2019年の東京モーターショーで日野は「FlatFormer」【写真1】と名付けたBEVプラットフォームを発表した。全長4,700×全幅1,700×全高335mmというサイズは小型商用車の想定で、駆動方式は6×6(シックス・バイ・シックス)の6輪駆動、LiB(リチウムイオン電池)を50kWhぶん搭載し、電動モーター出力は170kW(231ps)という想定だった。
REEはこの日野のコンセプトに共感し、自社開発したREE cornerとのコラボレーションを提案した。2022年中に共同で試作車を完成させる予定だ。目指すのは完全なモジュール構成のBEV商用車であり、REE側の駆動系モジュールを平たく薄いシャシーにまとめ(シャシーモジュール)、その上に用途に応じた荷室(サービスモジュール)を載せる。
この手法自体は、GMが1990年代にFCEV(燃料電池電気自動車)のコンセプトとして発表したスケートボードシャシーであり、珍しくはない。近年盛んにこの手のレイアウトの実用化プロジェクトがBEV分野で持ち上がり、とくにスタートアップ(新興企業)が好んで採用している。技術的なポイントは、薄くて平らな駆動系をどのようにまとめるか、だ。
REE cornerと呼ばれる技術はユニークだ。操舵輪と駆動輪をそれぞれ、平らなシャシー部分への干渉を最小限に抑えるよう構成している【写真2】。操舵輪は完全に左右独立であり、ステアリング機構には左右輪の機械的連結がない。原理上は左右前輪をそれぞれ任意の舵角に操舵することができる。駆動輪も左右独立であり、左右輪はそれぞれ独立した電動モーターで駆動される。したがって旋回時には何らかの方法で車輪の回転数差(旋回外側車輪のほうが内側車輪より長い距離を進む)を出さなければならない。
駆動輪はインホイールモーターではなく車体側に電動モーターを置く。REEのビデオ資料を見ると、ハブ側に減速機構を持つハブリダクション方式だ【写真3−1】。シャシー側にショックアブソーバーとサスペンションアームを収容するような構造に見えるが、どこまでがシャシー側への取り付けなのかは不明だ。ショックアブソーバーは前傾方向の斜め取り付けであり、この配置そのものは珍しくないが、路面の凹凸や制動・駆動によってどのように伸縮するのかは資料がない。
機能部品を平らなシャシーの4隅に追いやることで得られるのは、スケートボード状のフラットなキャビンスペースだ【写真4】。REEは全幅とホイールベースのバリエーションを設定しており、上屋となるキャビンのデザインは自由度が高い。バスでもバンでもピックアップでも要望次第だという【写真5】。また、日野の構想では2軸式後輪をすべて駆動輪にする計画であり、そのための機構は2019年の東京モーターショーの際にイラストが公表されている【写真6】。
また、REE側の資料によると操舵輪にはふたつの方式がある。ひとつはハブ側に操舵機構を持たせる方式【写真7】で、その構成は、部品全バラの状態だとかなり複雑に見えるが【写真8】、ショックアブソーバーと一体となって動くウォームギヤ式の回転機構でハブ下端に位置する半円形歯車に動力を伝え、車輪の首振りを行なう方式だ。このCGを見るかぎりでは、実装転蛇軸での首振りになると思われる。このウォームギヤ式操舵ユニットとショックアブソーバーは位置関係が動かないよう丈夫な容器に収められていることが【写真7】からわかる。全体の位置関係は【写真9】であり、わずかに傾斜したキングピンとタイヤ接地面はつねにこの状態を保つように設計されていると想像する。駆動・制動による若干のトーイン/トーアウト方向は許容されているはずだ。
つまり、サスペンションは上下(ストローク)方向だけ自由に動き、この動きに対しては操舵機構が位置関係の変化なしに追随する。しかし、この短いサスペンションアームで事足りるのか、車輪側の重量が相当なものになるのに対しシャシー側の取り付け部分の強度をどう確保するのかなど、疑問は残る。
もうひとつの操舵方式はボールねじ【写真10】である。電動モーターの回転によってシャフトを押し/引きし、ハブ側のナックルに動きを伝え、操舵する。タイヤおよびシャシーとの位置関係は【写真11】である。車輪のストロークを受けてこのモーターもいっしょに上下方向の首振りをするようリンク機構がある。ハブ側に操舵モーターを仕込むよりは現実的に思えるが、左右輪の連結がないということはずべてを制御しなければならず、つまりフルアクティブ・ステアリングになる。この制御をどう作るかがキモだ。
イスラエルの自動車メーカーはないが、テクノロジー企業はある。かつて日本で「ピッチ」と呼ばれて流行ったPHSという携帯電話は、イスラエルが開発した位置特定手法を使ったものだった。戦闘時に歩兵がどのように展開しているかを知るため兵士全員に位置特定マーカーを与え、それを現場指揮者が一元管理するためのシステムだった。
イスラエルと自動車といえば、国営投資会社が中国の奇瑞汽車と共同出資で設立したCOROS AUTO(観致汽車)があるが、開発作業のほとんどはマグナ・インターナショナルが請け負い、COROSのスタッフはあらゆる国の自動車メーカー経験者で固められた。その意味では、イスラエルによる自動車作りは未知数だ。
REE corner は技術的に見所が多い。ただし、こうした独特の機構をうまく動かし、自動車として機能させるのは難しい。左右輪差は車速の低い場合はあまり問題にならず、筆者が試乗した左右輪独立モーターのBEVは簡単な制御でもうまく曲がっていた。しかし、接地面荷重が大きくなるトラックとバスを想定すると、何らかの制御は必要になるだろう。あるいは「商用車だから」という理由でどこかを割り切って成立させるのだろうか。
慎重すぎて機を逃してしまう日本企業。経験もないのに大風呂敷を広げるスタートアップ。筆者のなかにはそういうイメージがある。かつて、CESなどの展示会で壇上に立ち、ヘッドセットをしながら身振り手振りで「我われはこんなにすごい」とBEV技術をアピールしてきたスタートアップ企業の多くは、製品の量産までたどり着けなかった。
元日産と元BMWの中国法人幹部が起業したBYTONには、多くのメディアが注目した。「48インチの大パネル式インパネ」「スマホのようなクルマ」ともてはやされ、当初は資金調達もうまく言っていたが、自動車を製造するまでの工数は膨大かつ複雑であり、そう簡単にはできないことをこの企業が図らずもも証明した。設立当初からBYTONに懐疑的な目を向けていたのは筆者ぐらいのものだったが、台湾・鴻海(フォックスコン)の支援も焼け石に水で、ついに倒産した。
社会的な責任を負う自動車という工業製品を、コンスタントに、均一な品質で世の中に提供し続け、アフターケアの責任も負う。こうしたビジネスモデルから挙げられる利益(会社としての最終利益)は、よほど名前が浸透した高級ブランドであっても、せいぜい15%である。携帯電話事業のほうがよほど儲かる。スタートアップに過度な期待を抱くべきではないし、同時に実戦経験のないスタートアップの技術を過信すべきではない。