目次
スバル系中古車屋さんを訪れ、そのセールス担当である小山田さん(仮名)がすっかり気に入ったら、後日「面白いインプレッサが出たんだけど、見に来ない?」と電話で誘われ、オレは再びいそいそとスバル系中古車屋さんに向かった。
「面白いインプレッサってなんだろう? 前後が逆になってるとか、運転席が屋根の上に付いてるとか、そういうことかなあ」などと思いつつ、スバル系中古車屋さんに向かう……という、30年近く前の振り返りに先立って、ちょっと現在の話をしてもいいですか? え? いい? ありがとうございます!
え!? エンジン交換を1時間20分で!?
現在……と言ってもちょっと前のことになってしまったが、5月20日午後4時〜21日午後4時にかけて、ドイツでニュルブルクリンク24時間耐久レースが行なわれ、SP4Tクラスに参戦した114号車──SUBARU WRX NBR CHALLENGE 2023が、同クラス2位で完走した。……と言ってしまうとアッサリした感じになるが、実際にはトラブルが続出し、トップには2周差を付けられるというなかなかハードなレースだった。
オレはYouTube上の「STI On-Tube」で展開していたライブ配信で折に触れてレース観戦をしていたのだが、2度目の大きなトラブルによりピットインした時は、正直、「こりゃもうダメだろう」と思った。何しろエンジンを下ろし始めたのだ。
多少なりともモータースポーツをかじった人間として、エンジンを載せ替えるなんて事態は、まあたいていは非常に複雑にして困難な事案であることは理解できる。懸命に作業してもほとんどの場合問題は解消せず、だいたいは結局リタイアに終わるものだ。
しかしSUBARU WRX NBR CHALLENGE 2023のメカニックたちは、手元計測によると26分でエンジンを下ろし、22分で新しいエンジンを積み、33分で新しいエンジンに火を入れた。合計81分でエンジン交換を終えたのである。
1時間20分ほどでのエンジン交換は、WRXがレーシングマシンであることを差し引いても、相当に速い。
一般的な工賃表だと、エンジン脱着は車種によって異なるものの、だいたい7〜11時間となっている。ディーラーの1時間あたりの工賃の目安は8000円。エンジン脱着をディーラーに頼むと、工賃だけで5万6000円〜8万8000円かかることになる。
それを1時間20分でやってしまったら、奥さん、工賃はたった1万1000円足らずですよ!
家計を預かる奥さんも納得の激安っぷりである。ちなみにSUBARU WRX NBR CHALLENGE 2023のメカニックは、日本各地のディーラーから選りすぐられたメカニックたちだ。彼らが勤務先において1時間20分でエンジン脱着をしてしまったら、ディーラーはマジで商売あがったり、なのである。
六連星のもとにある人々は、ちょっとどうかしちゃってる?
……という、ディーラーのメカニックがニュル24時間に懸ける気合いにも圧倒されたが、オレがさらにビシバシと心打たれたのは、レポーターの井澤エイミーさんが、修理作業中のWRXを眺める山内英輝選手にマイクを向けたシーンである。
井澤さんが「こういう作業が行なわれてる時って、ドライバーさんは休憩していることが多いんですよね。でも山内選手は現場で作業を見つめていて、自分で吸収しようというその姿勢が、素晴らしいと思うんですよ。スバルらしさがあって」と言うと、山内選手、懸命に笑顔を浮かべながらも堪えきれずにポロポロと涙を流すのだ。
メカニックたちの作業をその目で見つめ、スバルチームの一員として同じ悔しさを共有し、その悔しさをばねに自分の走りに生かそうとする山内選手。もともと泣き虫で知られる彼だが、井澤さんに自分の姿勢を温かく見抜かれて、思わず感極まったのだろう。
言葉にならず、必死に涙を堪えつつ「……ごめんね……」という山内選手に、井澤さんももらい泣きしてしまう。インタビューとしてはグダグダだが、長く取材している井澤さんだからこその人間味あふれるやりとりに、オレはすっかり感動していた。インタビューっていうのは、こうでなくちゃいけない、と。
そう、モータースポーツは乗り物を使いこそすれ、徹底的に人間のスポーツなのだ。山内選手の人となりを引き出した井澤さんのインタビューは、秀逸だったとオレは思う。そしてやっぱり、モータースポーツは、乗り物のスポーツでもある。井澤さんによるインタビューが続き、山内選手はこう言ったのだ。
「メカニックのみんなは、誰ひとり諦めていません。みんながいるから僕ら(ドライバー)も一生懸命走れるし、みんなやっぱりクルマを思って、このチームを思っての行動だと思う。クルマを直してもらってもう1回走り出せたら、チーム一丸となって頑張って走りたいなと思います」
山内選手は、「みんなやっぱりクルマを思って……」と言ったのである。この言葉に、オレは深くディープに(同じか)感動してしまった。「クルマを思って」なんて言うだろうか、普通……。
モータースポーツ取材において、スタッフすなわち人間への気遣いはよく耳にする。しかし、「(チームの)みんながWRXのことを思ってる」なんていうほどダイレクトに、人がクルマに寄せる気持ちを表現しているのは、ほとんど聞いたことがない。
山内選手は、スーパーGTにおいてもよくBRZの屋根をポンポンと愛おしげに叩くシーンを見せてくれるから、彼特有のフィロソフィーなのかもしれない。だが、絶対にそれだけじゃない。スバルに携わる人々の間には、ある種異常ともいえる愛のようなものがあって、それが彼にも伝播しているのだろうと思う。
スバルに携わる人々。それがディーラーのセールスマンでも、メカニックでも、ユーザーでも、レーシングドライバーでも、チームスタッフでも、STIやスバルの人たちでも(……取材したことないからわかんないけど、たぶん)、みんなほとんど同程度の高い熱量を持っているのではないか、と。つまり、六連星のもとにある人々は、ちょっとどうかしちゃってるのではないか、と。
そんな六連星の世界に片足を突っ込んだ30年近く前……それは恋だった!?
そして話はギュインと30年近く前に遡るのだが、「面白いインプレッサが出たんだけど、見に来ない?」と、スバル系中古車屋さん電話で誘われた時のオレは、白い丸目サンバー乗りではあったけれど、そこまでの異常的スバル愛は持ち合わせていなかった。
だが、いざ中古車屋さんに足を運び、濃紺のインプレッサを目にした瞬間に、オレは間違いなく恋に落ちてしまったのである。その時点では、まさにスバルへの恋というにふさわしいもので、激しく燃え上がりはしたものの、信頼し切るほど確度の高い要素はなく、あやふやで、だからこそ情熱的になった。
と言いつつ、ここから本来の本題であるインプレッサの話を始めるとさらに長くなってしまうので、続きは次回に。もったいつけて引っ張るつもりはまったくないんですが、ニュル24時間の話をどうしても書きたかったもんで。すいません、また今度!