脱・温暖化その手法 第73回 ―世界的に太陽光発電と電気自動車を普及させることで考えられる懸念点とその解決法その3―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

前回は太陽光発電が大量に普及することの懸念点と、その解決法について述べた。

今回は電気自動車の大量普及について同様の検討をする。

1 電池や磁石の資源が枯渇するのではないか

電気自動車には大量のリチウムイオン電池を使う。その材料は、負極はカーボンが主であるが正極にはいくつかの金属酸化物が使われる。

現在最も高い容量が出せ、かつ、寿命、安全性にもバランスが取れているのは、コバルト、ニッケル、マンガン、ないしはマンガンをアルミ合金に変えた、いわゆる三元系の正極の電池である。この中でコバルトは希少金属であり、その資源量は700万トンとされている。それでは実際の電気自動車用電池でのコバルトの使用量であるが、最新のポルシェ・タイカンを例にとると、容量93.4kWhの電池を積み、そのうちコバルトの重量は8.2㎏とのことである。この使用量を参考にすると、コバルトの全資源を用いるとしても、8.5億台の電気自動車までの供給が可能ということになる。

本連載で述べてきたことは、将来的に電気自動車の世界的な保有台数は80億台になるということだった。

すると現在のリチウムイオン電池の主流の正極として、コバルトを利用した電池の利用を使い続けることはできない。

もうひとつの選択肢として、リン酸鉄を正極に使うリチウムイオン電池がある。この電池は三元系に比べてエネルギー密度が低いという問題点はあるが、安全性は高い。このため、この電池を使った電気自動車の製品も少なくない。従って、最終的にこの材料を使った電池が使われるということになれば、電池の資源問題は心配がない。

なお、リチウムイオン電池はリチウム資源を使うので、この涸渇を心配する声もあるが、結論的にいえばこれが大きな問題として残ることはない。

次にモーター用の強力な磁石であるNdFeB(ネオジム鉄ボロン)磁石の資源への懸念点について述べる。佐川眞人氏が1982年にこの磁石を発明した時、社内の試験で100℃以上の高温になると磁力がなくなるという現象が見つかった。この問題解決のために同氏は、1983年にこれにディスプロシウムを混入させた新しい磁石の発明をした。これによって5%を混ぜれば150℃、10%混ぜれば200℃まで耐えられるようになった。その結果、2000年初めから冷蔵庫やエアコンにこの磁石を使ったモーターが採用されるようになり、省エネ家電と呼ばれるようになった。そして今販売されている電気自動車のほとんどすべてのモーターに、この磁石が使われている。

この磁石に使われているネオジムとディスプロシウムは、周期律表の中の希土類に入る。希土類は17種類の元素から成るが、これらの元素はひとつの鉱石の中にほとんどが含まれ、原子番号が低いランタン、セリウム、プラセオジウム、ネオジムの順で含有量が少なくなる。このため、原子番号が大きいディスプロシウムは鉱石全体のうち0.5%程の含有量になる。

ところが中国の江西省にある鉱山ではこれの含有量が特に多く、これまで専らこの鉱山で産出されたものが利用されてきた。しかし、ここの鉱山で採掘されるディスプロシウムが涸渇に近づいている。このために世界中で新しい鉱脈が見つかることが期待されているものの、ベトナムで一部見つかっている他は有望な鉱山はない。

このような事情から、ディスプロシウムの利用を減らすための研究も行なわれて来た。そこで発明されたのが、信越化学による粒界拡散という方法である。この方法を用いれば、0.5%程のディスプロシウムの利用のみで高温に耐え、しかもこれを使わない分だけ強力な磁石とすることができる。従って、磁石での資源問題も解決可能である。

2 充電の不便さで多くの人々が購入するのをためらうのではないか

2010年当時の電気自動車が日本で発売された時期から、電気自動車は充電インフラが整備されていないため普及が難しいという声がよく聞かれた。

これに対して東京電力の姉川尚史氏がCHAdeMO(チャデモ)という充電方式の規格を発明し、かつ日本政府も充電設備へ積極的な投資を行なった。その結果、2020年には約40分で充電が可能な急速充電機が約8000台、満充電まで数時間かかる普通充電機は3万1000台設置されており、全体で約4万台となる。

最新のチャデモ規格の充電器
スリムな形状で50kWの充電ができる。

一方でガソリンスタンドの数は毎年約2%ずつ減っており、このために数だけからいうと充電スタンドの方が多いという状況である。

私は充電の問題は充電スタンドの数によるのではなく、むしろ、充電に対する手間だと考えている。車に乗るためには、コンセントに差し込んで充電するという煩わしさが、潜在的に利用者の伸びの足を引っ張っているということである。このため、充電は個人宅でも公共の場所でも駐車場に停めたら自動的に充電がなされるインフラの整備がより重要だと考えている。これまで自動充電の方法は幾つか提案されているが、そのうちで最も効率が高く、単純な方法が生き残ることになると予測している。

3 電力が不足しないのか

これも、電気自動車への疑問の中で聞かれることのひとつである。もし、すべての車が電気自動車に変わった場合、私の試算では13%発電量が増えるのみである。発電所の発電容量は需要のピークに合わせて作られているので、その時間帯を除けば発電能力に十分な余裕はある。問題は多くの電気自動車が一斉に充電を行うことがあったとした時に容量が足りなくなることである。

これを防ぐには各充電装置が中央で制御され、充電を平滑化するシステムの構築を行なうことである。しかし、どうしても急いで充電をしたい場合には充電費用が高価になるような設定がなされていることはもちろん必要である。

4 航続距離が短いということで敬遠される可能性

電気自動車の最大の問題点は、航続距離とされてきた。近年では次第に長くなっている。例えばアメリカ環境保護庁が発表した航続距離の長い電気自動車トップ17(2023年版)によると、アメリカ国内で販売されている電気自動車の航続距離の内17モデルが300マイル(約500km)以上の航続距離を実現している。このうち最高の航続距離は830kmの走行ができ、12分間での充電で300km走行できるとしている。

これらの電気自動車は、かなり大きな電池を搭載している。例えば、テスラモデルSは約600kmの航続距離だが100kWhの電池を搭載している。

将来的に大量の電気自動車が普及するには、電池搭載量は4分の1程にすべきだと考えている。そのためにはモーター、インバーターの効率、転がり摩擦係数、空気抵抗係数、車重の電気自動車のエネルギー消費に関わるすべてのところでの省エネ化を徹底して行なうことで、航続距離は十分で、かつ価格も合理的な電気自動車とすることができる。

5 自動車が大きく増えたら、走れる道路がなくなってしまうのではないか

現在アメリカでも日本でも、人口に対する自動車の数は飽和状態である。

これから増えてくるのは途上国が中心となる。日本でモータリゼーションが始まった頃は大渋滞が起こっていた。今は大部緩和されている。今後自動運転の時代になる。すると、車両間隔を大幅に縮めて走行することが可能になる。例えば4mの長さの車が前後の車との間隔を1mずつ取って走行するとしよう。これが時速100kmで走ると、1時間1車線当り2万台の走行が可能となる。

高速道路では、1時間当たり2000台の交通量になると渋滞が起こるとされている。自動運転となると2車線で4万台走行できるので、交通量は一挙に20倍に増える。従って、車の数が増えても道路容量は十分にとることができる

こちらは電動車椅子の例だが、身長180cmの人が乗れる
サイズである。これをクルマとすることも可能で専用のレ
ーンがあれば、さらに交通事情は改善されるはずである。

以上、電気自動車が大量に普及する場合の考えられる問題点とその解決法を述べてきた。自動運転が実用化されるという前提付ではあるが、心配されるような問題は解決可能である。

次回は自動運転の問題点について述べる。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…