「太平洋ベルトからの距離」が生み出す地域の価格差

ガソリン価格の地域差を生み出す最大の要因は、製油所からの距離だ。
日本の製油所は主に太平洋ベルト地帯に集中していることから、千葉、川崎、大阪、水島(岡山)などの大規模製油所から遠ざかるほど、輸送コストが上乗せされる。そのため、タンクローリーやタンカーでの長距離移動となる東北や北海道へのガソリン輸送は、その分コストが上昇する。特に遠隔地の北海道や山陰地方、四国南部、九州南部などは、輸送コストが高くなりがちだ。
石油元売り会社は、この地理的要因を反映した仕切り価格(卸売価格)を設定している。同じ元売りでも東京と青森では、仕入れ価格が異なると言うことだ。実際、資源エネルギー庁の統計によれば、製油所から200km以上離れた地域では、ガソリン1Lあたり平均3〜5円ほど価格が高くなる傾向が見られる。
近年では、共同配送システムや中継基地(油槽所)の戦略的配置により物流効率化によるコスト削減の試みも取り進められてはいるものの、物理的な距離の壁は完全には解消できていないようだ。
都市部では下がり、地方では上がる。「競争環境と購買行動」による価格差

ガソリン価格の地域差は、単なる輸送コストだけではなく、競争環境も大きな要因だ。都市部、特に首都圏では多くのガソリンスタンドが密集し、熾烈な価格競争が繰り広げられている。一方、人口密度が低く、ガソリンスタンドの数が限られている地方では、価格競争が起きにくい。
石油情報センターの調査によると、人口10万人あたりのガソリンスタンド数は、都市部と地方で最大3倍もの開きがある。また、都市部では大手石油元売りの直営店や旗艦店が多く、価格競争をリードする傾向がある。対照的に、地方では中小の独立系ガソリンスタンドが多く、経営効率や仕入れ条件において不利なケースも多い。
特に興味深いのはガソリン価格競争の都市部と地方の違いにおける価格変動の差だ。都市部では値上げの反応が敏感なため、細かく小幅に価格変動する場合が多いのに対し、地方では価格変動の頻度が少なく、一度の変動幅は大きい傾向がある。これには、車の利用頻度や移動距離などによる、顧客の購買行動の違いも反映されているようだ。
COSTOCOやENEOSウイングをはじめとした大型セルフ店も地域差に影響している。これらの低価格志向の店舗は、都市部や主要道路沿いに集中しており、周辺の価格相場を押し下げる効果がある。ガソリンに限らず、同業者が密集する地域で価格が安くなる傾向にあるのは自然な現象と言える。
寒冷地ではさらに高価格に。「灯油需要」とガソリンの相関関係

北海道や東北などの寒冷地においては、輸送コストや競争環境以外に、灯油需要もガソリン価格に影響を与えるもう一つの要因と見られている。
冬季の暖房用灯油の需要が高まる時期、石油精製会社は生産調整を行い、灯油の生産比率を高める。その結果、灯油と同じく原油から精製されるガソリンの生産量は相対的に減少し、需給バランスに変化が起こるのだ。
特に北海道では冬季の灯油需要が非常に高く、寒さがピークを迎える1〜2月には、ガソリン価格が上昇する傾向がある。道内の価格変動を分析すると、気温の低下とガソリン価格には明確な相関関係が見られる。
加えて、寒冷地においては、低温でもエンジンが始動しやすいよう調整された特殊な配合のガソリンが供給されている。このような寒冷地仕様(ウインターブレンド)のガソリンは、一般的なガソリンと比べて製造コストがやや高い。そして、灯油とガソリンの価格差が大きい地域ほど違法流用、つまり、灯油をガソリン代わりに使用するリスクも高まるとされている。
ガソリン車に灯油を使用する行為は、燃焼特性の違いからエンジンに損傷を与える可能性もあり、非常に危険な行為だ。そんな違法流用を防止するため、灯油には識別用の着色料や化学物質(クマリン)が添加されており、ガソリンに混ぜると検出可能になる。
しかし、当然ながら都市部に住むドライバーに比べて、寒冷地などの郊外に住まうドライバーはガソリンの消費量は多くなる傾向があるため、経済的負担は大きい。灯油の違法流用の根本的な要因を排除するためにも、ガソリンとの適正な価格差を維持する必要性が石油業界や関連研究では議論されているようだ。
「透明性」がもたらすガソリン価格の適正化と地域差の収束
スマートフォンの普及により、ガソリン価格の地域差は「見える化」されつつある。価格比較アプリの登場によって、消費者はリアルタイムで周辺のガソリンスタンドの価格を比較できるようになった。この価格透明性の向上は、特に都市部での価格競争を一層加速させている。
都市部だけではなく地方でも、主要道路沿いのガソリンスタンドは価格競争に敏感になってきた。「gogo.gs」などの価格情報サイトによると、価格比較アプリの利用ユーザーが多い地域ほど価格競争が活発化する傾向が報告されている。消費者側から見た価格の透明性だけでなく、近年の石油業界の取り組みにも注目したい。
一部の石油元売りでは、原油価格や為替レートの変動に連動して、従来よりもさらに頻繁に小売価格を調整する価格変動型の販売戦略を導入し始めている。この方式が普及することにより、将来的に地域間の価格差が縮まり、場所を問わずガソリン価格がほとんど統一する可能性もある。
地域によっては、行政がガソリン価格情報提供サービスを主導するケースも出てきた。沖縄県では観光客向けに県内のガソリン価格マップを提供するなど、透明性向上の取り組みが進んでいる。デジタル化が進み、適正な取引が尊重される現代では、長年埋めることのできなかったガソリン価格の地域差も縮まる兆しを見せている。
輸送コストなど物理的な距離の課題や地域ごとの競争環境の違いに関しては、今後も残る可能性が高いものの、より現実的な価格差に収束する傾向にあるのは間違いないと言える。