50年の時を経て再会した思い出のフォルクスワーゲン・カルマンギア

フォルクスワーゲンをベースにカルマン社が製作した流麗なクーペスタイルを取り入れたのがVWカルマンギア。VWタイプ1、すなわちビートルをベースにしているため補修部品やカスタムパーツが今でも豊富に用意されている、比較的敷居の低い旧車といえる。そんなカルマンギアを52年前に乗っていたオーナーが、70歳を過ぎて再び手に入れたワケとは?

REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)

オリジナルの姿へ戻す作業もプロに頼らず仲間と一緒に

1967年式VWカルマンギア・クーペ 。
取材はオーナーの個人的な趣味の場であるガレージで行った。

群馬県太田市に不思議なガレージがある。日時を問わず国内外の古いクルマたちが集い、クルマ談義に花を咲かせているのがBibari-AUTO。でもここ、看板にあるような車両販売を行うプロショップではなく、オーナーである今井義正さんの個人的なガレージだという。

ガレージ内には古いハーレー・ダビッドソンやモトコンポなどのバイクも多数展示されているが、基本的にはすべて今井さんの個人所有車。このようなガレージを所有している今井さんとはどのような人物なのだろう?

カスタムカーをオリジナルに戻してナンバーを取得。

今井さんは今年で70歳になられる。以前はお仕事をされていたが、今では悠々自適の日々を過ごす。だからだろうか、趣味のクルマやバイクを思う存分楽しみたいからガレージを所有されている。

とはいえ、これはどう見てもプロショップ。ここまでの規模は必要ないようにも思える。だが、地元では知られた存在であり、複数のクラシックカークラブに友人知人がいる。彼らがフラッと遊びに来られる場所が欲しいということも、このガレージの存続理由のようだ。

フロントフェンダーのエンブレム。
エンジンフードのエンブレム。

ガレージ中央にある1938年式MG-TAは今井さんが長年連れ添った愛車。第二次大戦前のモデルを日常的に乗り回しているというから恐れ入るが、さらに最近手に入れたクルマがある。それが今回紹介するカルマンギアなのだ。

ご存知ない方へ簡単に説明すると、このクルマはイタリアのギア社がデザインを担当し、ドイツのカルマン社がフォルクスワーゲン・タイプ1をベースにギア社のデザインを架装したクーペとカブリオレなのだ。1950年代に生まれた名車ながら、人気のあまり1973年まで作り続けられた。

左右で装着位置が異なるミラー。
ホイールはポリッシュのアルミだったため黒く部分的に塗装した。

今井さんが手に入れたのは今年のことで、知り合いの紹介による個人売買。手に入れた当初はキャルルックと呼ばれるアメリカ風カスタムが施された状態だった。

オリジナル志向の今井さんだから、ひとまずナンバーを取得する前にオリジナルへ戻すことから作業を始める。自らメンテや修理をする今井さんには友人知人に数多くの手練れがいる。そのためプロショップに頼ることなく、自力で作業が進められた。

空冷水平対向4気筒OHVエンジンはビートルからの流用だ。

スタイルをオリジナルへ戻すのと同時にエンジンなどのメンテナンスも実施。特に調子を崩していたキャブレターにはてこずり、新品部品を調達する。新品と言ってもビートル用の部品は安価に流通しているため、お財布に優しい金額で修理が可能。このキャブも数千円で買えたが、装着しても調子が出ない。結果的に分解して調整する必要があったそうだ。

クラシックながら魅力あるデザインのインストルメントパネル。
黒いボディと対照的に赤いシートやドアライナーが映える室内。

内装もキャルルックにされていたので純正ステアリングホイールやシフトレバー、当時モノのラジオなどを使ってオリジナルへ戻している。電気系の配線や燃料計など、不調だった個所を修理してナンバーを取得することに成功した。

オーナーの今井義正さん。
18歳当時の今井さんと愛車。

ここまで苦労してでもカルマンギアに乗りたかったのは、今井さんが18歳の時に同車を所有していたからだった。お話を聞けば今井さんの叔父さんが当時所有されていたクルマだったのだが、叔父さんが別のクルマへ乗り換えたくなる。でも2台所有は奥様がお許しにならず、それならということで18歳の今井さんへ譲ってくれたのだという。

思い出のクルマがたまたま近所で売りに出たと聞き、知り合いを通じて交渉することになったそうだ。なんともロマンあるお話で、これから新たな物語を綴られていくことだろう。

著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…