古いクルマが集まるイベント会場を歩くなら、ナンバープレートに注視してみると面白い。希望ナンバーで年式や排気量、モデル名を選んでいる個体があるかと思えば、ナンバーに書かれている漢字や数字が今のものと異なることもある。クルマ同様に古いナンバープレートが付いていると「どうやってナンバーを受け継いだのだろう」や「昔から乗り続けているのかな」といった想像が膨らむ。
2023年3月5日に開催された第6回昭和平成クラシックカーフェスティバルの会場でも、こんな目線でクルマたちを眺めていた。イベントの模様を記事にしたとき、パブリカの700と800が仲良く並んで展示されていたことを紹介した。パブリカは1961年に700が発売され、1966年にマイナーチェンジされて排気量が800へと拡大する。
当然、800より700が古いわけだが、並んで展示されていたパブリカは700に新しいナンバープレートが付き、800には古いナンバープレートが付いていた。新しいモデルに古いナンバープレートとは面白いな、などと勝手に想像していたところ、近くにいたオーナーから声をかけられた。
白いパブリカ800のオーナーは折原茂男さんで今年84歳になる大ベテラン。さらには埼玉クラシックカークラブの重鎮であり、筆者も過去に何度か取材でお世話になっている。赤いパブリカコンバーティブルを同時所有されていてイベントにはそちらで参加されることが多いので、白いパブリカ800と折原さんが直結しなかったのだ。
国産車の歴史を自らの人生とともに過ごしてきたような折原さん。実はこの800の前にパブリカ700にも乗っていた。700にはトヨタスポーツ800のエンジンを載せ換えて楽しんでいたが、マイナーチェンジで800となったことから乗り換えることにされた。今思い返すと「もったいないことをした」と後悔されているが、この800は1968年に新車で購入したワンオーナー車。だからナンバープレートも古いままなのだ。
コンバーティブルも所有されていると前述したが、折原さんは実にこの800のほかパブリカ・ピックアップも所有されている。ご自宅のガレージへ伺った時は3台のパブリカが並んでいて壮観だった。では何がそこまで折原さんを夢中にさせているのだろう。もちろん空冷水平対向2気筒エンジンゆえの鼓動感や独特の操縦性、可愛らしいスタイルなど誰もが感じる魅力が備わるパブリカだが、形が異なるとはいえ3台も所有されるには、もっと違う魅力があるはずだ。
折原さんが挙げた魅力の一つに「エコカー」であると力説されたことが興味を引いた。なんでも一般道で18km/L、高速道路なら20km/Lを突破するほど燃費性能に優れているのだ。乗り方により若干変わるだろうが、概ね良好な燃費であることは間違いない。800のダッシュボードには新車時に貼られていた「ならし運転の速度制限」が書かれたステッカーまで残っている。
このステッカーを見ながら慣らし運転をされたことだろう。慣らし期間が過ぎるとさらに速度を出せるようになるが、愛車への労りとともに操縦が一番楽しく感じられる速度域をご存じなのだろう。同時にその速度域が燃費も伸びるのだと知っているからこその燃費性能なのだ。
驚くべきは燃費性能だけではない。すでに55年も所有されているわけだが、その間一度も故障したことがないというのだ。確かに走行距離が伸びていないとはいえ55歳である。人間ですら55歳にもなれば体のあちこちに不調が生じる。機械である自動車なのだから人間より故障しそうなものだが、困ったことやトラブルには遭遇したことがない。
確かに水冷ではないためラジエターや水路のトラブルは起きないし、クーラーやパワーアシスト機能は一切ないから余計な負荷もかからない。装備が非常にシンプルゆえ電気系でトラブルになる個所は数えるほど。パブリカの特徴は壊れづらさに直結しているともいえるが、おそらく入念なメンテナンスや無理をしない運転などが功を奏しているのだろう。
新車で購入された時期と前後して折原さんにはお子さんが生まれている。パブリカより1歳上と1歳下のお子さんがいて、奥様がパブリカを運転してそれぞれの幼稚園へ送り迎えに乗せて行った。お子さんとともに成長してきたパブリカだから、思い出もひとしおだろう。おそらく折原さんにとっては家族と同じような存在になっているのだろうと感じられた。