最後のエンジン・スポーツカーを選ぶならシビック・タイプR(FL5)か。畏敬の念すら抱かせてくれる完成度

ホンダ・シビック タイプR 車両価格:499万7300円
日本カー・オブ・ザ・イヤーのパフォーマンス・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したシビック(e:HEVとタイプR)。純エンジン車のスポーツカーとしては、おそらく最後になるであろう最新FL5型タイプRは、公道でもサーキットでも最高の走りを披露してくれる。その魅力はアルティメットスポーツであると同時に、普段使いでも快適で楽しいこと。ダイナミックレンジの広さが魅力だ。
TEXT & PHOTO:世良耕太(SERA Kota)PHOTO:Honda

新型タイプRは「スーツに身を包んだサッカー選手のようにスマート」

全長×全幅×全高:4595mm×1890mm×1405mm ホイールベース:2735mm 車重:1430kg

11代目のシビックは2021年8月に発売されたが、シビックのストーリーはそれで終わりではなかった。このとき発売されたのは、1.5L直列4気筒ターボエンジンを搭載したガソリン車である。トランスミッションは6速MTとCVTを設定する。当時の筆者のレポートでは、室内空間について「機能的でカッコイイ」し、「運転席に腰を下ろすと、自然に気分が上がる」と記している。

走り出してからの印象も良く、「(エンジンの)反応の良さとリニアリティの高さは絶品で、エンジンとの対話が楽しいし、ストレスを感じない」と報告。荒れた路面をこともなげにいなす、しなやかな脚の動きに感動を覚えた。

ガソリン車の発売時点で予告されたことではあったが、2022年に入って11代目シビックに仲間が加わった。7月1日にハイブリッド車のe:HEV(イーエイチイーブイ)が発売。9月2日には、「究極のピュアスポーツ性能を追求」したタイプRが発売された。ホンダは新しいシビックに共通する乗り味を「爽快」と表現している。

e:HEVは爽快なうえに上質だ。当時のレポートでは「タイヤとサスペンションとボディが(そして、それをまとめ上げた開発陣が)いい仕事をしている」「(ハイブリッド)システム側の都合でエンジンが始動しても、それを乗員に悟らせない」「エンジンががなり立てず、少し離れたところでいい音を発している絶妙な距離感がいい」などと記している。

シビック・シリーズ。1.5ℓターボとe:HEV、タイプR

では、タイプRはどうなのだろう。結論から先に記してしまうと、タイプRもやっぱり爽快た。快適性とパフォーマンスは相反する要素のはずだが、見事にバランスしており、ドライバーが“その気“でないときは極めて快適な乗り味を提供し、“本気“を出してほしいときには存分に真価を発揮して、クルマに対して畏敬の念すら抱かせてくれる。とことんダイナミックレンジが広いクルマだ。

かつてのタイプRは快適性を犠牲にしてでもパフォーマンスを追求するコンセプトで開発されていた。転機となったのは柿沼秀樹氏が開発責任者を務めることになった先代シビック・タイプR(FK8)で、「運動性能と快適性を高次元で両立する新たなタイプR」へと舵を切った。同じく柿沼氏のリーダーシップによって開発された最新のタイプR(FL5)を知った状態でFK8タイプRと対面し、運転してみると、ハードな乗り味から乗り手を選ぶ印象を強く感じた。見た目も、やんのかステップで威嚇してくる猫のように挑戦的で、やはり、乗り手を選ぶ印象。新型はスーツに身を包んだサッカー選手のようにスマートだ。だけど、身体能力の高さは充分ににじみ出ている。

公道で:普段づかいの走りでも快適

ボディカラーはチャンピオンシップホワイト。ほかに、ソニックグレー・パール、クリスタルブラック・パール、フレームレッド、レーシングブルー・パールがある。

そのタイプRを、まずは公道で走らせた。阿蘇外輪山(熊本県)のパノラマを楽しみながらのドライブである。インテリアの作りはガソリン車やハイブリッド車と共通で、機能に徹した作りだ。赤いシートとフロアはタイプRのお約束で、ドアを開いた途端に目に飛び込んできてハッとするが、ひとたび運転席に座ってしまうと視界を占めるのは深みのあるダーク系の色ばかりなので、運転に集中できる。アルミ削り出しのシフトノブとコーディネートした本アルミのセンターコンソールがいいアクセントになっている。

しかも、質感が高い。質感が高いといえば、ガンメタリック塗装の加飾パネルも艶っぽくていいし、シートの赤は鮮烈だが、ハニカムのパーフォレーションパターンがやはりアクセントとなって“いいモノ“感を醸し出している。アルカンターラ巻きのステアリングはしっとりと手に吸い付くよう。シートバックの角度とステアリングの位置も文句なしに決まる。シートは太ももも上体も当然のことながら張り出しが大きくてサポートは強めだが、カントリーロードを走るのに邪魔になるような拘束の強さは感じない。

ステアリングもタイプR専用。アルカンターラを採用し、中央には深紅のエンブレムがつく。
タイプR専用シートは強化フレーム/高硬度パッドを採用した多面体形状。

「究極のFFスポーツを目指す」と聞いたり、ニュルブルクリンクで鍛え上げたとの情報に触れたりすれば、「乗り心地は?」と心配になるのは当然だろう。まず確認したかったのはソコだったが、まったくの杞憂だった。フロントはデュアルアクシス・ストラット、リヤはマルチリンク式のサスペンション形式に変わりはないし、先代と同様に減衰力可変ダンパーを搭載している点も変わりない。しかし、サスペンションアーム類の剛性向上や形状およびジオメトリーの最適化、ボディは接着接合の塗布エリアを大幅に拡大するなど、新しいタイプRには大がかりな手が入っている。

入力を受け止める点や面、骨格がしっかりしているので、サスペンションが狙いどおりに動く。だから、普段づかいの走りでも快適なのだろう。COMFORT、SPORT、+Rとあるドライブモードセレクトのうち、可変ダンパーの減衰量がLowになるCOMFORTを選択している限り、乗り味は文字どおりコンフォートだ。

トレッド:F1625mm/R1615mm 最小回転半径:5.9m 最低地上高:125mm

ステアリングコラム右脇にあるスタートボタンを押すと、タイプR専用の2.0L直列4気筒直噴ターボエンジンが目覚める。高いポテンシャルを想起させる刺激的なアイドリング音を聞くだけで、タイプRに投資した額の何割かは回収できたと感じるだろう。1速から2速といった前後方向の動きだけでなく、2速から3速、4速から5速といった左右方向の動きをともなう変速時もガタを感じず、適度な重さとしっかり感をともなってシフトレバーは動く。エンジンはアクセルペダルのかすかな動きにもしっかり追従して力を出してくれる。ステアリングは重からず、軽からず、確実な手応えを寄こしながら、クルマの向きを思いどおりに変えてくれる。

走り出してほんの数十メートルで脳内で何かが分泌され、陶酔状態に陥っているのを自覚する。爽快には違いないのだが、そのひと言では言い表せない気持ち良さであり、楽しさであり、心地良さが味わえる。と同時に物足りなさを感じたのも事実で、刺激的なサウンドを響かせながらスムーズに回るエンジンの仕事ぶりが、明らかに鼻歌まじりなことだ。本領を発揮するのは間違いなくサーキットである。

サーキットで:圧倒的なドライビングプレジャーが味わえる

265/30ZR19サイズのミシュランPILOT SPORT 4Sを履く。

全長4.674kmのオートポリスを走ることで、シビック・タイプRのポテンシャルの高さを実感することができた。実力のすべてを引き出したとは言わないが、それでも、圧倒的なドライビングプレジャーが味わえることは保証できる。驚いたのは、そんな走りをしても、タイプRは一向に息を上げないことだ。余裕しゃくしゃくである。

エンジン形式…直列4気筒DOHC直噴ターボチャージャーエンジン型式…K20C 排気量…1995ccボア×ストローク:86.0mm×85.9mm圧縮比:9.8最高出力…330ps(243kW)/6500rpm最大トルク…420Nm/2600-4000rpm

ドライブモードはCOMFORT、SPORT、+Rに加え、エンジン、ステアリング、サスペンション、エンジンサウンド、レブマッチ、メーターの各パラメーターをそれぞれ好みに設定できるINDIVISUALを新たに設定した(エンジン再始動時も設定を保持)。シフトレバー右横のトグルスイッチで切り換えるのが基本だが、+Rだけは専用のプッシュボタンが用意されている。気持ちのスイッチを切り換える演出のためだ。

+Rもポチッとしてみたが、サーキット走行はホンダのおすすめに従い、INDIVISUALで走り始めた。サスペンション(減衰力可変ダンパー)の設定のみSPORT(減衰量Mid)とし、それ以外のパラメーターは+Rの設定である。なぜこれがおすすめなのかは、+Rを選択するとわかる。+Rのサスペンション設定は減衰量Highになるのだが、切り換えた途端に路面の微細なアンジュレーションに反応して、車体が小刻みな上下動を繰り返すようになる。パフォーマンスを追求するならアリな設定だろうが、気分良く走らせるならサスペンションはSPORTの選択がおすすめだ。

せっかくなのでCOMFORTも試してみたが(サスペンションは減衰量Lowになる)、コーナーに進入する際の車体の動きがあからさまに大きくなり(ロールスピードが速くなり)、不安感が先に立って気持ちいい走りが楽しめない。ダンパーの制御ひとつで、これだけ動きが変わるのもおもしろい。

ダウンシフト時の回転合わせを自動で行なってくれるレブマッチシステムのありがたみは、サーキット走行で実感した(日常走行でもありがたい)。「自分でやったほうがスムーズ」と感じるシステムも世の中にはあるが、シビック・タイプRの場合はクルマ任せでオーケー。自分の感覚でダウンシフトする楽しさを堪能できるいっぽう、回転合わせのわずらわしさからは解放され、その他の判断や操作に集中できる(もちろん、ヒール&トゥで回転合わせしたければ、すればいい)。

シビック・タイプRはパフォーマンス側の限界値が高いレベルにあるだけでなく、扱いやすく、刺激的。引き換えに日常走行域で我慢を強いないところが大きな価値で、そんなダイナミックレンジの広さも、2022-2023日本カー・オブ・ザ・イヤーで「パフォーマンス・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した理由になっているに違いない。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…