匠の技をデジタル化・見える化
トヨタのモノづくりを支える高い技能、そして「匠」。それがトヨタの強みでもあるが、トヨタといえども、やはり共通の課題を抱えている。
その課題とは
・労働者不足
・教えられる匠の減少
・習得に時間を掛けられない
である。そこで、デジタル技術を活用して技能継承する試みが行なわれている。つまり、技能継承を「早く」「簡単に」というわけだ。
その実例として、シーラー塗布工程の技能習得の模様を見せてもらった。
シーラー工程とは、板と板を溶接したあと、その隙間にシール剤を塗る工程で、防水防錆の重要な工程だ。速くしかも複雑な動きで作業が難しい→技能習得に時間がかかるという。
まずは、実演を見せてもらった。
シーラーガンを巧みに使って、滑らかに、しかもあっという間(感覚的には1秒ちょっと)に正確に塗布していた。さすがだ。
速く複雑な動き。この難しい技能をどのように習得していくか。
従来は、実際にシーラーを塗布しながら学んでいた。訓練者の様子をマンツーマンで上級者が見てアドバイスをする。シーラーガンの動かし方、角度などについて口頭で指示を出すのだが、訓練者側は言葉で言われてもなかなか動作で再現できない。そこで、デジタル技術の出番だ。
まずは、匠と話しながらシーラー塗布の複雑な動きのキモを理解し、分解する。正しく塗るために必要な動作は、次の5つの要素に分解できる。
塗布始め/終わりのタイミング/シーラー塗布移動速度/ガンレバーの握り量/シーラー塗布角度/ノズル押さえ圧
それをどうデジタル(数値)に置き換えるか?
シーラーガンを改造して、モーションキャプチャー、リニアセンサー、歪みゲージを取り付けた。モーションキャプチャーは、基準マーカーと計測マーカーを撮影して、位置座標、角度が検出できる。これで、5つの要素を数値化できた。しかし、数値化しても、それだけでは訓練者はうまく活用できない。そこで、訓練用のアプリを作った。
アプリとシーラー塗布デジタル訓練機を組み合わせたもので、訓練者はトレーニングする。
今度は、それを見せてもらった。
訓練者はヘッドマウントディスプレイを被り、シーラー塗布デジタル訓練機を操る。訓練者が見ている情景がモニターに映し出されていた。
画面に青色のガンが見える
青色のガンは匠の動きを取ったデータ。それを見える化させて、なぞりながら訓練(シャドーイング)する。速度だけ、角度だけをもっと学びたい場合は、そこに特化した訓練ができる。ある程度できるようになったら、訓練者自身の動きを見える化する。動きのデータを見える化すると、「もう少し気持ち速く」というのが、実際にどれくらい速いのか匠と訓練者で比較できる。角度もどれだけ寝かせればいいのか、デジタルなので、部位ごとに表現できるわけだ。
また、これまで匠や上級者がマンツーマンで訓練してきたが、その必要もなくなり、教える側の負担が減り、別の仕事ができるようになった。ここも効率化だ。
暗黙知を見える化することで自分の動きと匠の動きでどこが違うか明らかになる。すると練習の効率が上がるり、効率的な技能習得ができるわけだ。人によって、「5割から8割減」の時間で習得できるようになったという。技能習得工数で11時間が1.9時間になったという。
従来の11時間のかなりの部分が、実際に塗ったシール剤を次の訓練のために掻き取る作業に充てられていたというから、デジタルになってその時間も不要にできた。
されに言うと、これらのデジタルを活用した技能継承のアイテムは、すべてトヨタ内製だという。ここも強みだ。外注するとどうしてもブラックボックスができてしまう。内製なら、それがない。
デジタルを活用した技能継承で、効率的に技能者を育成できる。匠の技能をデジタル化することで、それをロボットに転写して自動化できる可能性もでてくる。
シーラー塗布の工程の技能習得は、デジタル化・見える化ができたが、自動車の生産工程の技能がすべてデジタル化できたわけではない。習得にまだ長い期間がかかっている技能もある。トヨタは、高技能が必要な工程にこの方法を展開していくという。
また、世の中の匠の技能にも使えるのではないか。日本の伝統工芸など、技能習得まで時間がかかる。ここにもこういうアイデアが使えるのではないかとも考えている。
後継者不足・匠の高年齢化などで継承が危ぶまれている伝統工芸の技能、あるいはスポーツのフォームの習得などに、この技術が使われる未来がすぐ近くにきているのかもしれない