15年かけて口説き落とした憧れのエス! ホンダS800Mに乗り続けて22年! 【クラシックカーフェスタIN尾張旭】

国産スポーツカーの黎明期には、奇しくも2台のライトウエイトスポーツカーが存在する。ヨタハチことトヨタスポーツ800とS500に始まり排気量を拡大してエスハチなどと呼ばれたホンダS800だ。なかでもホンダSシリーズには高性能なDOHCエンジンを採用して今でも人気の高い1台。今回は最終型のS800Mを22年愛用している方のお話。
PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1969年式ホンダS800M。

2輪メーカーだったホンダが4輪進出に向けて開発したのは、当時の軽自動車枠に収まる360ccの排気量ながら、驚異的な直列4気筒DOHCという機構を持つエンジンだった。このDOHCエンジンは排気量を500ccに拡大したバージョンもあり、1962年に開催された全日本自動車ショーで2台の車両が展示され話題になった。しかし実際に発売されたのはS500のみで、360cc仕様のエンジンは軽トラックのホンダT360に採用されることとなる。オープン2シーターの軽自動車が発売されていれば大きなエポックとなっただけに残念な思いをした人が当時は多かった。

オプションだったハードトップをかぶせたリヤスタイル。

なぜ360cc版を発売しなかったかといえば、やはりパワー不足を克服できなかったから。これは市販されたS500についても言えたことで、発売からわずか半年足らずで排気量を拡大したS600へ進化している。S600へ進化してドイツなどへも輸出されることとなるが、スピード域の高い国ではやはり排気量が足りない。そこで1966年に再度排気量を拡大したS800へモデルチェンジする。

最終型には大きなサイドマーカーが装備された。

S800に進化してようやく「100マイルカー」の仲間入りを果たしたエスだが、進化はまだまだ止まらない。リヤサスペンションにトレーリングアーム式を採用するエスだが、トレーリングアームは内部にファイナルドライブであるチェーンを収めるケースでもあった。

ファイナルがチェーンであることから「チェーン駆動」などと呼ばれたが、独特の挙動が好みの分かれるところとなりS800発売直後に一般的なリジッドアクスルへ変更されている。また1968年には北米などの安全基準を考慮して大型再度マーカーを装備するS800Mへモデルチェンジ。このS800Mでは輸出モデルに装備されていたフロント・ディスクブレーキも導入され、ラジアルタイヤまで標準装備となった。

リヤにも大型サイドマーカーが装備され専用のS800Mエンブレムがある。

最終モデルだけに熟成されていたS800Mは1970年まで生産されて歴史の幕を閉じる。その後、ホンダからDOHCエンジンが発売されるのは1984年のシビックSiまで待たねばならず、長くファンをヤキモキさせたもの。それだけにエスシリーズの人気は新車が途切れた後も続くことになる。この赤いS800Mのオーナーである杉浦正臣さんは現在57歳。子供の頃からエスに憧れてきたというから、どれだけエスシリーズの人気が高かったかを物語るところ。

車体を購入後、探して手に入れたハードトップ。

長く憧れてきたエスシリーズだが、杉浦さんが手に入れたのは22年前のこと。もっと早く手に入れてもよかったように思えるが、これには事情がある。杉浦さんが20歳の頃、友人がS800Mを手に入れた。助手席に乗せてもらうと長年憧れてきた思いが爆発。

自分でも欲しくなるが、中古車として販売されている個体はどれも程度が良くない。それに比べて友人のS800Mは抜群の程度で、新車からの履歴もはっきりしていた。手に入れるならこの個体が良いと思うまで、そう時間は掛からなかった。

791cc水冷直列4気筒DOHCエンジンは4連CVキャブ仕様。

長く友人関係だったので、頼めば譲ってくれるだろうと思って提案するも、相手はなかなか色良い返事をくれない。それだけ状態が良かったのだろう。言い出してから数年経っても手放す気になってもらえないが、別のエスを買う気にもなれない。諦めずに声をかけ続け、杉浦さんの願いが叶うのは最初に言い出してから15年も経った頃だった。それが22年前のことで、住んでいる地域が近かったことから当時の二桁ナンバーまでそのまま残ることになった。

スポーツカーらしさに溢れるインテリア。
タコメーターは11000rpmスケール!
奥まったコンソールにラジオと灰皿が用意される。

長年の思いを遂げ、ようやくエスオーナーになった杉浦さん。喜び勇んで週末ごとに乗り回す姿が容易に想像できそうだ。ただ、やはり相手は古いクルマなのでトラブルも経験した。走行中にブレーキがかかったままの状態になってしまったことがあるそうだ。だが、それくらいでエンジンが調子を崩したことはない。やはり履歴のはっきりした程度の良い個体は、乗り続けることで調子の良さも維持できるのだろう。

センタートンネルが高めで潜り込むような印象になるシート。

基本的にカスタムやチューニングをすることはなく、オリジナルのまま乗っているのもトラブルにならない秘訣かもしれない。入手以降で杉浦さんが手を加えたのは、新車時に純正オプションだったハードトップを買い足したこと。探してもなかなか見つからないレアアイテムで、入手後に塗装を剥がしてボディ色に塗装するとともに、内張を張り直すなどレストアをされている。

ボンネットの出っ張りはキャブと当たらないための処置。

オープン2シーターの良さはもちろんあるが、ハードトップを被せた時の安心感や快適性は格別。エスシリーズにはオープンだけでなくクーペも存在するが、ハードトップならではのスタイルもお気に入りだそう。杉浦さんはS800Mのほかにライフ・ステップバンや2輪のCB90、シャリイ、モンキーやモトコンポも所有しているそうで、雨で乗れない休日はガレージでお気に入りのホンダ車を眺めているそうだ。

キーワードで検索する

著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…