EUが「エンジン車を認める」はウソに違いない。すでに動き始めている「e-Fuelいじめ」の手段

アウディはe-Fuelの研究開発に熱心に取り組んでいる。
EU(欧州連合)委員会が2035年にICE(内燃機関)車の域内販売を禁止する方針を事実上撤回し、再生可能エネルギーを使って合成したe-Fuelの使用を認める方針を固めた——このニュースは大きく報じられたが、筆者は「EUがそう簡単にあきらめるはずはない」と思っている。EUがCN=カーボン・ニュートラリティであると認めた燃料以外は使わせないだろうし、e-Fuel車には何らかの装置を取り付けて監視する手段に出るだろう。「BEV(バッテリー電気自動車)だけのEU」を実現するための、あの手この手を打ってくるはずだ。このEUの一件も含めて、現時点での世界の「ICE車販売禁止」の動きをまとめた。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

国政を決定する議会がICE車販売禁止を決定した国はない

EU委員会はまだ、正式にe-FuelやバイオフューエルなどのCN燃料を認めたわけではない。どういうふうに「認める」かは、これから決まる。とはいえ、「2035年でICE車販売は全面禁止」という規制が、いよいよ法的拘束力を持つようになるという段階になって、あちこちで反対を食らうようになった。「なんだ、やっぱりイヤだったんじゃないか」である。

今年2月、EU議会は「2035年以降のICE車販売禁止」という制度を承認した。しかし、3月上旬にEU委員会が予定していた「2035年にICE(内燃機関)搭載車の販売禁止」の採決は延期された。EU最大の自動車産業界を抱えるドイツが採決反対の先頭に立ったからである。ドイツの動きにイタリア、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアの6カ国も賛同し、これらの国の運輸相による会合が行なわれた。

いっぽう、EUでドイツに次ぐ国内自動車生産台数を抱えるスペインは採決に賛成、フランスとポルトガルも賛成の立場だった。しかし、各国での報道をずっとウォッチしてきた筆者にしてみれば、世論は必ずしもICE車廃止に賛成ではないということは充分に感じられた。

ポルトガルはリチウム採掘場の誘致で政府と地元住民がずっと対立してきた。フランスは「独裁者マクロン大統領」を嫌う勢力が少なくない。直近のフランスでは、年金支給年齢の引き上げを「マクロンが勝手に決めた」ことに怒ったデモが続いている。デモには若い世代も参加している。

スペイン政府にはドイツのOEM(自動車メーカー)がスペイン国内でのBEV生産を増やしてくれればいいという思惑がある。VW(フォルクスワーゲン)はバレンシア地方に巨額の投資を行なうと約束し、人気を獲得した。

欧州での報道を読み、筆者が連絡を取り合っているメディア仲間に話を聞き、ドイツ在住の友人にいくつかの調査を依頼した結果、EU議会を構成する議員(当然、選挙で選ばれる)がICE車禁止への態度を微妙に変えつつあることは知った。それが昨年暮れだった。

ARD(ドイツ公共放送連盟)による今年2月のドイツ国内世論調査では、 2035年ICE車販売禁止に賛成は25%、反対は67%だった。この大差は「もはや州議会や国政選挙に影響を与えかねないほどだ」と現地では報道された。

結局、ドイツの現政権が動き、EU委がICE車禁止案を撤廃し「CN燃料の使用は認める」方向になった。EU理事会で修正案が決まればEU議会も承認するだろう。消費者から自動車産業まで広範囲にくすぶっていたICE車禁止への反発が一気に大きな流れになり、選挙で選ばれる政治家が「落選しないように発言も行動も選んだ」結果である。

しかし、EU政府も現在のEU委員会メンバーも「BEV(バッテリー電気自動車)だけのEU」を諦めたとは思えない。EUが2021年7月に発表したCO₂削減行動指針である「フィット・フォー55」はもちろん撤回しない。「あれはEU委ではなくEU政府の官僚の仕事であり、官僚は自己否定しない」とは、筆者の友人である在欧ジャーナリストの発言である。

で、周囲を見渡してみた。日本のメディアの多くは、あたかもICE車禁止が世界的な既成事実であるかのように報じているが、国家としてICEを禁止する法律を成立させた例は、筆者が調べたかぎりでは存在しない。認識不足だったら訂正するが、自治体の条例案や議員個人あるいは閣僚個人の発言は別として、国政を決定する議会がICE車販売禁止を決定した国はないと思う。

たとえば「BEV大国」としてよく例に挙がるEU非加盟のノルウェーだ。自動車産業が存在せず国内需要のすべてを輸入に頼るこの国でも、ICE車販売禁止は政権与党の「合意」にとどまり、法的拘束力はまだ持っていない。

ドイツでは以前、2030年ICE車販売終了案が議論されたが、法制化はされていない。ICE車禁止をEU内でもっとも早く言い出したフランスでは、その張本人だったニコラ・ユロ環境相が解任されて以降、完全にうやむやにされたままだ。イギリスではボリス・ジョンソン元首相が政策提案したものの、本人の辞任で議会には諮られていない。

2021年にイギリスで開催されたCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議)ではICE車廃止が共同宣言に盛り込まれ、署名した国も多かったが、これにも強制力はない。また、この会議では「脱石炭」「脱ガソリン」など一般ウケしやすいテーマで議長国イギリスが「有志連合」を募り、脱ガソリンに日本が賛同しなかったことを日本の一部メディアが批判したが、賛同した会議参加メンバーは本国の了解を得ていたわけではない。お祭りに過ぎなかった。

案の定、COP26での「脱石炭賛成」は、ウクライナ戦争が勃発しロシア産天然ガスの西欧への供給が途絶えた途端に「なかったこと」になり、フランスをはじめとする各国はすぐさま「原発もCNだ」と言い出した。ドイツは原発全廃スケジュールの先送りを言い出す前に石炭火力発電をフル稼働させた。

アメリカではバイデン政権がBEV普及に熱心であり、カリフォルニア州規制であるZEV(ゼロ・エミッション・ビークル=無排ガス車)規制に賛同する11州(ニューヨーク/ニュージャージー/ロードアイランド/マサチューセッツ/コネチカット/メーン/ペンシルベニア/デラウェア/バーモント/コロラド/オレゴン)、いわゆる「CARB(カリフォルニア・エア・リソーシズ・ボード=加州大気資源局)ステート」も2035年のICE車販売禁止を決めた。ただし連邦法ではなく、あくまで州レベルである。

中国政府は2020年11月、中国汽車工程学会(日本では自動車技術会に相当)が政府の諮問を受けて答申した「節能および新能源汽車技術路線図2.0」に添い「2035年をめどに新車販売のすべてを環境対応車にする方向で検討する」と発表した。路線図とはロードマップの意味であり、政府はこの中国汽車工程学会案を承認し「2035年には節能車(低燃費車)と新能源車(新エネルギー車/NEV=New Energy Vehicle)がそれぞれ50%ずつを占めることが望ましい」との方針を示した。

いまや中国は世界最大のBEV生産国であり消費国でもあるが、2016年に発表した「路線図1.0」に示したNEV大量普及という政策が、「いまなお技術上の欠点を抱える」ことから、中国として歩むべき方向を「客観的に評価した」結果が「路線図2.0」である。ここでいう節能車はHEVであり、中国は選択肢を広げる決断を下した。

いっぽう、日本にはBEVやHEVといった駆動方式ごとの普及目標はない。現在あるのは「2030年度燃費基準」だけだ。その内容はかなり厳しく、日本の全OEMに各社ごとの「販売台数総数×国土交通省届出値燃費」の合計で「基準値」を達成することを求めている。いわゆるCAFE(企業平均燃費。1980年代はコーポレート・アベレージ・フューエル・エコノミーの頭文字だったが現在はコーポレート・アベレージ・オブ・フューエル・エフィシェンシーと訳される場合が多い)である。

2030年度燃費基準では、車両重量ごとに燃費基準値が設定されている。そのグラフが「燃費基準値の関係式」である。車両重量1000kgなら27.3km/L、1400kgなら24.6km/L、2000kgなら19.1km/L。これらの数字を叩き出すには「何らかの電動アシスト化は必須」と言われる。マイルドHEVかフルHEVか、あるいはPHEVか。ICE車だけで目標をクリアするとしたら、排気量が小さく車両重量も軽い車でなければ難しい。

2030年度燃費基準関係式

ただし、前述のようにBEVは何台売りなさい、PHEVは何台売りなさいという駆動方式ごとの規制はない。そこは各OEMに任せている。一定台数のBEVを売り、そこで燃費を稼ぎ大排気量高性能ICE車を売っても構わない。

ちなみにEUのCO₂排出規制(現在は95グラム/km以下)もCAFEである。CAFE発案者のアメリカも、もちろん連邦燃費基準はCAFEである。中国の燃費規制は、考え方はCAFEなのだが表現はCAFC(コーポレート・アベレージ・フューエル・コンサンプション=企業平均燃料消費)を使う。

EUもアメリカも、どんなクルマを販売しようが勝手であり、EUはCO₂排出基準さえ下回ればいいし、アメリカは連邦燃費基準をクリアすればいい。日本も同様である。燃費基準をクリアすればいい。しかし中国だけは燃費規制とともにNEV販売比率目標がOEMごとに設定されるという二重規制である。NEVにカウントするBEV/PHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)/FCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル=燃料電池)は合計の販売比率目標があり、それ以外にOEMごとの燃料消費量としてCAFC規制を敷く。

EUの本音を読み間違えるな

話をEUに戻そう。今回、EUが合成燃料であるe-Fuelの使用を2035年以降に認めるという方針転換を行なった。しかし通常のガソリンは使わせない。認めたのは「再生可能エネルギーを使って生成したCN燃料であるe-Fuelのみで作動するICEを搭載した新車の販売を2035年以降に許可する」ことだ。

オートモーティブニュース・ヨーロッパは「e-Fuel以外の燃料が使用された場合にICEの始動を妨げる技術を使用する必要があるとEUの草案には記されている。CN(カーボン・ニュートラリティ)でない燃料を使用した場合、ICEの始動を停止する燃料供給誘導システムの搭載が義務付けられるだろう」と報じている。どのようにICEを残すか、そこにどんな規制を入れるかは、EU委員会がこれから決める。

旧知の在欧ジャーナリストに尋ねたところ、こんなことを言っていた。

「e-Fuelを使うクルマというカテゴリーを新たに作り、e-Fuelでなければ走れないような燃料識別手段を持たせ、そういうクルマだけは売ってもいいというような、『但し書き』がいくつも付いたうえでのICE車容認を考えているらしい。とことん面倒くさくしてしまえば、だれも使いたがらないだろうとEU委は考えているはずだ」

EU委はこのところおかしい。排ガス規制「ユーロ7」ではタイヤ摩耗粉の規制を言い出した。測定技術がなく、影響の判定もできていない領域で突然、「規制しようと考えている」と言い出した。もっとも、在欧OEMやタイヤメーカーは、内心では相手にしていないらしい。「ちゃんと測れるようになったら言ってこいよ、という感じ」とは、某在欧OEM内部からの反応だ。

今後EU委は、e-Fuelについてもあの手この手で「使わせない」ようにしてくるだろう。それと、EU委が「新しいカテゴリーを作る」と言っているように、既存のICE車のことは眼中にない。HEVだろうがPHEVだろうが、いま路上を走っているICE搭載車は「2035年で販売を終わりにさせる」という文脈に違いない。

もちろん、在欧OEMもそれくらいのことはわかっている。EU委がICEを認めるかどうかの交渉は、これからが本番である。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…