくる。ここでは代表的な3種類のタイプを紹介し、それぞれの特徴と選び方のポイントを解説する。

金づちタイプ(ハンマー型)

最も一般的で普及率が高いタイプ。小型のハンマー状になっており、先端をガラスに強く打ち付けることで割る仕組みである。

特徴は以下の通り。

  • 握りやすく直感的に使えるため、初めての方でも扱いやすい
  • 一定の力が必要なため、力の弱い方や高齢者にはやや不向き
  • 車内の複数人で使い回しやすく、シンプルな構造で故障リスクが低い

おすすめは、助手席側ドアポケットやセンターコンソールなど、手の届きやすい位置への設置だ。

ピックタイプ(先端尖頭型)

先端が鋭いピック状になっているタイプで、少ない力でもガラスに集中して衝撃を与えることができる。

特徴は以下の4つ。

  • 小型で軽量な製品が多く、片手でも操作しやすい
  • 力の弱い人でも比較的容易にガラスを割ることが可能
  • 一方で先端が尖っているため、誤って触れるとケガのリスクがある
  • 小さな車内ポケットにも収納でき、携帯性が高い

女性ドライバーや高齢者、力に自信のない方には特に向いている。

ポンチタイプ(スプリング式)

最近注目度が高まっているのが、バネの力を利用したスプリング式のポンチタイプである。先端をガラスに押し当てると内蔵スプリングが自動で強い衝撃を発生させ、少ない力で窓を割ることができる。

特徴は以下の通りだ。

  • 力をほとんど使わず片手で操作可能
  • ガラスに先端を押し当てるだけで作動するため、緊急時でも扱いやすい
  • コンパクトで軽量、キーホルダー型の商品も増えている
  • 電池不要でメンテナンスフリーだが、内部のバネ機構が劣化すると威力が低下する可能性もある

子どもや高齢者が同乗する家庭用車両にもおすすめのタイプである。

シートベルトカッターと併用する安全対策

シートベルトカッターと併用する安全対策

緊急脱出用ハンマーと並んで、近年注目されているのがシートベルトカッターだ。

交通事故や水没時には、シートベルトのバックルが外れなくなるケースが少なくない。ベルトがロックされると身動きが取れなくなり、窓を割るどころか体を動かすことすら困難になる。こうした事態に備えて、シートベルトカッターを備えておくことが重要だ。

シートベルトカッターの仕組みと特徴

シートベルトカッターは、刃をガードで覆った安全設計の小型ツールで、シートベルトに刃を押し当てて引くだけで簡単に切断できる。近年は脱出用ハンマーと一体型になった製品も多く、コンパクトかつ高い安全性が確保されている。

ベルトがロックされても素早く切断でき、車内での脱出時間を大幅に短縮できることがメリット。普段は刃が露出しない設計だが、取り扱いには十分注意し、子どもの手が届かない場所に設置することが望ましい。

国土交通省が推奨する搭載位置

緊急脱出用ハンマーやシートベルトカッターは、運転席から届く場所に設置すること。

国土交通省のガイドラインでは、緊急脱出用ハンマーやシートベルトカッターは「運転席から手を伸ばしてすぐ届く位置」に設置することが強く推奨されている。設置場所は「ドアポケット」「サンバイザー裏」「センターコンソール」「運転席と助手席の間の小物入れ」が代表的だ。

特に水没事故では、車が水に沈むまでおよそ1分程度しか猶予がない。そのため、車内のどこにツールを置くかは非常に重要だ。

安全対策としてのベストプラクティス

緊急脱出用ハンマーとシートベルトカッターは、別々に用意するよりも一体型製品を選ぶことで管理がしやすくなる。また、実際に手に取って操作を試す「模擬体験」も有効だ。非常時に初めて使うと戸惑うことが多く、事前に練習しておくことでスムーズな行動につながる。

命を守るための備えと正しい使い方

緊急脱出用ハンマーやシートベルトカッターは、ただ車内に置いておくだけでは意味がない。実際の非常時に迷わず使うためには、事前の備えと正しい使い方の理解が欠かせない。

水没事故や車両火災では、初動30秒〜1分の判断が生死を分ける。「備えあれば憂いなし」という言葉の通り、ツールを持ち、正しく使いこなせるように準備しておくことが、家族や自分の命を守る最善の手段だ。