脱・温暖化その手法 最終回(第83回) ― 連載後記 実行が決断されると日本の動きは素早い。このことを忘れずに―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただいた。そして今回は最終回。電気自動車を軸にその技術や技術的背景、日本の戦略、運用方法などより具体的にアイデアを語っていただいた。このレポートは、電気自動車開発者、また開発に興味のある学生にとっても非常に有益な考え方を学ばせてくれるものだ。もし未読の方で興味のある方がいらっしゃれば、第1回からのご一読をお勧めしたい。

安価で安全なエネルギーは太陽光のみ

連載後記を書くにあたり、謝辞から始めたい。
本連載の原稿の段階で数字や表現の細かなチェックをして下さった、電動モビリティシステム専門職大学新井英雄教授及び、本連載を取り上げて頂き、開始から、編集のすべてを行って下さった元モーターファン編集者で現在はフリーランスで活動を始めた松永大演氏に感謝申し上げます。

ゴッホさんが描いた電気自動車レース
コンセプトを話しただけで描いてくれた電気自動車
レース。頂上に早くたどり着いた車が勝ち。途中で
転げ落ちる車もある。

本連載ではカーボンニュートラル実現のために太陽光発電と電気自動車のみに断定した。

本連載はほとんどのところでオール・オア・ナッシングの議論をしている。代表的なことは再生可能エネルギーを得るには、太陽光発電のみが次の技術だと述べていることである。このような言葉遣いそのものが、日本人は抵抗感を持つ。日本人は、何事でもあいまいさを含んだ表現を好む。かく言う筆者も普段はそうしている。

ただし、世界の80億人もの人々が豊かな生活を送るだけの安価なエネルギーは、太陽光発電のみでしか得られないということは断定的に言う。

オール・オア・ナッシングで断定したこと

「電気」が「水」を生む、豊かさ拡大の始まり

また、太陽光発電によって電気が来れば水が引けるので、世界から飢餓がなくなると単純に言っている。飢餓に対してWFP(国連食糧計画)が世界中で活動している。渡せる食糧は現実にWFPが各地に根付いて、それぞれの方法で最大限の援助をしている。

この体制ができている中で太陽光パネルの世界的展開は独自に行なうのではなく協力しながらパネルを敷き、さらにそのエネルギーを利用して水を引き、農業の手助けを行ないながら教育にまで手を伸ばすことにすれば実質的な効果が得られる。そのための資金も基金の中から支出する。この費用は戻って来ないが、パネル製造や先進国のパネル設置での十分な利益をこのようなところに使う。

CO2排出はゼロであるべき

自動車が電気自動車に大きく変わるという話には、この業界の人々は一様に大きな反発もある。

まず、それ程早く技術転換ができないということが言われる。次に抱えている社員と関連会社の生活を守らなくてならない、ということが指摘される。そして自動車を作れる能力は自らしかないので、利用者には使ってもらうしかないとも言う。

従って電気自動車には反対しないが、それには時間が掛かるということが言われている。

一方、私はCO2排出ゼロにしなくてはならないと言っている。このような議論には次のように臨みたいと考えている。

まず、費用の問題である。内燃機関がなくなると自動車関係はむろんのこと、エンジン関連の部品を作っていたところは大打撃を受ける。

しかし車が電動化すると将来的に量産化すればそのコストもスマホ並みになるため、すべての人々が車を持ち、年間の生産数は8倍に増えるということが本連載の予測である。従って産業自体は大きくなるわけだから、人々の働く場は大きく増える。足りないのは専門の人材だけとなる。その専門家を育てるために大学に行き、または新しい専門を身に付けるために政府はリスキリング(Reskilling: 職業能力の再開発・再教育)への大きな補助をしているので、これらを有効に使ってそれまでの専門から新しい専門に移ることで困ることはない。

また、自動車を作るのは自動車メーカーだから工場設備も簡単に増やせる筈がない、ということについては、新しい製品は普及開始からわずか7年で以前の技術がなくなるということが過去の技術の変化からの事実である。これは作り手が選ぶもので作り手の都合では決まらない。利用者はこれが良いと思ったら、すぐに欲しいと思うのが真理である。製品の投入が遅れた企業は生きることはできない。

日本を守り世界の未来を作る産業に投資を

さらに、今回の結論で最も大きな批判が出るのは、50兆円もの投資などとは考えられないということである。その財源であるが、わずかな負担増のためにでも政府は難しい議論を強いられている。ところが本連載内容は投資に対して大きなリターンのある対象である。ここの説明を十分に行なえば、政府は大きな批判も受けながら、国債で支出することの決断ができる。温暖化による被害と日本の産業の将来を考えたら、その批判には十分応えられる。

50兆円のファンドを作った時、日本ではどこが管轄するかで大きな議論が生まれる。ここにも補足がいる。

財務省は政府系金融機関の利用を主張し、経産省はNEDO(産業技術総合開発機構)を使い、文科省はJST(科学技術振興機構)を使うことを主張するだろう。ところが、NEDOとJSTを例にとると、年間数1000億円の研究投資をしている組織である。ここでは50兆円もの資金を扱うことはできない。政府関連機関がまとまって行なうということも考えられるが、官庁間のライバル心は我々で想像が付かない程大きいので、一緒に大きな仕事をやることにふさわしくない。

従って民間に新しい組織をということになる。

この巨大なファンドは誰が作るのか。それは金融界のことに明るく、かつ、地球や自動車に大きな夢や志を持つ人が良い。この人の下でこの人が考えるファンドを作るということが最良だ。

その上で代表になる各分野の2人のリーダーを決める。

もう1つの補足があった。日本で発明されたリチウムイオン電池もネオジム鉄ホウ素磁石も日本の経済を潤す前に中国、韓国に渡り、これらの日本のシェアは10%にまで落ち込んでいる。日本で考えていることは中国は間を置かずやってくる。日本で必要なことは早い決断と果敢な実行である。実行が開始されると日本人は早い。他国が追いつく前に主導権を握ることによって、日本は失われた30年から抜け出し活力を持った社会を再び取り戻すことができる。

最後に、80回もの連載にお付き合いいただいた読者の方々に、深く御礼をしたいと存じます。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…