“スピンしない魔法のFR”!? 「スバル・アルシオーネSVX」のVTD-AWDシステムの真価を凍結路面で実感した!【2022、今年のクルマこの1台】

モータージャーナリストが2022年を振り返り、一番印象に残ったクルマを選ぶこの企画。モータージャーナリスト随一の「スバルオタク」として知られるマリオ高野さんが選んだのは、なんと「スバル・アルシオーネSVX」! デビューから20年以上経ったクルマにも関わらず、氷雪路でのVTD-4WDの走りに強い衝撃を受けたという。

昨シーズンの冬(2022年1月)、スバル・アルシオーネSVXの雪上/氷上走行を楽しむ機会に恵まれて感動した。
アルシオーネSVXそのものは昔から何度も試乗してきたが、雪上/氷上での試乗経験はそれが初めてであり、スバルが今も一部の車種(WRX S4とレヴォーグの2.4リッター車)に採用する四駆システム「VTD-AWD」の初期世代がもたらす低μ路での走行フィールに大きな衝撃を受けたのだった。

アルシオーネSVXとVTD-AWDとは?

スバル・アルシオーネSVXについて簡単におさらいすると、スバルが1991年から1996年に販売した2ドアクーペで、ジョルジェット・ジウジアーロがエクステリアの原案デザインを手がけたことなどで今も評価が高い。3.3リッターの水平対向6気筒エンジンと4速ATに組み合わされるのは、当時の新開発四駆システム「VTD-AWD(当時はVTD-4WDと表記)」で、複合遊星歯車(プラネタリーギヤ)式センターデフと電子制御LSD(油圧多板クラッチ)で構成される、高出力AT車向けに開発した四駆システムである。

1991年に発売されたスバルのフラッグシップクーペ。バブル崩壊とRV(レクリエーショナルビークル)ブームにより商業的には振るわなかったが、水平対向6気筒エンジンやVTD-AWDシステムのもたらす走りは高く評価された。

当時の基本的な前後トルク配分は前35:後65で、通常時のデフフリーの状態から後輪寄りの駆動配分とするのが最大の特徴だ。前輪の縦方向のグリップ負担を減らしてFR車的な回頭性を追求しつつ、低μ路では前後直結状態に近くなるなど、曲がりやすさと走破性を高い次元で両立。四駆の安定性とFRの回頭性を高い次元で両立するための駆動システムといえる。

グラス・トゥ・グラスのラウンドキャノピーは、ジウジアーロのデザインをなるべく忠実に再現する努力がなされた。一方で、ミッドフレームウインドウは開口面積が狭く、ETCの普及していない当時では有料道路での使い勝手に難もあった。

1980年代のスバルの主力車種レオーネは、悪路走破性は高いもののアンダーステアが強く、ファン・トゥ・ドライブ性に欠けると評価され続けていたので、レオーネ時代からすべてを刷新したフラッグシップに位置づけられる新世代のスポーツクーペ・アルシオーネSVXでは、それまでの評価を覆す操縦性の高さを追求。
その結果誕生したのが「VTD-AWD」だった。
アルシオーネSVX以降はレガシィのGT系やインプレッサWRXなど、高出力スポーツモデルのAT車に採用され、「ヨンクは曲がらない」のレッテルを払拭する大きな原動力となった。
ちなみに、VTDとは「バリアブル・トルク・ディストリビューション」の略だ。

実用性よりもスポーティさを重視したセッティング

低μ路で乗るアルシオーネSVXは「スピンしない魔法のFR」という、素人ドライバーにとっては理想的な夢のスポーツカーだった。D1グランプリマシン的な深めのドリフトアングルをつけても、アクセルを踏み続ける限り、滅多なことではスピンしない。
雪上路面では、普通の交差点でもアクセルを踏みすぎるとリヤがすぐに流れだし、思いのほかピーキーなハンドリングに驚かされるが、そこからアクセルを少し踏み足すとフロントが引っ張ってスピンモードが見事に収束してくれる。これが痛快の極みだった。

氷上レベルのμの低さになると、オーバーステアとアンダーステアの振れ幅がとても大きくなり、コントロールの難易度はやや高くなるが、それゆえにこれ以外の四駆システムでは味わえない面白さがある。一般的なFR車よりははるかに挙動を立て直しやすいとはいえ、FR車を扱うような繊細さが求められるため、ドリフト初心者のドラテク磨きにはうってつけだ。

一方、急勾配の低μ路や深めに積雪した状態からの発進性能は他の四駆システムに及ばないところもあり、スポーツモデル以外の実用車には不向きなシステムであることも実感。
また、この時代のスバルの4ATはダイレクト感に欠けるため、定常旋回をキープするような場面では繊細なアクセルワークがしづらいものの、NA3.3リッターの低速トルクがそれをカバーしてくれる面もあった。3.3リッターのエンジンは、バブル経済期のノリと勢いで安直に選ばれたのでは決してなく、こういう領域での扱いやすさも考慮した意味のある排気量だと感じられたのも有意義だった。

進化したVTD-AWDにはない独特の味わい

現代のスバル車に搭載される「VTD-AWD」の前後トルク配分は前45:後55と比較的穏やかな数字で、スロットル開度やエンジン回転、車速、前後輪の回転差をセンシングし、走行状況の変化に応じてトルク配分を制御。横滑り防止のVDCも統合的に差動するので低μ路でもピーキーさはなく、はるかに安定性が高くなっているが、アルシオーネSVX時代の「VTD-AWD」はとにかくヤンチャだ。

レオーネ時代に貼られたレッテル「スバルは曲がらない」という酷評を覆すことへの執念を感じずにはいられない。雪上/氷上で乗ることにより、デビューから30年経った今になってようやくアルシオーネSVXの真価が味わえたのだった。

■スバル「VTD-AWD」の簡単な歴史

1991年:アルシオーネSXVとともにデビュー
当時の後トルク配分は前35対65とかなりリヤ寄りだった。

2003年:4代目レガシィから前後トルク配分を前45対後55に変更
車体の剛性向上などにより旋回性能が高まったため。

2009年:5代目レガシィからCVTとも組み合わされる
VDCの差動状態も常にモニターしながらVTDを制御。通常時はトルクロスの少ない配分としていた。ホイールスピン制御なども追加。

2014年:初代レヴォーグからトルクベクタリングを装備
より曲がりやすくなりVTDの持ち味も発揮。

2021年:2代目レヴォーグSTIスポーツR/2代目WRX S4に搭載
スポーツモード時には前後駆動締結力を弱めて回頭性を向上。

キーワードで検索する

著者プロフィール

マリオ高野 近影

マリオ高野