「日産のアイコニックな歴史上の車を電気自動車の未来に向けて再構築する」というテーマで選んだのが、初代シルビア(CSP311)のリミックスすることを選んだという。実はこれは、初代シルビアが電動化されて、再来するというものではなく日産ストーリーズから依頼されて掲載したもの。そのためのトライアルでまったく実現性がある話ではないのだが、その考え方の中に初代シルビアに向けた愛情と、またどのようにアイコニックなEVを誕生させていくかといった考え方を垣間見ることができる。
初代シルビアの登場は1964年の東京モーターショー。ダイヤモンドのようにシャープに切り出されたその肢体に、日本でもこんなクーペが生み出せるか、と誰もが驚かされたという。非常に洗練されたモデルだった。
ウイーバー氏は初代シルビアに対して、
「シルビアはとても静かで控えめな手法によって、時代の先端を行っていました。非常によく熟成されており、今日の路上にあってもいい存在感を持っています。また、世界的に製品に求められる高品質で普遍的な魅力を備えた素晴らしい例でもあります」という。
確かに、初代シルビアは必要にして最小限の造作によって、無駄のない洗練を感じさせてくれる。2ドアクーペとしての明確な用途が決められた中で、不必要なものを排することで成り立ったシンプルなパッケージと形。わずかなニュアンスから生まれる面構成によって、端正なフォルムと美貌を生み出してきていると感じる。
「私たちはこの車を未来に向けてデザインしなおすことで、その伝統に敬意を表したいと考えました。最も特徴的なのは、上半身と下半身をつなぐ一本のきれいなラインです。このモデルでは、ホイールアーチの上部をすっきりとシャープにカットすることで、その存在感をさらに際立たせています。また、未来の世界を意識して、電気自動車にふさわしいデザインとしました」
まさに初代シルビアのフォルムをそのままに、新時代のテイストを感じることもできる。ウイーバー氏が語るように、前後に水平に通るキャラクターラインがシルビアらしさを表現するものであると同時に、現代的なフォルムの中ではあまり採用されない造形でもある。
造形ありきでありながらも、その造形をタイヤが打ち破る形が第2の個性を生み出すという、ここしばらく当たり前のように続いている現代流のトレンドだと思う。
対するこのモデルは、キャラクターラインを大きな主題とする基本的な造形ありき。その上で、タイヤの存在も熟慮しボディのフォルムをかぶせてきている形だ。冒頭でウイーバー氏の語っていた、時静かで控えめな存在感も、このキャラクターラインから生まれる造形にも潜んでいることは間違いない。
ところが、初代シルビアと大きく異なってくるのは、EVであることによるメカニズム・パッケージの違いだ。
「電気自動車のパワートレインは冷却の必要性が非常に低いため、従来はラジエーターがあった場所にグリルを設置する必要がありませんでした」
という。必要とされる要素が異なるために、シルビアらしさを表現するラジエターグリルは、フロントパネルに変わった。そしてさらに、
「EVの主要部品は内燃機関自動車とはまったく異なり、パッケージも異なります。そのため、今回再現したシルビアは、外観から想像されるよりも広い室内空間を実現しています。近日発売予定の電気自動車クロスオーバー『アリア』のお客様には、その効率的なパッケージングのおかげで、広々とした快適な室内空間を実感していただけると思います」
という。全く異なるパッケージは、フォルムが同等であってもその内側が全く異なる。とりわけパワーユニットが内燃機関からバッテリー&電動モーターに変わると、レイアウトは劇的に変化し場合によってはキャビンに余裕をもたらす。さらに加えて今日的な安全装備、快適装備を備えることも必須だ。
これまでデザイナーはエンジニアとエンジンやラジエーター、排気管などをどのように配置するかを考えていた。しかしこレからは、バッテリーパック、インバーター、電動モーターというものに切り替わっていく。それはこれまでと違った方法で、ドライバーに新しい体験を提供できるチャンスでもあるのだという。
電動化されたシルビアのスケッチとともに研究されているのは、単に郷愁の世界をいまに甦らすことではなく、最も重要なことは、シルビアというパッケージで現代にどのような価値を提供できるのか、ということなのだ。またそうした狙いを通じて、過去の製品に立ち戻ることでデザイナーたちも過去のデザイナーと対話をしているのだと思う。そうした中から、未来の日産デザインが生まれろとしたら、それはシームレスでありながら、オリジナリティを確保することに大きく貢献できるはずだ。