アシンメトリックLSDの構造と作動原理:マツダ・ロードスターの新機軸

大改良を受けたマツダ・ロードスターに採用されたアシンメトリックLSD。その構造と作動原理を解説する。
 

MY2024と呼べばいいのだろうか。マツダ・ロードスターが大幅商品改良を受けたのは本サイトでも既報のとおり。トピックのひとつがアシンメトリックLSDの採用で、これにより「減速側の差動制限力を強めることで、後輪の接地荷重が減って不安定となりやすい減速旋回時の安定性を向上しました。街中ではさらに軽やかに、ワインディングでは安定性が格段に向上しています(主査・齋藤茂樹氏)」という効果を実現した。

LSDがどのような構造でどのような機能を果たすものなのかについては、これも本サイトをはじめとした各所で報じられているであろうから、ここでは多くを綴らない。一言で言えば「左右の回転差を許容するデファレンシャルギヤについて、左右回転差(=差動)を制限したいシーンでそれを発動させる機構」で、その制限する仕組みに各社がさまざまな機構を発案してきた。

では今回のアシンメトリックLSDの差動制限機構とはどのようなものか。構造としては、サイドギヤを二枚におろしてカムリングという部品を新たに付与したことがポイントである。

直進時はデフケースごと全体が回っているデファレンシャルギヤ。その内容物であるピニオンギヤ+サイドギヤもなかよく静かに(回らず動かず)収まっている。旋回時など左右ドライブシャフトの回転差が生じるとサイドギヤが回り始め、するとカムリングとのねじれが瞬間的に生じる。サイドギヤとカムリングの接触部にはカムが設けられていて、ねじれることで両者は離れようとする動き(スラスト力:横力)となり、テーパリングを介してカムリングが押し付けられる格好でサイドギヤが回りにくくなるという仕組み。

少々やらせの写真で恐縮だが、カムリングが作動する様子。カムに乗り上げることでサイドギヤとの距離が開きテーパリングに押し付けられることで差動制限が生じる。実際のトラベルは1mmにも満たない極小領域だという。
(FIGURE:Mazda)

このカム形状を減速側回転方向/加速側回転方向で異ならせていることが、アシンメトリック=非対称と称する理由である。減速側の斜面を緩やかにすることで乗り上がりやすく、つまり差動制限が強くなる仕組み。一般に、加速側のみの差動制限を実現する1way式、加減速共に同等の効きを実現する2way式に対して、減速側を弱める1.5way式LSDという製品があり、今回のアシンメトリックLSDは利かせ方は逆であるものの、これに相当するものといえるだろうか。ちなみに従来型のスーパーLSDは2way式である。

「減速するときは車両リヤが浮き上がるので、どうしても不安定になりやすい。減速方向だけを強めたいというのが最初のアイディアで、そのために、このサイドギヤをふたつの部品に分解しました(操安性能開発部首席エンジニア・梅津大輔氏)」

従来型のスーパーLSD。構造はシンプルだが加減速の差動制限は同率。
操安性能開発部首席エンジニア・梅津大輔氏。手にするのは従来のスーパーLSD。
「990Sっていうのは、あのサスペンションセットと軽さのおかげでもあるんですが、どちらかというとオープンデフの効果なんです。だから今回のアシンメトリックLSDは、オープンデフの良さとLSDの安定性を両立するところがポイントでした」

サイドギヤのねじれから始まる差動制限までの時間や強さをコントロールするのが、スラスト方向に隙間を作るばねの存在。これが早くつぶれればLSDとしての機能はマイルドになるし、剛性が高ければデフロックまでの時間が短くなる。「アシンメトリックLSDでは皿ばねを用いることでイニシャルトルクを緻密にコントロールしました(梅津氏)」。

下がサイドギヤ、上右がカムリング。両者の間に挟まりイニシャルトルクを担うのが皿ばね(上左)。

では音や耐久性はどうか。

「ベベルギヤ自体は普通のデファレンシャルの構造ですから差はありません。差動時のクラッチ部には細かい油溝を掘ってあって、そこで潤滑をきちんと維持するようにしています。多板式で生じるようなチャタリングの類はまったくなく、ここだけが摩擦なので、音はまったく出ません。耐久性に関しても問題ないことを確認していまして、オイル交換も不要。オイル自体もスーパーLSDのものと同じです(梅津氏)」

左がテーパリングの接触面側、右(およびテーパリングの奥)がカムリング。テーパリングの接触面には放射状の溝があるのはご覧のとおり。カムリングには円周方向におおきくふたつの溝が切られているのに加え、実際の接触面にはごく細かい溝がさらに穿たれている。
アシンメトリックLSD。これが——
この中にちょうどこの方向に収まっている。

実際に旋回してみると、従来のスーパーLSD車に対して旋回初期から脱出時までの挙動がきわめて滑らかで連続性のあるものになっていることに気がついた。S-LSD車が「ブレーキかけて前荷重、はい操舵!」「曲がり始めて安定」「コーナー抜けるからアクセル!」というアクションをそれぞれとっている自身の操作に対して(これはこれでバイクのようで楽しい)、アシンメトリックLSD車はこれらの境がいい意味で曖昧、おそらく同乗者も車両挙動の乱れが少なくなったと感じているだろうというイメージである。まるで自分が上手になったかのように錯覚させてくれる本機構の効果に舌を巻いた。

(PHOTO:Mazda)

気になるレトロフィット事情。従来車はデファレンシャルのサイズが1.5Lと2Lの2種類があった。今回は1.5Lの出力が向上したこともあり、2Lの高剛性ユニットに統合している。ということから、パワープラントフレーム、デファレンシャルケース、ドライブシャフトを交換することで同等の機能を実現できるという。NR-Aモデルは従来から2Lの駆動系を用いていたことからアシンメトリックLSDだけの装着でレトロフィットが可能。ちなみに、これら駆動系の剛性アップで約2kgの重量増だという。

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著者プロフィール

萬澤 龍太 近影

萬澤 龍太

Motor-FanTECH. 編集長かろうじて大卒。在学中に編集のアルバイトを始めたのが運の尽き…